自称神様な少年
寮の部屋に帰ると、ブリジットちゃんが困ったように部屋の中をグルグル回っていた。
「どうしたの、ブリジットちゃん?」
私が聞くと、ブリジットちゃんはホッとした笑顔で私を見た。
「よかった、無事に帰ってこられたのね、リンカちゃん」
「え、なに、どうしたの?」
なんで私の顔を見て安心するのか、全く分からなかった。
「ホーネットさんがリンカちゃんを探していたの。だからリンカちゃんが無事に帰ってこられるか、心配していたのよ」
やっぱりホーネットさんは恋のライバルなのかも……でも負けるつもりはない。私だってハルトさんのことが好きなんだから。
お風呂に入ったりしたあとの、もう少しで夕食の時間になるころ、明日の準備をしているとライコネンさんが部屋にやってきた。
「ハルゾノさん、男性からこれを預かったのだけれど……」
そしてライコネンさんが私に手紙を渡す。手紙を受け取り、中を見ると、そこにはこう書いてあった。
『学校で待ってる H』
きっとハルトさんからだ! 私は大急ぎで、部屋着から制服に着替えたあと外に向かった。
寮と学校の間、それは普通の林だったはずなのに、露店が出ていた。そこからはすごいいい匂いがしていて、空腹の私は思わず立ち止まった。運動したのにご飯を食べてないから、すごいお腹が減っていた。
露店に近寄ると、そこには水色の法被を来た美少年がいた。露店の強い光の下では透き通りそうなプラチナ色の髪、全てを見透かしているような金色の瞳、その少年は神々しすぎて人間ではなさそうだった。
「やあやあ、お姉さん、こんばんは。よってらっしゃい、みてらっしゃい、神様の露店だよ」
いや、やっぱり人間かも知れない。そもそも神様って露店を出すのかな。
「ここにはなんでもあるよ。でもお代はお金じゃないよ。その手にある太陽だ」
私の太陽がある方の手、つまり右手が勝手に露店に近づいていく。絶対危ないやつじゃん、行きたくないよ。
「ボクの可愛いリンカちゃんには、なんでもあげよう。力かな、権力かな、愛かな? ほら、ほしいものをボクに教えて?」
露店を挟んだ少年の前に立つ。少年の目は光を反射したようにキラキラ輝いていて、綺麗だなと思う心の隅で恐怖を感じた。
「……ほしいものは自分で手に入れるから、私のことは気にしないでください」
心は決まっているのに、なぜかユラユラ揺れる心を無視して、無理矢理に声をだす。この誘いに乗って、ハルトさんからもらった太陽を奪われるなんて、ごめんだった。
「あー、それ! それ、ホントズルいよね! ボクはリンカちゃんが生まれる前から、リンカちゃんのことが大好きなのに、リンカちゃんはボクを無視しようとするんだ」
そして少年は泣き真似をしだした。なに、この子。私が言えるセリフじゃないけど、情緒不安定にも程があるよ。
「うっうっ、ホントに酷い子だ。ハルトくんはあんなに良い子なのに、なんで対になる予定のリンカちゃんはこんなに意地悪なのかな。うっうっ」
「意味分かんないこと言って、私からハルトさんの太陽を奪おうとしたって、ダメなんだからね」
言われたことの意味が分からなさすぎて、ハッタリなのかと勘ぐる。対ってやっぱり恋愛的な意味なのかな、いや私はほだされない!
少年は泣き真似をやめ、私の顔をジッと見た。そしてお腹を抱えて笑いだした。
「リンカちゃんが馬鹿なこと、すっかり忘れていたよ。難しいこと言って分かってもらえるわけなかったね」
「バカって……すごい失礼なこと言われてる……」
ひぃひぃと笑いながら、笑いすぎて出た涙を拭う少年に、思わず力が抜けた。
そして少年は呼吸を整えると、何か悪巧みをしてるような笑顔で笑った。
「うん、今日は諦めます。困惑させた代わりに、これあげるよ。これは美味しそうに見えても、絶対に食べちゃ駄目だよ。魔獣専用の食物だからね」
少年は私に向かって何か茶色いものを投げた。とりあえずキャッチして、手の中を見ると、それはジャーキーだった。魔獣の食べ物をもらっても、どうすればいいんだろう?
「それじゃ、またね、リンカちゃん。ボクは君のことをずっと見てるから、もっと面白いことやってみせてね……あ、落とし穴には気をつけてね」
少年が言い終わると、露店と少年は姿を消した。落とし穴に気をつけるって、どういう意味だろう。
もしかして夢だったのかなと手の中を見るけど、ジャーキーは本当だった。でも、まるで夢みたいな出会いだった。
ジャーキーの下に、ハルトさんの太陽が見えた。
「あ、ハルトさん!」
ポケットにジャーキーを突っ込んで、学校に向かって走り出す。何の用事か分からないけど、ハルトさんが私を呼ぶくらい大事な話だと思うと、すぐに会いに行きたかった。
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