第3話 海軍カレー


「まずはここ! 王国海軍アルテマ泊地! 王都に来たならここの海軍カレーを食べなきゃ!!」


 黒髪を振ったクロエが基地を指差した。


 王都に接する巨大な三日月形の湾。街に面した南側は民間の貿易港だが、残りの北側は全て王国海軍の艦隊基地として運用されている。


 その入り口前、城のように大きな艦艇群が停泊する基地の前にわたしとクロエはいた。


ふねってこんなに大きいんだ、いざ近場で見ると圧倒されるわね」

「でしょ? わたしたちは陸軍だからあんまし馴染みがないけど、普段から王国周辺で制海権の維持を担当してるらしいよ。ほら、あの一際大きいのがダイヤモンド級巡洋戦艦!」


 クロエが指差した艦は、2連装主砲が特徴的な主に戦艦と呼ばれるもの。

 他にも巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、掃海艇とズラズラ並んでいるが、正直そういうのにあまり詳しくないので半分スルー。


 それよりも、空いたお腹が気になった。


「で、その海軍カレーっていうのは?」

「基地の食堂、じゃあ入ろっか」


 ズンズン正門へ進むクロエだけど、そんな気軽に入れるのかな。

 そう考えているうちに警備の水兵が来る。


「陸軍第1大隊、クロエ・フィアレスです。海軍カレー食堂は空いてますか?」

「あっ、お疲れ様です。以前の対魔法戦、並びに近接戦闘訓練ではお世話になりました、食堂の方は金曜日なので開いてますよ」


 お互いに敬礼を交わし、簡単な受け付けを終えてアッサリ基地内へ。

 迷うことなく進むクロエにわたしは思わず尋ねる。


「今の水兵さんって知り合い?」

「面識がある程度かな、前に基地警備隊から対テロリスト、対魔導士訓練を依頼された時、格闘術の講師で派遣されたんだ」


 最近は魔導士によるテロ行為も散見される、やはり王国軍も警戒してるようだ。


 しかも彼女のテンションに振り回されっぱなしでよく見てなかったが、軍服の上にはわたしと種類の違う、けれど一瞬で強さの分かる徽章きしょうが輝いていた。


「格闘徽章!? CQC(近接戦闘)の猛者じゃない!」


 それは、名の通りあらゆる近接戦闘で優秀な成績を持つ者だけが保持する、軍格闘習熟者の証だ。


「えへへ、わたしって騎士なのに剣とか苦手でさ、自然と素手での格闘スキルが上がっちゃったんだよね。でもティナだってレンジャー徽章持ってるじゃん、わたしよりずっとすごいよ」


 レンジャー徽章は30年前に魔王が倒された頃、王国軍の近代化に伴って外国士官によって伝えられた、地獄の訓練過程を修了した騎士だけに着用が認められる徽章きしょうを言う。


 勝利の象徴たる月桂冠げっけいかんに囲まれた、堅固な意志の象徴であるダイヤモンドで形づくられていて、これを取れれば精鋭騎士と認められる。

 わたしが騎士を目指したキッカケだ。


 けれど――――


「クロエだってここまで努力して来たんでしょ、そんな卑下ひげするような言い方ダメ」


 普段言い慣れてないからか少々噛みかけたが、努力は尊重されるべきだ。

 他人によってないがしろにされるものではない。


「ッ......! ありがとッ! やっぱティナって優しいんだね〜」

「ちょっと抱きつかないで! そんなんだから中佐に誤解されるのよ!!」


 やっぱり付いていけない、わたしはマイペースっ娘に連れられるがまま、基地が見渡せる展望食堂へとやって来た。

 停泊する艦艇群や、出港していく巡洋艦、帰港する駆逐艦が一望できる見晴らしの良い食堂だ。


 そして、わたしはしばらくして出された海軍カレーなるものにスプーンを入れた。


「あっ......美味しいっ!」


 食べてみれば、サラサラ系のカレーでいくらでも食べられるクオリティ。

 しかも、心なしか一般のものより具が大きい。


「絶品でしょー? なんとお値段500円! 海軍さんは毎週金曜日がカレーの日らしくて、味も凝ってるんだって」

「へー、なんで金曜日はカレーなの?」

「毎日海の上にいるとさ、今日が何曜日だったかわからなくなっちゃうんだって。だから、魔王討伐後の海軍創設時に、アドバイザーとして雇った外国人士官に導入を勧められたとか」


 知らなかった......、このカレーにそんな経緯があったなんて。


 見れば、蒼空の下に連なる軍艦。

 穏やかな湾内に停泊する巡洋戦艦が、もやいを解いて出港準備を進めていた。


「そうそう、今食べてるカレーライスは、あのダイヤモンド級巡洋戦艦のレシピなんだって」


 口元にご飯粒をくっつけたクロエがスプーンで指す。


「ご飯付いてるわよ」

「ホント!? ティナ取ってくれる?」


 くっ、言わなければ良かったかな。

 抵抗するのもあれだし、使い忘れていたおしぼりでクロエの口元を軽く拭う。


「ティナは釣れないね」

「指ですくって食べるなんてフィクションだと存じなさい」


 プッと2人して笑ったところで、大洋へ向かう巡洋戦艦が、響くように力強い汽笛を鳴らして出港した。


◇◇


「プハーッ! 食べた食べたー」


 川に面した道の上、満足そうにお腹をさすったクロエがわたしの横を歩いている。


「っていうか、よく3杯も食べれたわね。その小さい体のどこに入ったのよ」

「ティナだってわたしと身長対して変わんないじゃん、あと、大好物っていくらでも食べられない?」


 吸い込まれるような黒目でわたしを見つめると、クロエは八重歯を見せた。


「あっ! あの路上販売店の髪飾り可愛い。ごめんティナ、ちょっと見てきていいかな?」


 両手を合わせるクロエ、特に急ぎもないので「ここで待ってるわね」とだけ言い、その後ろ姿を見送る。


「髪飾りか......,」


 自身の金色の髪を彩るものは特に付いていない、せっかくだしわたしも買ってみようかな。

 そして数歩踏み出したとき、わたしは背に嫌な悪寒を覚えた。


「見つけたわよ、ギルドの仇」

「ッ!?」


 振り向けば、フードで顔を隠したローブ姿の集団。

 格好からしておそらく魔導士、身構えるわたしに先頭の女が腕を組んだ。


「ここじゃなんだろう? 騎士さん。こっちで話そうじゃないか」


 指差された先は路地裏、大体察しはつくけど、とりあえず誘導に從う。髪飾りを選びに言ったクロエが一瞬頭をよぎったけど、民間人への被害は避けたい。


 着いた先は路地裏ながらそこそこ大きな噴水広場、そこで、女はフードを下ろした。


「っ......! あなたはッ!」


 胸をえぐるような記憶が蘇る、眼前の女冒険者は笑みを浮かべた。


「久しぶりだね雑魚剣士、アイテム広いしか取り柄のないお子ちゃまが、随分とやってくれたじゃないか」


 忘れるはずもない、この人は――――


「ヴィザード職のシルカ! なんであんたが!」


 1年前にわたしを裏切った元パーティーメンバー、特にその中でも性格は最悪だ。


「お前のせいでこっちは金づるが消えちまったんだよ、今朝のってもしかしてあんたの復讐?」

「わたしは職務に従っただけ、恨むなら闇ギルドにしか身を置けなかった自分を恨んで」


 シルカは嫌な笑みを浮かべると、仲間に合図らしきものを出す。

 ローブ姿の魔導士数人が、杖を手に魔法陣を展開した。


「生意気な口聞くようになったじゃないか、去年あんたはわたしに手も足も出なかったわよね? 雷魔法でいたぶられたの忘れちゃった? 無様に喘ぎながらよだれを垂らす可愛い姿、もう一度見たくなっちゃった」


 当時のわたしは本当に人を見る目がなかったのね、こんなやつとパーティーを組んでたと思うと憤慨で死にそう。

 今は非番だから剣を持ってない、だけど十分だ。


「ゴチャゴチャうるさいのよ、あんたみたいな目立たない仕事に敬意を払えないような人間が一番嫌いなの」

「ッ......!! 雑魚女が!! 上位職の力を見せてやるわ」


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