第64話 異世界

 

 ――――冒険者ギルド・フェニクシア


「あぁ――――――!! マジでどうしよおぉっ!!」


 柄にもない口調で叫んだわたしは、賑やかなギルド内でオレンジジュース片手に突っ伏していた。


「まるでやけ酒だな......、心中お察しするよ」


 向かいに座るのは、いつかの研修で共にダンジョンを攻略した冒険者、イチガヤ レイタだ。

 一応、彼やフィオーレとはちょくちょく会っていて、愚痴をこぼしあうくらいの仲にはなっている。


 そんなイチガヤが、ジュースをわたしのコップにつぎ足しながら言った。


「で、今回のお悩みとは?」

「素手でドラゴンの相手しろって言われたようなものよ」

「そりゃお気の毒さま、敗北イベってわけか......。つっても、今はフィオいないから、大したことはできねえぞ」


 黒髪をかくイチガヤ。


「あれ、フィオーレ来てないんだ。珍しいわね」


 彼女ほどクエストに熱心な冒険者もそうはいない、今日までギルドに来れば大抵いたのに。


「よくあることだよ。アイツ、来る時はとことんギルドに顔出すくせに、来ないときは死んだように消息不明になるんだ」

「縁起でもないこと言ってるとぶたれるわよ......、」

「平気平気、俺の心配よか、ティナは自分の心配をすべきだろ?」


 そういえばそうだった。

 第1王女との食事でも胃痛には十分なのに、近衛連隊長とのサシとか......既に生きた心地がしません。


「そういえばさ、イチガヤってどこの国から来たの? まさかベルセルク連邦じゃないわよね」


 うなだれながら聞く。

 もういっそ別の話で気を紛らわせるためだった。


「ん、言ってなかったか? 遠い極東の島国だよ」


 この言い回し......、ついこの間聞いたような。

 だがしばらくして、ギルドの窓から差し込んだ陽の光が、わたしの記憶を奮い起こした。


「――――――もしかしてさ......、【日本】っていうところ?」

「そうそう! "ヨーロッパ"から見て一番東、"中国"から見て日の出の位置にあるからな......って、こっちの人間に言っても通じねーか」


 ヨーロッパ......? 中国? そんな地域聞いたことがない。


「それって大陸にあるの? ベルセルク連邦とかじゃなくて?」

「さっきから言ってるベルセルクってのはよく知らねえが、まあ......ここではないな」


 目立った国家はベルセルク連邦が淘汰して久しい、じゃあ彼の言う地域は、日本という国はどこにあるの?

 そんな迷宮の出口を開けるように、わたしのずっと奥底に眠っていた記憶。


 王都に着いたばかりの頃にした、中左とのやり取りが鮮明に蘇った。


『ひょっとすると、この世界の人間ではないかもしれんのー』


 冗談だと思って流した言葉が、わたしの目の前で現実になっているようだった。


「イチガヤ、あなた一体......どこの世界から来たの?」


 賑やかなギルドの空気が置いてけぼりになり、わたしとイチガヤの間に、しばしの沈黙が居座った。

 しばらくして、動いたのはイチガヤ。


「――――わりぃっ! この話、やっぱなしで頼むわ!」


 両手をパチンと合わせ、詫びてくるイチガヤ。

 彼は足早に席を立つと、使い古したサイフを取り出す。


「ジュース代は奢ってやるから、お前も週末がんばれよ」


 ニッと笑い、彼はそのままギルドのカウンターへ行ってしまった。

 胸の中のしこりは残ったままだが、これ以上追求できない。


 彼らはいったい......、何者なんだろうか。





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