星の引力

カゲトモ

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「マスターは昨日、見られました?」

「お月様、ですか?」

「えぇ」

 ゴールドのリングが柔らかい光を返してグラスが回される。中身は薄紫色のカクテルだ。

「少しだけです。最初はすごく綺麗に見えていたんですけれど、途中で雲に隠れてしまって」

「そうだったの」

「残念です。とても楽しみにしていたのに」

「そうよねぇ、昨日のお月様は特別だったものね」

 昨日の月は、スーパーブルーブラッドムーン。大きく見える満月をスーパームーン。一ヶ月に二回ある満月をブルームーン。皆既月食で紅く見える月をブラッドムーンと言う。その三つが重なった昨日の満月はとても特別なものだったのだ。

「こっちも晴れていたらよかったんだけど」

「こればっかりはどうしようもないですからね」

 途中までは綺麗に見えていたのだ。皆既月食が始まり、丸い月がどんどん細くなるのも見えていたのに。全て影に飲み込まれた後、紅い月を消してしまうように雲が遮ったのだ。

 窓辺でグラス片手に楽しんでいたのに、残念すぎる。

「ミサキさんはどうでした?」

「ふふ」

 てっきり「わたしもよ」と言うのかと思ったら意味深な笑みが続いた。

「笑わないでね?」

「笑いませんとも」

 肩を上げて照れた素振りを見せると、小声で「海へ行ったの」と言った。

「海、ですか?」

「そう。海辺のホテルに部屋を取ってね」

「それは凄い」

「ふふ、重たい望遠鏡も持って行ったのよ」

「望遠鏡まで?」

「だってどうせならしっかり見たいじゃない? それに勿体ないでしょう、高かったのに使わずに置いておくのは」

「旦那さんのものなんですね」

「そういったものしかないのよ、あの人のは」

 呆れたように言い放ったミサキさん。その旦那さんはもうこの世にはいない。

「使わないと怒るだろうし」

「そんなに良いものなんですか?」

「それなりには、ね。昔のものだからとても重いけれど、月のクレーターまでしっかりと見られるのよ」

「それは凄い」

「操作も面倒なんだけれど、これは慣れね。みっちり旦那に仕込まれたから、いまでもどうにか使えるの」

「では昨日のお月様も綺麗に見られたのですね」

「ふふ、えぇ」

「それは本当に羨ましい」

 俺なんて味気ない中継だったのに。いや、それでも特別な瞬間を見せてもらえただけ有り難いけど、どうせなら生で見たかった・・・!

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