魔王が生む一人の狼男

阿房饅頭

転生する誰か

 暗い世界。何もない。ここは一体どこなのだろうか。

 そこに一つだけともる火。

 ああ、これはろうそくの火だ。

 ろうそくの火を見つめる。

 心許無い、もう尽きてしまうような火。

 これは何だろうか。

 ろうそくにともる火、だということはわかるが別の何かを象徴しているような気がする。


「お主は誰じゃ」

 

 ふと聞こえる声。

 とても響くその声はお爺さんのような口調なのに、若い女性の声だった。

 しかし、暗い世界のせいか、彼女の姿は見えない。

 声が綺麗で、顔も美人じゃないかと思えるような透き通ったソプラノボイス。

 姿が見えないのがとても残念に思えて仕方ないのは僕だけだろうか。


「はは、美人だとはな。うれしいと思って良いのかの」


 彼女は僕の心を読んだのか、そんなことを言ってきた。喜んでいるのだろうか、心持ち声が高い。

 

「さて、お主は誰じゃ」


 誰だろうか。そういえば記憶がない。

 ああ、このろうそくの火が僕の命の火というのが何故かここで思い浮かぶ。

 そうだ、車に轢かれたんだ。

 あれは即死だろう。

 ろうそくの火が心許無いのは僕がもうすぐ死ぬからだ。

 せめて、もう少しだけ、そう、何かを僕はしたかったから。

 思い出せないけれども、何かがしたい。


「まだ生きたいか」


 もちろん。


「私はお前を生き返らせることができる。しかし、前の姿のようにはできないと思う。何故なら、私は」


 彼女は迷っているのか、次の言葉を言い出せないようだった。

 それとも言葉を選んでいるのだろうか。

 

 大丈夫。あなたのその姿に僕は信頼ができるような気がする。


「私は魔王だ。つまり、転生させるということは人間ではなくなるということだ」


 それでも僕はあなたと生を共にできるのであればいい。

 生きることができるのであれば、僕は。


「共に歩んでくれるのか」


 あなたの魂は魔王ではない。

 とても綺麗だ。


 ろうそくの火が大きく揺らめいて、彼女、魔王の姿を照らす。


 カラスの濡れ羽色のような黒い、背中の半ばまである長い髪の女性。

 彼女の姿が見える。


「共に歩もう」


 魔王は僕というろうそくの火を両手に包む。

 じゅっと火が消えて、彼女の白い両手が軽い火傷が生まれ。


 彼女の傍らに生まれたのは一人の狼男だった。


「共に歩みましょう」


 僕ー―狼男が彼女に傅いて、火傷を負った魔王の手のひらを舐めた。

 それはとてもしょっぱいのだけれども、甘いように思える果実のような味だった。

 




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