狼男の憂鬱
魔王は玉座でただ黙していた。
狼男はその横で何もせず、ただ、美女の魔王を見つめる。
「つまらんな。何もしないなど」
だが、我慢ができず、狼男はそんな言葉を出す。しかし、魔王はふんと鼻で笑う。
「それが嫌なら、君は風流を理解しないただの愚か者だろ」
「知らないさ。風流? そんなものよりも魔王らしく世界征服をしないのか?」
「さて、そんなものはどうでもいいのさ。私は私であればよい。魔王なんてものはただの私以外の誰かが勝手に召し上げた称号のようなもの」
「だが、あんたは俺を転生させた」
ぐるぐるとうなりそうな声を上げながら、狼男は異論を言う。
だが、魔王は相変わらずの美女の顔に赤子を見るような笑みを浮かべて否定する。
「そんなものは美しくない。ただ、お前を愛でる。次は何を呼ぶか。恐ろしいものを読んで、そうだな、死の歌でも歌ってもらう。それもまた美しく、綺麗なものだ」
とんでもないものだな、と狼男は思うのだが口に出すことはない。彼女の生き方はそんなものだろうとこの数日で思った。
シミひとつない石畳の床。レッドカーペット。そして、多くの召使のようなモンスター達が彼女の城を歩き、彼女に礼をする。
彼女はそれを当然のように受け止め、ただ言葉を受ける。魔の者たちはそのことに幸福を感じ、魔王はただ退屈そうに、ある時は母のようにやさしく囁くように言葉をかける。
これこそがカリスマなのだろう。
そんな彼女の横に狼男がいる。
どれだけ、狼男の地位は高いのだろうかと感じることは多い。
「だから、私は何もしない。ただ、ここで彼らを愛でる。彼らが出ていき、人間の世界を征服するのもよし。出る者は拒まず、だ」
「勇者がここに来た時は?
「さて、その時は私を楽しませてくれるだろう。とても楽しく踊ってくれるのではないのか」
その顔は気高く、恐ろしく、壮絶な笑みだった。
狼男は言葉を発することができない。
彼女の在り方には興味というものしかなく、自分を楽しませてくれる何かと愛しいモンスターとそれ以外しかないのだ。
だから、惜しいと思う。
その興味をもっと広げることができれば、この世界を楽しめるのではないのか、と。或いは世界に変化を作れるのではないかと。
狼男は転生者だ。
だからこそ、そんなことを思いながら、この魔王の横にいる。
「こんな魔王だからこそ、俺がいないと寂しがるだろう」
彼はひとり呟いた。
憂鬱な一日でありながら、彼女の思いを受け止める転生者のある一日。
魔王が生む一人の狼男 阿房饅頭 @ahomax
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