第48話 影の実行者

 

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"!!」


 突如として現れた漆黒の魔物は、圧倒的とも言える魔力に包まれた剣を振りかざした。

 いきなり出てきて勇者のアイテムを使う魔物なんて信じられないけど、それへの対応はオークロードと大差ない。


「フィオーレ!!」

「了解!!」


 可及的速やかなる撃滅。

 翼を広げた悪魔に、わたしとフィオーレはさっきと変わらぬ動きで攻撃を開始した。


 扱いに慣れていないのか、敵は動きもどこかぎこちない。

 フィオーレの速攻でまず勇者の剣が弾かれ、空いた敵の胴へ剣撃を叩き込む。


「はあああッ!!!」


 凄まじい連続突きが炸裂し、勢いのまま敵は瓦礫の山に突っ込んだ。

 威力は強烈の一言で、さすがにひとたまりもないだろう。


「......おかしい、手応えが全然無い」


 決定打を浴びせたであろうフィオーレが呟く。


「おいおい、お前の全力食らって無事だったモンスターなんて今までいなかったじゃねえか。ダメージくらいは受けてるだろ」

「――――だと言いんだけど」


 だが、フィオーレの予感は的中した。

 魔物を覆い隠していた煙が吹き飛び、赤色の熱線が飛び出したのだ。


「回避!!」

「ッ!? くそがッ!!」


 慌てて回避行動に移る。

 熱線は薙ぎ払うようにして放たれ、石造りの建造物がえぐり切られた。

 石畳が焼け付き、不快な焦げ臭さと黒煙が立ち昇る。


「イチガヤ!」


 回避に成功したフィオーレが靴底で床を擦りながら叫んだ。


「ぐッ......畜生!! 悪いフィオ、腕にかすっちまった!」


 追い打ちを掛けようと魔力を込めていたために、完全には避けきれなかったらしい。

 炎症を起こす左腕を押さえるイチガヤ。


 しかしそれは隙となって、敵の照準を合わせるに十分な時間を与えてしまっていた。


「イチガヤ!! 避けて!!!」


 魔物の赤眼から凶悪な光が灯り、やがて不気味な顔を覆う程の魔法陣が展開された。


 間に合わないッ......!!。

 直感で悟ったわたしは床を蹴り、漆黒の魔物めがけて渾身の魔法を詠唱した――――――


「レイド、......ッ!」


 左手に魔力を集めたその時、部屋全体をなにか波のようなものが走った。


「ッ!? 魔法が......ッ!?」


 放とうとした『上位電撃魔法レイドスパーク』は煙のように立ち消え、攻撃が無効化されてしまった。

 まさか、こいつに魔法を封じられて......!?


「ティナ!!」

「しまッ――――――」


 無防備に滞空していたわたしの腹部へ、魔物の鉄球のような一撃が打ち込まれた。


「うッ......がはッッ!?」


 脇腹から衝撃と激痛が走り回り、体中の感覚が一気に麻痺した。

 嗚咽を上げる前に壁へ激突し、音を立てて崩落した瓦礫と一緒に床へと倒れ込んだ。


「がっ......、けほっ」


 思わず血を吐く。


 意識が......、身体も動かない......。

 腕に力を込めるがまるで立てず、勇者の剣を振り上げた魔物が体躯からは想像できない速度で肉薄してきた。


 このままじゃ......。


「――――させるかぁああッッ!!!」


 両手剣を片手で振るったイチガヤが、魔物の一撃を受け止めたのだ。


「......悪かったティナ、今まで試すような真似をして」


 片手とは思えない力で押し返すイチガヤ、ボヤける視界の奥で、彼はわたしに背中を向ける。


「俺は王国軍騎士が"嫌い"だ、どうしても心底から信用できなかった......! でも、お前はここまで行動で示してくれた! だったら俺もそれに答えるのが筋ってもんだろ! ティナ・クロムウェル!!」


 イチガヤが剣を瞬かせた。


「俺が支えるッ! フィオはありったけの回復ポーションでティナを治療してくれ!!」

「わかった!!」


 凄まじい剣舞が眼前で展開される、魔法が使えないこの状況で、彼は片手に握った剣のみで漆黒の魔物と渡り合っていたのだ。


 稼いでくれた時間でポーションを口に含む。

 だが安堵は訪れない......。


「ギイイイイィィィィイイイイイッッ!!!」


 下層からグレムリンが押し寄せてきているのだ、ここで大群に襲われれば全滅すらありえる。

 浮かばぬ打開策、ダメージで混濁する思考がわたしの意識を阻害した。


 立て、立てッ! 立って戦わないと全員死んでしまう......! 一刻も早く身体を動かすんだ!!

 まだ回復しきっていない身体が悲鳴をあげた。遠くないタイムリミットが迫る、一体どうすれば......。


「ねえ、なに......あれ?」


 真上を仰ぎ見るフィオーレ。

 風化で消滅した天井からは本来青空が覗いているけど、視界に映ったのは魔法金属で造られた人工物。

 アクエリアス奪還でも使われた、王国軍航空艦隊が飛行船だった。


「王国軍ッ!?」


 驚嘆したのもつかの間、飛行船の後部扉ドロップゲートから2人の王国軍騎士が降下した。

 それはわたしの見知った、最高のペアとかつての敵。


「『フレイム・ストラトスアロー』!!!」


 元ネロスフィアの魔導士ミーシャ・センチュリオンが、空中から部屋の外へ灼熱の矢を撃ち込んだ。

 爆炎でグレムリンが吹っ飛ぶと同時、黒髪をなびかせた元アンチマジック大隊の少女が着地する。


「おまたせ――――――、ティナ」


 クロエが部屋全体に張られた結界を『マジックブレイカー』で完全に破壊、封じられていた魔力が全身を走った。


「騎兵隊の到着よ、フォルティシア中佐の命令で迎えに来たわ! ティナ・クロムウェル3曹」


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