新しい制服と大人な会話
クールダウンを終え、もう一度ストレッチをしたあと、アンリさんの授業は終わった。
そして更衣室に帰り、ロッカーを開ける。
「え?」
私のワンピースが半袖になっていた。よく見ると、半袖のワンピースが2着と膨らみの可愛いペチコートが2着、ロッカーに入っていた。
ワンピースに貼ってある付箋を読むと、独特の字体、日本語で言うなら丸文字で『バリバリのインスピレーションをありがとうっす。これからも、よろしくっす』と書いてあった。この語尾はミレイユさんだ。付箋にも語尾を書くなんて、謎な存在だ。
ミレイユさんの気持ちが嬉しくて、新鮮な気持ちで制服を着た。あれ、ブレザーの丈が少し短くなってる?
それは気のせいじゃなかった。ブレザーを脱ぐと、付箋が床に落ちた。『ペチコートさんの着こなし方だとブレザーは短い方が可愛いっすから、ブレザーも改造したっすよ』と補足のように書かれた付箋を、胸ポケットに入れる。
短いブレザーも可愛い。ミレイユさん、ありがとうございます!
クラスメイトたちは、私が鏡の前で喜んでいる間に帰っていたようで、私が更衣室の鍵を閉める。そして教員室に持っていこうと、私は教員室に向かって歩き出した。
すると、廊下の曲がり角の向こうから、知ってる声が聞こえたので、私は立ち止まった。
「デュフォーさん、ちょっとお時間頂けますか?」
ハリアー先生が誰かに話しかけてる。デュフォーって聞いたことあるけど、誰の名前だったけ?
「はーい、いいですよー。なにかな、ハリアー先生」
あ、アンリさんの苗字だったんだ。なんだか出にくいな。
「デュフォーさん、あなたたち総合雑務員の方々は、いったい何の目的で学校に着任されたんですか?」
ハリアー先生の言うことは、私も知りたいことだった。耳を澄まして、話を聞く。
「先に通達があった通り、未来を担う若者たちと交流するためだよ」
なんか嘘ついてるみたいな軽薄な声だ。きっと嘘だな。
「嘘はやめてください。花形とはいえ、もの好きのエリートしかなることができない総合雑務員が、そんなことをするわけないですよね?」
もの好きのエリートってすごい言い方するな、ハリアー先生。総合雑務員って、アンリさんとハルトさんの2人共も若いから、若手の仕事なのかと思ってたけど、違うんだ。
「もの好きのエリートって、面白い捉え方だね、ハリアー先生。でも僕は知ってるんだよ? あなたが総合雑務員に応募してたことを、ね」
「……個人情報の流出では?」
ハリアー先生の声が少し低くなった。声に気づいても、気にせず歩いてればよかった……この話は聞いても大丈夫なんだろうか。
「いやいや、後輩の素行調査も僕の仕事なんだよね。確か君は、僕が落としたんだったかな」
軟派な声が鋭い声に変身していく。初めて聞く声に、なんだか少し恐怖を感じた。
「何が言いたいんですか? 僕の心を傷つけようとしたって無駄ですよ」
「いいや、あのときと変わってないなと思っただけだよ。そんなに階級が大事なの?」
曲がり角の向こう側の空気が冷えるのを感じる。
「何を言っているんですか? 階級が大事なのは、みんな一緒でしょう?」
「大事にしてるんじゃなくて、囚われてるの間違いだったね。言い方が悪かったよ、ごめん、ごめん。それにハリアー先生、教師やってても楽しくないでしょ? だって君は生徒が嫌いだもんね」
とってもトゲのある発言だ。アンリさんは、ハリアー先生が嫌いなのかな?
「……そんなこと、ありませんよ」
「そんなこと、あるよねー。だって君は、自分より階級が上の生徒が持つ偽物の権利に憧れて、下の生徒が強いられてる不自由に自分を重ねてイラついている。そのコンプレックスが、あなたを落とした理由なんだけど、全く変わってないね」
難しい会話だ。アンリさんはさっきの授業のときはインテリっぽくなかったけど、もしかしてインテリなのか。インテリジェンス高めってやつだ。
「そんな怖い顔しなくても、大丈夫だよ。これでも僕は、君の教師としての素質に期待してたんだよ? だから、こんなに意地悪で言わなくても良いことを、わざわざ言うんだ。まさか、こんなにつまらない教師になってるとは思わなかったよ」
ハリアー先生は、身分とか礼儀とかに厳しいけど、先生なら普通じゃないのかな。アンリさんが自分で言ってる通り、意地悪な言葉だと私も思った。
「ここら辺でちょっと自分を変えてみた方がいいんじゃないかな? じゃなくちゃ、一生そのコンプレックスが追いかけてくるよ」
そうして1つの足音が動き出して、私の方へやってくる。聞いていたことがバレないように、動き出そうとするけど、肩をアンリさんに掴まれた。え、移動早っ!
「鍵は僕が預かるよ、子猫ちゃん。さっきの話は秘密だからね」
アンリさんが私の耳元で囁く。そうか、ハリアー先生に私がいたことを気づかれないようにしてくれたんだ。そして私の前に扉が現れた。
「ここを通れば、寮の前に行けるよ。さすがに寮の部屋に繋げるのは、デリカシーがないからね」
アンリさんがウインクする。やろうと思えばできるって知ってしまって、ちょっと変な気持ちになってしまう。
でも反論して、ハリアー先生に声を聞かれるのも嫌なので、黙って鍵をアンリさんに渡して扉をくぐる。大人って、大変だな。
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