第四章 ヴァルプルギスの夜! ここに開演!

撮影現場の夕食&カイロの補給

 ここで六時過ぎになり、夕方の休憩時間となる。

 実は前述の自衛隊の爆音が起こったのは午後四時頃、そう、実は二時間近くの記憶が抜け落ちているのである。


 某映画のように、自衛隊に関わった為、タイムリープしてしまったのか?

 あるいはロボットのように無意識に体を動かして通行人役をしていたのか? 

 それは神にしかわからない。

 なにせ爆音事件以降、記憶がよみがえるのはグリーンスタンド三階の観覧席に座り、紙の箱の弁当のふたを開けた時である。

 どうやって観覧席までたどり着いたのかすら、誰から弁当とお茶をもらったのかすら記憶にないのである。


 なのでいきなり夕食のシーンになるのは勘弁して欲しい。

 この時のお弁当はとんかつ定食だったと思う。付け合わせ? 何それ? とんかつ定食ってとんかつとご飯しかないんじゃないの?

 誤解のないように付け加えると、俺様のメモリーの中にはとんかつとご飯しか写っていないのである。


『お前は一年以上前に食べたとんかつ弁当の付け合わせを憶えているのかぁ!?』


と叫びたい気分だが、あんまり書くと元ネタの作者様に怒られるのでこの辺にしておこう。 

 お茶もペットではなく紙パックだった。

 人間、極限状態に陥ると、まず最初に食べ物の記憶が刻み込まれるのである。

 とはいえ、せっかくのお弁当だが、正直、味も覚えていない。

 これを食べて夜十時まで体をたせようとする考えすら浮かばない。

 ただ黙々と食するのみ。

 ちなみに、中学生の集団はいつの間にか帰っていた。お疲れ様である。


 お弁当を食べているとスタッフさんがハンドマイクで皆に尋ねてきた。

 もっとも、スタッフさんが何を尋ねたかすら、記憶が曖昧であるが、確かこんなことを言っていた気がする。


『(午後)六時半までの方は手を上げてください』


 年配の方が何人か手を上げる。

 自分の前に座っていた年配の女性三人組も手を上げていた。

 このお三方、紹介する機会がなかなかできなかったが、頭には頭巾、体には引っ張りともんぺを召し、そして風呂敷包みを背中に背負って、いかにも地方からやってきた農家の女性達といういいお味を醸し出していた。


 通行人役としても

「うわ~東京ちゅう所は人がいっぱいいるズラ」

「○○はどこにあるズラ?」

「あ、あそこじゃ!」

「「あったあったズラ!」」

と、彼女らの台詞がでたらめな方言で思い浮かぶほど、その仕草や行動がかわいかったのである。 


 どうやらこの方達が早朝の上野駅のシーンを撮る為に朝の四時半から参加した地元の人みたいだ。お疲れ様である。

 と言うことは、夜の撮影はこの方達抜きで行う訳か。うむ、歴戦の勇士を失う心境である。


 ……そして再び撮影現場へ。

 申し訳ない。記憶によるとスタッフさんからのおたずね以降、俺様は再びタイムリープかもしくはテレポーテーション(瞬間移動)して、撮影現場に立っているのである。

 いつの間にか天井の蛍光灯がともり、すっかり夜の空気が漂う撮影現場。

 腹のふくれと疲れで朦朧もうろうとする俺様にとって、北風さんなぞ最早そよ風程度にも感じなかった。……いえ、十分寒かったですけど。

 早朝から参加された地元の方達がいないため、我らエキストラの人数も2/3ほどになってしまう。


 夜の撮影が始まる前に我らエキストラが集められ、今度は男優さんから挨拶をいただいた。

 失礼かもしれないが、結構強面のお顔の為、今までの俳優さんとは違う雰囲気を感じる。

 一体、何の役をやられるのだろう?


 メイクのお姉さんが再び皆の衣装や髪型、メイクをチェックする。

 ハイ、もうお馴染みの光景ですね。

 俺様は黙々と袖を裾をめくりあげる。

 夜になり冷え込むことを予想してか、スタッフのお姉さんが使い捨てカイロを配り始める。

 すでに俺様のベストのポケットに二つ入っているのだが、執拗しつように皆に勧めるお姉さんのそのお姿に、夜の撮影はさらに過酷となると俺様の本能は察知し、

「あ、二つください」

「はい! ……たくさんありますからもっといいですよ」

 べいべぇ……まるで生きて帰れない作戦の前に、二階級特進の勲章を前渡しされる気分だぜぃ。

 どんだけ過酷なんだぁ、冬の夜の撮影ってのはよぉ!


 もらった二つのカイロは、フリースのズボンのポケットに入れる。

 使い捨てカイロを四つもポケットに入れるなんて、おそらく俺の人生の中で初めての経験だ。

 昨今、海外で物議を交わしているレースクイーンさんやイベントコンパニオンさんは、寒空の中でも露出の多い服装のため、その下は使い捨てカイロを湿布のようにぺたぺた貼っていると聞く。

 それでも来場したお客さんに笑顔を振りまいているのだ。

 彼女たちの倍の体重と三倍の脂肪を蓄えた俺様には、武者震いするのもおこがましいわ!

 

 さて、今度は夜の駅構内の風景を撮るため、再び通行人となる我らエキストラ。

 昼間と同じようにあっちこっち歩かされる。

 ここで再び俺様に役が回ってきた。

 フフン、着実にスターへの階段を上っているな。

 

 その役名は『屋台で酒を飲みながら酔っ払っている親父』

 

 うむ、年齢、体型、そして服装! 非の打ち所のない役である。

 もっとも俺様は酒を飲まないのだが、そんなことは気にしない。

 屋台の前にもうけられた長いすに座る俺様。

 そして目の前には屋台の親父さんにふんしたプロのエキストラさん。

 

 ……ここまで読んだ読者さんには、俺様の次の台詞が想像できるね。

 そう! 三度、俺様は主演様や女優さんに背中を向ける羽目となったのである。

『なん(略)~~!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る