魔王様のご近所征服?大作戦
京高
プロローグ
第1話 魔王様トンズラこ……もとい、戦略的撤退する
魔族領、魔王を始めとする魔族の治めるこの世に現出した魔界。そこは数多の魔物が闊歩する弱肉強食の地だと言われている。
そしてその魔族領の中心たる魔王城にて、今、勇者とその仲間たちと魔王との戦いが大詰めを迎えようとしていた。
「だあありゃああああ!!!!」
裂帛の気合と共に大上段に構えられていた剣が高速で振り降ろされる。
「ぬうううおおおおお!!!!」
間一髪で間に合った魔法障壁により傷を受けることはなかったものの、大量の魔力が消費されたのが感じられる。
このままではまずい、半ば本能的に炎の魔法を放ち距離を取る。
すると剣で攻撃していた男の下に仲間たちが駆け寄っていく。
「ダッシ!大丈夫?」
「ああ、何ともない」
美しい少女が声を掛けながら癒しの魔法で男の傷を治し、その隙を突かれないように屈強な男と杖を持つ女が壁となる。
「忌々しい……。だが認めぬ訳にはいかんか。これまでの者たちとは違い貴様は本物のようだな、勇者ダッシ・フンニューよ!」
「お前の悪事もこれまでだ!覚悟しろ、魔王スキムミルク!」
互いの名を呼び合って睨み合う。終始勇者たちが押していたものの相手は魔王、無傷という訳にはいかなかった。どちらも正しく満身創痍の状態である。
次の交錯で決まる。この場にいる全ての者たちがそう感じていた。
「ふん!」
突如魔王が後方へと飛び、十歩程度だった距離をさらに広げる。
魔法を攻撃の主体とした魔王に距離を取られるのは得策ではないと理解している勇者たちは急いで追い縋るも、飛び退ると同時に打ち出された炎によって足を止めさせられてしまった。
「くそっ!」
相手の間合いに逃げられて歯噛みする勇者たちを余所に、魔王は両手を掲げると魔力を込めていく。
「何て強大な魔力なの……」
杖を持った女が呆然と口にする。
魔法が発動する前に辿り着いて渾身の一撃を与える。魔王に勝つにはそれしかないと分かっていながらも、目の前で起こる膨大な魔力の奔流に身動きが取れずにいた。
やがて魔王の頭上に切り取られたかのようにぽっかりと真っ黒な穴が開く。
「あれはまさか?……ゲートか!?」
「ほほう?さすがは勇者、気が付いたか。……しかし今更どうすることもできんだろう。
いいか!今回は勝ちを譲ってやるが、今度会ったらケッチョンケチョンにしてやるからな!覚えていろ!!」
喋っている内に悔しくなったのか、魔王は捨て台詞を言い始める。その姿は三下のやられ役のようだったが、本人は気が付いていなかった。
ちなみにゲートを使って勇者たちを異世界に送り込むには魔力が足りておらず、このゲートはあくまで自分が逃げる為にしか使えないものだった。
「逃げられると思っているのか!」
「くっくっく。この世界を灰塵に帰したいのならばやるがいい」
魔王の挑発的な物言いに勇者たちは一斉に杖を持つ女に目を向ける。
「悔しいけれど魔王の言う通りよ。今あいつを倒してしまうとゲートに込められた魔力が暴走して何が起こるか分からないわ」
例え逃げるためのものであっても異世界に繋がるゲートを開くには相応の魔力が必要となってくる。
それは制御できなくなると世界にどのような影響が起こるか分からない程のものだった。
敗北直前とはいえ魔王はやはり魔王なのである。
ゆっくりと首を横に振った後、俯く女。その姿に隣の屈強な男が声を上げる。
「ここまできて逃げられるのを黙って見ているしかできないって言うのか!?」
悔しそうに拳で床を殴りつける男を見て、魔王は溜飲を下げていた。
「はーはっはっは!何とも心地良い絶望だな。我が舞い戻って来るまでの間、苦しむがいい!」
「うるさいぞ、このアホ魔王!」
「逃げるくせに偉そうにしやがって!」
しかし、調子に乗ってさらに挑発を加えたことで、勇者たちの不屈の闘志に火を付けてしまう。
子どもの口喧嘩のようなものであっても言い返したことで彼らは絶望をかき消していた。
「なっ!?勝手に人の領土に押し入って来ておいてその言い草はなんだ!
お前たちの方がよっぽどバカだ!バーカ、バーカ!バカ勇者!」
ぎゃんぎゃんと言い合っている間にもゲートは繋がる世界を求めて伸びていた。そして、
「ふん!これ以上バカ共に付き合っていても時間の無駄だ!精々束の間の勝ちを喜んでいろ!さらばだバカ勇者!ぐわっはっはっはっはっはーー!!」
ゲートが異世界へと繋がった瞬間、魔王は高笑いを残してその姿を消していた。
先程までの喧騒が嘘のように静まり返った魔王城には勇者とその仲間たちだけが残されていた。
「……逃げられたか」
「これからどうするの?」
不安そうな表情を浮かべて美少女が尋ねる。
「とにかく一度戻って王様たちに報告しよう。魔王の行き先について何か分かるかもしれない」
「そうね。魔族領の統治についても話し合わなければいけないだろうし」
「まあ、逃げられはしたが、勝ちは勝ちだ。胸を張って帰ればいいじゃないか」
「油断はできないけれど、喜ぶくらいはしてもいいわよね」
安堵の言葉を口にしながら部屋から出ていく仲間たちの後ろで、勇者は一人ゲートが消えた場所を睨み続けた。
「どこに逃げようとも必ず追い付いて倒してみせる」
その瞳には勇者の名には似つかわしくない暗い炎が燃え盛っていた。
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