第35話 バレないように......!
「んーっ、美味しい! 生地がとてもしっかりしてて、クリームも濃厚。舌の上で抱き合ってるみたい」
パクパクとおいしそうにケーキを食べ進めるフィオーレの手前、わたしたち三人は室内気温も低いというのに汗が止まらなかった。
それは、彼女が冒険者であり、自分達が王国軍騎士という立場上の問題から発生する摩擦によるものだ。
「ティ、ティナ......これ。黙っといた方が良いのかな?」
クロエが小声で聞いてくる。幸いフィオーレはケーキに夢中で、こちらに全く気がついていない様子だ。
「当たり前じゃない! バレてみなさいよ、一体どんなトラブルに発展するか......」
「ここは悟られないよう、不本意ッスが嘘をついてこの場を切り抜けましょう」
王国軍と冒険者ギルドは、お世話にも仲が良いとは言えない間柄だ。ここは、セリカの言う通りうまくごまかすしか無かった。
激辛料理店で言ったクロエの和解案だって、向こうが絶対受け入れてくれるとは限らない。
とりあえずケーキを食べ進める。でも味なんて感じられず、無言で口の中へほうり込んでいく。
「ねえ、3人は普段どんなことしてるの? 私はギルドで依頼をこなしたりしてるわ」
このフレンドリーな接し方も冒険者ならではなのだろうが、今のわたしにとっては心臓が飛び出そうになるレベルの質問であった。
「えっ、え~っと......ランニングで15キロ走ったりとか、山登りをしたりしてるわ」
有効な返しが思い付かず、とっさに入隊当初の訓練を挙げてしまった。
だがそこは言葉のあや。"装備"や"行軍"という単語を抜くだけで、さも日常のような表現ができた。
「健康的! だから3人共そんなにスタイル良いのね。他は何してるの?」
次はセリカの方を向く。
「えーっと勉学ッスね、日々様々な知識を得るため講義はサボりません。主に弾道計算や戦術、それから体術やサバイバル訓練、近接戦と......」
途中でセリカの口が止まった。
どうやら後半の違和感に気付いたようで、自らの口を慌てて塞いだ。
「すごく勉強熱心なのね。でも体術やサバイバル訓練なんて、まるで"軍人さん"みたい」
軍人さんなのよ!
もうこれ以上の失態は許されない。全ての頼みをクロエに託し、一蓮托生の想いで彼女に賭ける。
「こう見えて掃除とか得意なんだ。洗濯はもちろん、ベッドメイキングとかね。
「あははっ、クロエってばおかしな話するわねー! こないだ雨だったからそのとき雨漏りでもしたのかしら!?」
これでもかというほどボロを出したクロエの口を、わたしは全速で押さえ付ける。
「訓練......? 大砲? もしかしてあなた達って......」
「違いますよ! 決して騎士ではありません。ティナさん、今何時でしたっけ?」
本気で焦っているセリカが、わたしに決死のごまかしを振った。
まさかこれがとどめの一言になるとは思わず。
「いっ、今はねー、13:08(ヒトサンマルハチ)に......あっ」
よく訓練された時間報告。このような読み方をする集団は王国にたった一つしか無く、答えを教えたも同然だった。
微妙な空気が立ち込める中、しばらくしてフィオーレが吹き出した。
「フフッ、やっぱり王国軍騎士だったんだ。私が冒険者だから気をつかってくれたのね。でも安心して、そんなことで嫌悪したりなんかしないから」
予想と反対の答えにしばらく呆然としていたが、わたしはすぐさま思考をまとめた。
「えっ......じゃあ、別にわたしたちが騎士でも嫌がったりしないの? 結構不仲なイメージがあるんだけど」
「確かにそうね、だけどわたしたち冒険者も、普段から騎士の人達に邪険にされてるんじゃないかって思ってるのよ。それに、もっと仲良くなれたらいいなって」
ここで、フィオーレから信じられないような提案が出された。
「そうだ! ここで会ったのも何かの縁なんだし、せっかくだからうちのギルドへ来て一緒にクエストへ行かない? きっと親交も深まるわ」
うちのギルドへ来てクエスト......。
「それってつまり?」
両手が無意識に震え、思わず唾を呑む。
「わたしの所属する冒険者ギルド、【フェニクシア】へ研修に来ないかってこと。軍って国民の理解が必要って聞いたし、影響力を考えても悪くない提案だと思うんだけど......どうかな?」
ヤバい、心臓が止まりそうだっ!【フェニクシア】は王国トップであると同時に大人気を誇る冒険者ギルド。
もしそこの理解を得られれば、その効果は計り知れない!
「行きたいです! フェニクシアでの研修――――やらせてください!」
身を乗り出しそうな勢いで言うと、フィオーレはニコリと微笑んだ。
「オッケー、じゃあわたしからギルドマスターに話は通すから、後日正式な書類を送るわ。えーっと陸軍のアルテマ駐屯地宛てで良いわよね?」
王国軍騎士と冒険者がパーティーを組むなど、本来は絶対にありえない。しかし、このフィオーレという少女は今その常識を覆そうとしていた。
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