第13話 お見舞いと聴取

 

 王都ではごく一般的な木組みの建物。

 一軒家よりちょっと大きい館サイズのそこは、王国軍総合病院。

 その2階で、こないだ捕まえた闇ギルドに属する女性魔導士が入院していた。


「王国軍のティナ・クロムウェルです、失礼します」


 ノックと共に入ると、日当たりの良い個室のベッドで、上体だけ起こした女性魔導士がわたしとクロエを迎えた。


「話したいことがあると聞いて伺いました、間違いないですね?」

「えぇ、久しぶりって言った方が良いのかしら......、まあわたしたちは『ファイアボール』を撃ってすぐ倒されちゃいましたが」


 苦笑いするのは、ヴィザード職のシルカに盾のような扱いを受け、わたしの体術で気絶した女性魔導士。

 入院したのは、路地裏でシルカの放った上位魔法に巻き込まれたからだという。


 こうして話してみると、彼女は思っていたより気さくな印象で、とても闇ギルド員とは思えない。

 万一を考えてクロエを連れてきたけど、杞憂だったかもしれない。


「はいこれ、お見舞いのリンゴ! ティナと来る前に買ってきたから食べて」

「あっ、ありがとうございます」


 緊張感の欠片も無いクロエが、バスケットを渡す。


「あの、あなたは闇ギルドだと知っててあそこに入ったんですか?」

「――――最初は知らなかったわ、でもわたしは両親と仲が悪くて、あそこが闇ギルドだと知っても、捨て駒にされるとわかっていても......こうなるまで抜けられなかった」


 腕に巻かれた包帯を押さえながら、女性は歯ぎしりした。

 大手のギルドは入るのにも色々な条件があり、ある程度うまくいくまでは中小ギルドでコツコツ稼ぐ人も多い。


 そんな中、確かにあの闇ギルドは"表の評判だけ"は良く、入る条件も敷居が低くて先輩冒険者がアシストすると謳っていた。

 でも実情はあれ。わたしと同じ......、ブランドに騙された口だ。


「では、ご用件を伺っても良いですか?」


 クロエにメモを準備させ、本題に移る。


「ええ、あなたには......いえ、あなたたちには是非知っておいてもらいたいのです」


 女性魔導士は吐き出すように続けた。


「――――あなたたち王国軍が先日潰した闇ギルドは、まだ氷山の一角に過ぎないのです」

「氷山の一角......ですか?」


 時計の針と、クロエがペンを走らせる音が合間に響く。


「闇ギルドは他にいくつも存在していますが、その中でも別格の存在がいることを、以前シルカさんから聞いたんです......」


 しばらく黙り込んだ彼女は、意を決したかのように前のめりで口を開いた。


「名を『ネロスフィア』。闇ギルドを統括する、王国最強の闇ギルドです!」


 病室の空気が凍りつく。

 思わず窓際まで走ると、外の気配を探った後にカーテンを離れた。

 幸い怪しい視線は感じられなかったけど、どこからか狙われていてもおかしくない。


「それは......、本当ですか?」


 確認する、こんな情報......わたしなんかには重すぎるのだ。


「本当です、彼らは近く大規模なことを計画しているともギルド内で噂になっていて、実際に訓練も行いました」

「訓練?」


 メモを続けるクロエが疑問の目を向けた。


「はい、"街中での魔導士を主体としたテロ"です。わたしの立場ではそこまでしか知りえませんでしたが......」


 血の気が引くというのは、まさにこのことなんだろう。

 ネロスフィアという組織の存在、街中での大規模テロ、わたしたち王国軍が想定する最悪のケースだ。


「なぜ......、その情報をわたしに?」


 気になった、そんな重要情報をわたしのような偉くもない騎士に教える理由が。

 女性はバスケットの赤いリンゴを手に取り、見つめた。


「わたしを利用した奴らへの仕返し......というより、あなたにお礼がしたかったんです」


 女性魔導士は、ベッドに近寄ったわたしを見上げた。


「あなたがギルドを潰してくれてホントに良かった、わたしの居場所は......真っ黒に塗りつぶされた偽りだったんですから。これを機に、実家のパン屋を手伝おうと思います!」


 女性魔導士の瞳からこぼれ落ちた涙は、日差しで輝きながら真紅のリンゴへ当たり、光に飾られながら弾けた。

 もう自分のような人間は出させない、わたしの中の理念がより一層強くなった時、病室の扉がノックされた。


「失礼します、即応遊撃連隊のアルマ・フォルティシア中佐より、呼び出しが掛かっています。両騎士は直ちに駐屯地へ来られよとのことです」


 この話を報告できるという安堵と、同時に休日が潰れたことを示す伝令に、辟易へきえきしつつも敬礼で応じる。

 伝令の騎士が部屋を出ると、わたしとクロエも扉へ向かった。


「情報提供ありがとうございました、ご実家のパン屋さん、またお伺いしますね!」


 自らの意志を示した彼女に、わたしは伝令とは別に敬礼すると、笑顔を背に駐屯地へ走った。


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