第15話 水上都市アクエリアス

 

 王都から北西方面の洋上に、その都市は存在する。

 1つの巨大な島の上に造られた街は、まるで海に浮かんでいるように見えることから"水上都市"と呼ばれていた。


 ガタゴトと揺れる車内、突然吹いた潮風にわたしはふと起こされる。


「おはようティナ、もうすぐ駅に着くってさ」


 まぶたをこするわたしに、車窓を開けた向かい席のクロエが八重歯を見せながら言った。

 そうだった、アクエリアスの警備の任務へ行くために水上列車に乗って、揺れが気持ち良くて思わず寝ちゃってたんだ......。


 アクエリアスとを繋ぐ水上列車は、海峡に造られた高架橋を走り本土とを結ぶ。

 今は、ちょうどその海峡の真上を走っているらしい。


「ん~っ......、 わたしどれくらい寝てた?」

「2時間くらいかな、すっごく気持ちよさそうに寝てたよ。あと口元」


 うっ、ちょっと疲れが溜まっていたとはいえ、よだれを垂らして思いっきり熟睡しちゃってたらしい......。

 口中を拭いながら眠気覚ましに開いた窓の外を見れば、広大な大洋が日の光を浴びてきめ細やかに輝いている。


「綺麗ね、船もたくさん浮かんでて海上の大通りみたい」

「だねー、ほら、あそこに海軍の駆逐艦もいるよ」


 クロエが指した方を見ると、わたしたちと同じく警戒のためかチラホラと民船に紛れて軍艦が航行している。


「ネロスフィアの件があるし、やっぱり油断ならないわね。わたしたちも気を引き締めなきゃ」


 王国最強の闇ギルド、実体がわからないし警戒するに越したことはない。

 これも仕事、常に全身全霊で――――


「ねえティナ! 着いたら少し時間あるしさ、アイス食べようよアイス! 雑誌で美味しいお店調べたんだー」

「んなっ!?」


 さっそくこの娘は......、なんでもうリサーチ済みなのよ。


「ダメ、お仕事を優先しなさい」

「いいじゃんティナのケチ〜! 要領をもって仕事しなきゃ倒れちゃうよー? ただでさえ今日暑いんだからさ〜」

「寄るなさわるな抱きしめるなーっ!! 暑いんなら離れろぉー!」


 ◇◇


 ――――水上都市アクエリアス・市街エリア大通り。


「ありがとうございましたー!」


 結局アイスを買ってしまった......、いや、確かに今日は日差しも強いし、むしろこれは任務遂行上必要な措置ってことになると思う。

 うん、違いない。


 カップアイスの味はチョコ、一応時間はまだ余裕あるし、張り詰めすぎるのも良くないわよねー。

 とりあえず一口頬張ると、初夏の気温と衝突するようなアイスの冷気が口中に広がる。なにこれ美味しい!


「ふぁ~っ、やっぱりこの季節のアイスは犯罪的だよぉ〜」


 クロエは緑色が特徴的な"抹茶"とかいう、珍しい外国由来の味を選んでいた。


「ん? ティナもこっちの味食べてみる?」

「良いの!? じゃあ貰うわ!」


 ハムっとクロエに差し出されたスプーンで食べる、優しい味が広がるのを感じる中、ふと気になることもあった。


「ねぇ......、このスプーンってもしかしてクロエが使ったやつ?」

「うん、そうだけど?」

「――――――――ッ!!??」


 アイスを食べたはずなのに、顔が一気に紅潮する。


「それってか......、間接キスじゃないの!?」

「あー、そういえばそうだねー。中佐と走った時も普通に水筒飲ませてもらったし、特に気にしてなかったよ。嫌だった?」

「別に......嫌じゃないけど」

「なら良かった、ティナに嫌って言われたらと思うと怖いよー」


 やっぱりこの娘の羞恥心は理解できない。

 まあクロエとなら嫌でもないし、あの甘みが抹茶だけのものだったか気になるくらいだ......。


「おや? あなたたち王国軍かい?」


 突然訪ねてきたのは、初老くらいの女性。


「はい、わたしたちは王国陸軍の騎士です。コロシアム中の街の警備を行う予定です」

「陸軍ねー......、この街に必要なのかい?」


 女性は含みを持たせると、わたしとクロエを一瞥した。


「アクエリアスの街は四方を海に囲まれておる、外国や魔王軍に上陸された時は、頼みの海軍がやられた時じゃ。上陸されたら終わりなんじゃから陸軍はいらないと思うんじゃが」


 きっと、この人は0か100で考えてしまうんだろう。

 陸軍の相手は、なにも大規模な上陸軍だけじゃない。街中でも突発的なテロが起きる可能性はある。

 だからわたしたちは派遣されたんだけど、こういう人には何を言っても通じないと中佐にも言われている。


 一通り陸軍不要論を唱えると、女性はその勢いで立ち去った。


「やっと開放された〜」


 さすがのクロエも辟易へきえきしたようで、ため息をつく。

 なるほど、街中での警備は色々と大変そうだ。

 額の汗を拭いた時、再び声が掛けられる。


「あの、もしかしてあなたたち......」

「え?」


 立っていたのはローブ姿の女性。その人はフードを少しだけ外し、隠していた"それ"をわたしたちへ見せた。

 ピコピコと動く猫獣人キャットピープル特有の耳、間違いなかった。


「やっぱり! オーガ討伐以来ね、2人とも元気?」

「ナーシャさん!? どうしてここに!」


 オーガ討伐で共闘した自警団の団長、ナーシャ・センチュリオンさんだ。

 亜人は保護区の外にはめったに出ないだけに、驚きが表に出てしまった。


「ちょっとね、探してる人がいるの。よければ――――話だけでも聞いてくれないかしら?」


 ナーシャさんの表情は固く、冗談の類でないことは明らか。

 アクエリアスに着いてそうそう、既に前途多難なようです。


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