第34話 冒険者フィオーレ

 (33話が抜けてました(汗)、すみません)


 明るくも熱を持った日光が王都の石畳を強く叩き付け、ジリジリとした暑さを発生させている。

 大通りを行き交う人々も、額を汗で濡らしては拭いての動作を延々と繰り返していた。


 そんな方々とガラス一枚挟んだ喫茶店の中。冷房用魔導具の冷気が存分に行き渡った店内で、わたしたちはのんびり涼みながら紅茶をすすっていた。


「――――で、なぜいきなり喫茶店なんッスか?」

「クロエが口直しに、もっと甘い物食べたいんだって」


 まあ確かにカレーの辛さは想像以上だったので、クロエの気持ちもよくわかる。


「そういえばこないだの新聞、ティナさんの話題で一面からは逸れてたんですが、王国陸軍が【亜人保護区・アラル村】に進駐したらしいッスよ。もう周辺の魔王軍はほぼ駆逐したらしいです」

「へぇー、じゃあこれでアラル村はひとまず落ち着くわね」


 正直、少数の自警団だけに任せていた今までが異常だった。

 王国軍の正規大隊が駐屯すれば、もうナーシャさんたちに負担も集中せずに済む。


「ねえ2人共――――この限定ケーキにしない? この時期だけの質が高い卵を使った人気商品らしいよ」


 しかし、こうしていきなり入ったお店でも既に人気メニューをリサーチしている辺り、このは情報収集に余念がないのよね。

 アクエリアスでも人気のアイス屋さんを事前に調べてたし......。


「――――おまたせしました、こちら限定のふんわりショートケーキです」


 クロエいわく、このシーズン限定らしい質の高い素材を使ったケーキがテーブルに並べられる。

 さっきの激辛料理店でも夏季"限定"カレーだったので、案外わたしも『限定』という言葉に弱いのかもしれない。


「これが噂のケーキね......!」


 クロエが見せてきた広告の通り、重なった生地の間には光沢の乗ったクリームがカットされたイチゴと挟まれ、頂点には玉座に座った王が如く紅いイチゴがドンと乗っている。


 普段は駐屯地で任務や訓練に励む騎士だけど、今日はプライベート。

 戦車乗りのセリカだって、こうして見ればどこにでもいる普通の女の子だ。


「こっ、これが噂の限定ケーキっ! おいしそう......いや、絶対おいしい!!」

「待ちきれません。ティナさん、早速いただきましょうッス!」


 クロエ、セリカがリアクションと同時にフォークを取る。

 わたしも気持ちは二人と一緒で、少しだけ甘く芳醇な香りを楽しむと、フォークを持った。


「「「いただきます」」」


 食に対する感謝を込めて、いざフォークで切ろうとした瞬間だった。

 出入り口付近から取り乱したような声が聞こえてきたのだ。


「えっ!? 限定ケーキ......もう売り切れちゃったんですか!?」


 ふと声の主を見ると、薄い金髪を背中まで伸ばし、白が基調のブレザーとチェックが入ったミニスカート、ニーハイソックスを着用するたおやかな15歳くらいの少女だ。

 その格好は、いわゆる魔法学院の制服と酷似しており、この国では見慣れないものだった。


「そんなぁ......、今日の為に色々頑張ってきたのに...」


 シュンと落ち込み肩を落とす少女。自分達の前には手付かずの限定ケーキがあり、移すべき行動は一つだと確信した。


「あのー、もし良かったら一緒にどうですか? 席も一つ空いてますし」


 わたしの問い掛けに、少女は慌てた様子で首を横に振り「そんなっ、申し訳ないです!」と拒んだ。


「食事は皆でした方が楽しいしさ、遠慮なんて必要無いよ」

「こちらとしては全然大丈夫ッス。それに限定ケーキ、今日を逃したらもう食べられませんよ?」


 クロエの駄目押しに加え、セリカの"今日"という時間を与えない誘いに、少女は「うっ......」と呟くと、5秒程その場でタジタジした後、わたしたちの座るテーブルへと歩み寄ってきた。


「じゃ、じゃあ...お言葉に甘えて。ありがとうございます」


 どこかしらのお嬢様だろうか。とても上品な雰囲気を纏っており、椅子への掛け方も品があった。

 3人でそれぞれケーキを等分すると、少女へ均等になるよう分けた。


「ホントにゴメンね、お代は後でちゃんと払うわ。この恩は一生忘れない!」

「ケーキくらい別に大丈夫よ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私はティナ・クロムウェル、こっちは友達の――――」

「クロエ・フィアレス!」

「セリカ・スチュアートです」


 職場ではないので、階級は除いて名前だけを言う。

 だが、相手の少女からは予想を大きく上回る自己紹介が返ってきた。


「私はフィオーレ! 付き合いの長い友人からはフィオって呼ばれてるわ。【冒険者ギルド・フェニクシア】に所属してる冒険者よ」


 紅茶を飲んでいたわたしたちはは思わず咳き込んだ。

【フェニクシア】。王国各地を探索し、モンスターの討伐や商人の護衛までこなす何でも屋であり、王国軍と広報戦を繰り広げる超大手冒険者ギルドだった。


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