第40話 ヘンリーの告白
「カレン……
名前を呼びながら、駆け足で近寄ってきたのはヘンリーだった。
「馬の写真を撮りたくて、ここへ来てたの。写真を撮っていたら、この白い馬がすごく綺麗で、可愛いからブラシをしてあげていたところよ」
「ふぅ〜ん。そうだったんだ。でも……気をつけて!! その馬はまだ人に慣れてないからね」
二人の会話を横で聞いていたトリスタンが、ニヤッと口角を半分だけ上げて……ヘンリーに語りかける。
「ヘンリー心配するな!! なかなか人に慣れなくて、こいつら……手に負えない暴れ馬だけど、性格が似てるじゃじゃ馬同士、すぐに仲良くなったみたいだぞ!」
な・なんなの?
今、「こいつら、手に負えない暴れ馬」って言ったよね!!
それって……私のこと???
「ちょっと……トリスタン!! 私のこと何も知らないでしょ? 私は、見かけより、ずーっとおしとやかで可愛い性格なんですからね!! 」
「お前……、俺にお前のことを知ってもらいたいの? それに、可愛いとか自分で言うことじゃないだろう」
「それも……そうだけど……」
ムキになって言い返した私とトリスタンとの会話をヘンリーは、渋い顔で聞いていた。
「カレン、二人で乗馬に出かけよう。僕が馬の用意をするからこっちへ来て! 」
ヘンリーは、すっと私の手を取り、しっかりと握りしめると、トリスタンの
ヘンリーの馬・ロディオとマリーは、栗毛が可愛い馬たちで澄んだ綺麗な目をしている。その馬に
「ロディオとマリーは兄妹なんだ。僕のお気に入りの馬達だよ。さぁ、鞍をつけ終わったからマリーに乗って! 」
マリーに騎乗して、鞍の調整をヘンリーにしてもらい、二人はユタの荒野へとトレッキングに出かけた。
「カレン、みてごらん。コロラド川が見えるだろう。ラフティングをしている人たちが僕たちに手を振ってるよ」
「本当だね。ここでは色々なアウトドア・スポーツが楽しめるんだね」
「そうだよ。世界中からここへ人々が観光に来るんだ。アーチーズ国立公園は有名だけど、手つかずのままで残されているキャニオンランズ国立公園も隣接しているからね」
絵画から飛び出して来たようなここの景色は、人の心を癒す力があるみたいだな。きっとここに住んだら都会の息苦しさやストレスなんかも感じることなく、穏やかに過ごせるんだろうな。
「私も、こんなところに住んでみたいな」
「そうなの、カレン? 僕は、都会の方がいいけどな。ここは、田舎だから、刺激もなくて、物足りなさを感じるよ。時々、学生の頃が懐かしくて、あの頃に戻りたくなるくらいだよ。カリフォルニアの大学に通ってたんだけど、あの頃は父さんの口利きで映画にも出演して、都会の生活を楽しんでいたからね」
「そうだったんだ……ヘンリーは、映画にも出演したんだね。……そういえば、お父さんは映画俳優のクリスさんだよね」
「ああ。でも、父さんは、僕たちに映画俳優の道には進んで欲しくないと思っててね。僕はそのまま俳優になっても良かったんだけど、映画出演は学生時代のアルバイトで職業俳優には、絶対にならないと約束をしたから出演許可してくれたんだ。父さん、今じゃ有名だけど、俳優業に関しては、色々と苦労してるからね。それと、気づいたかもしれないけど、僕たち兄弟……父親は同じだけど、母親はみんな違うんだよ」
「え〜っ !! そうだったの? 」
突然の告白にびっくりしていると、ヘンリーはさらに話を続ける
「華やかな世界で、父さんはたくさんの恋に落ちたと言ってるけど、結局……僕ら三人は母親に捨てられたのさ。みんな自分のことしか考えてないんだよ。母親たちは、父さんと浮名を流すことで有名になりたかっただけなのさ。父さんは、若くて綺麗な女に弱いからね。たくさんの恋を楽しんだ結果……生まれて来ちゃったのが僕たち三人。母親たちは、僕らの面倒を見る気なんか最初っからなかったんだ。父さんの子供を産んで一生のコネを手に入れたのさ。僕たちは、ここに住んでいた父さんの両親に預けられたんだ。……笑えるのはさ、ひどい母親達なのに、スクリーンの中では、とてもいい母親役を演じてる事だよ」
「そんな……」
三人にそんな秘密があったなんて、知らなかった。ここで祖父母に育てられ、祖父母が亡くなった今、三人でこの牧場を守っている。ヘンリーは、都会が好きだと言ったけど、それでもなお、この牧場を守るためにここに住んでいるのは、優しくて大好きだった祖父母のためだったんだ。
「カレン。そんな顔しなくていいよ。こんな話は、アメリカではよくあることだからね」
「えっ……。そうなの? 」
「そうだよ。両親が離婚して、また再婚して。そんな繰り返しをする大人たちに振り回されてる子供の数なんて、このアメリカには星の数ほどいるんだ。みんな寂しくて、悲しくて、辛い思いを隠して……親に嫌われないために必死に顔色を伺って、機嫌を取りながら……捨てられないようにって、怯えて過ごすのさ」
「ヘンリーもそうだったの? 」
「そうだよ。兄貴たちも同じさ。どの母親も、俺たちの誕生日とクリスマスにだけは、競うようにプレゼントを送ってくるけど、一緒に住んだ記憶も過ごした記憶もないからね」
突然の告白は、荒野をスーッと吹く風のように私の心に切なさをもたらした。
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