第29話

 翌朝。ついに徴収が来る日になった。つまり、エグナーが徴収者に突き出される日。

 浮き足立った気分のまま納品する品をまとめて、家を出る直前まで調合をしていた兄さんと家を出る。

「リージュに会えるかな」

 道中、リージュに渡す薬を前にぽつりと声が漏れた。

「心配かい?」

 詳細、まだ兄さんに言えてなかった。

「きのう、リージュに会えなかったの。家の人に扉を閉められて。窓から見たけど、体調は悪そうではなかった」

「……簡単に受容できない心はあるのかもね」

 家の人にとっても、リージュが大切な存在であることには変わりない。よそ者を保護したうちたちに会わせるのは、抵抗があるのかな。このままずっと会えなくなったらどうしよう。

「時間はかかっても、理解を得よう。きっと大丈夫だよ」

 大丈夫。

 根拠のないこの言葉を信じて、前に進むしかないよね。リージュを失いたくはないもん。

 徴収の船に近づくにつれて、すれ違う人の数も増える。そのどれもあたたかい表情ではなくて、変わってしまった現状を自覚せずにはいられなかった。

 隣に兄さんがいたから、りんと歩いてくれていたから、きのうほど気にしないでいられた。

 船の近くでは、既に数人の人が納品をしていた。徴収者がニタニタと笑ってその光景を眺めている。エグナーは近くにいないから、まだ突き出されてはいないのかな。うちたちもまじって、持ってきた品を船に乗せた。

 今回の集まりは、いつもより悪いように見えた。皆はこれから納品するつもりなのかな。

 それとも……エグナーの騒ぎで納品ノルマのための作業に集中できなかった人が多かった?

 もしそうだったら、どうしよう。うちの行動が、島全体に不幸を招いてしまったの?

 よぎりかけた感情を察知されたかのように、兄さんのあたたかい手が背中にそえられた。

 悪いことはしていない。間違っていない。

 揺らぎそうな心を、兄さんの、エグナーの言葉を再生してとどめる。

 船を離れて、徴収者に会釈して通りすぎようとした瞬間。

「待て」

 徴収者からの呼びかけに反応した兄さんは、うちをかばうように前に立った。

「なんでしょうか?」

「納品、忘れてるぜ」

 徴収者が指したのは、うちが持つ薬だった。

「これは使うので」

 薬をきゅっと握りしめる。リージュのために兄さんが調合した、大切な薬。リージュが『効くかも』と言ってくれた、希望を作ってくれそうな塊。

「元気じゃん。使う意味なし」

「待ってくださ――」

 抵抗しようとした兄さんをすり抜けて、薬は徴収者の手に渡ってしまった。

 薬に使う素材はまだ満足に成長していない。薬や素材のストックも数少ない。リージュの治療のためにも、奪われるわけにはいかない。

「返してください! 友達の治療に必要なんです!」

 つい荒らげてしまった声を前にしても、徴収者はひるまない。逆におもしろそうにニヤリと笑うだけだった。

「集まり、悪いじゃん。特別にこれで穴埋めしてやるよ」

 納品のスピードが悪いことに、徴収者も気づいていたんだ。この調子だと、今回は本当にノルマを達成できないかもしれない。そうなったら、罰で次回のノルマが厳しくなる可能性だって。それをさけるために、リージュの薬を犠牲にしていいの?

「ギリギリまで納品を続けます。薬を返してください」

 兄さんの声に、正気に戻った。

 どんな理由であれ、リージュを見捨てるようなことはできない。していいわけがない。

「無理だっ――」

「おいっ!」

 徴収者の声をかき消したのは、血相を変えた島の人だった。赤く蒸気した顔と流れた汗が、有事をよぎらせる。

「お前ら、よそ者をどこにやった!?」

 続けられたのは、予想だにしていなかった言葉だった。

「どうかしましたか?」

 動揺するうちの隣で、兄さんは変わらない冷静さで返した。

「物置にいない! お前ら、隠したのか!?」

 エグナーが消えた? きのうまではちゃんといたのに。

「どうして……」

 突き出されるのが嫌で逃げ出した? きのうはそんな様子をのぞかせてなかったよ。隠していただけで、内心はそう思っていたの?

 自ら赴こうと思って、すれ違っているだけ? 小さい島だし、目的地が同じなら見かけてもいいはず。数日とはいえ歩いたから、エグナーが迷ったとも思えない。

「なんの騒ぎだよ」

 怒号が耳に響いたのか、徴収者は平手で耳をたたいている。その様子に、島の人は徴収者の前に出て、事情を説明した。

「数日前に、島でよそ者が見つかりました。次の徴収時に突き出す約束で、物置にいれたんです」

「面倒を持ちこむなよ。納品以外に運びたくねーっての」

 こんな態度で返されても、島の人はなにも言わない。蓄積された上下関係がそれをとがめさせる。

「そいつ……その人はその印のある服を着ていて……仲間なのではないですか?」

 徴収者の仲間の可能性を危惧してか、丁寧な口調に修正された。

「……あぁ」

 少しの間を空けて漏れた声。エグナーを知っているかのように聞こえた。仲間なら知っているのは当然ではあるけど、本当にそうだったんだ。

「あんな謀反野郎、どーでもいいよ。この島で生活できて、あいつもうれしいだろ」

「どういう意味ですか」

 兄さんの問いには、いつものやわからさがなかった。口調はおだやかなままだけど、隠しきれない感情がかすめる。

「新住人として出迎えてやんな」

 言葉尻と同時に近づく足音があった。振り返った先にいたのは、息を切らしたエグナー。

 島の人の、うちの、兄さんの視線が注がれる中、エグナーは徴収者の前にゆっくり歩く。

「別れの挨拶でもしに来た――」

「約束の品だ」

 嫌みに笑った徴収者に、エグナーは片手を突き出した。その手には、見覚えのない草が握られている。

「んだよ」

「お望みのビッチス草だよ!」

 ビッチス草……エグナーが求めて、目的のために必要だと語っていた草。あれがそうだったの? 初めて見る見た目。聞いたこともないから当然だけど。

「これで満足だろ」

 草に視線を落とした徴収者からは、さっきの嫌みな笑みは消えていた。

「本物って保障はない――」

「それは上が決めることだ」

 続けられるエグナーの声は、今まで聞いてきたものとは違う声音だった。まっすぐとはしているけど、なじみやすさは一切なくて。

「偽者だったら、容赦しねぇぞ」

「本物だよ」

 草を手にした徴収者は、眉間にシワを寄せて草を見つめ続けた。

 それを最後に息を吐いたエグナーは、こっちに視線を向ける。

「約束を破ってごめん。でもどうしても動きたかったんだ」

 物置を離れてまで手にしたかった草。それのためにここまで来た。

「目的、思い出せたの?」

 この草を欲する理由も目的も、すべてを思い出せたの?

「ラヤたちが知らないのも当然だよ。見たこと、なかったんだもんな」

 エグナーは徴収者の手の草に視線を移した。

「歴史を作ったのがビッチス草なら、歴史を壊せるのもビッチス草だ」

「まさかあれは……」

 兄さんは察しがついたのか、草を一瞥して発した。

「過去、冒険者を助けるために使われた素材だ」

 あれが、島に徴収の歴史を作る原因になった素材? あんなに小さな素材が、今までうちたちを拘束してきていたの?

 冒険者を助けてくれたと同時に、島を苦しめ続けた素材。どんな感情を抱けばいいのかわからないまま、目は素材から離せない。

「そんな名前なの?」

 島と悪い意味で根深い素材なのに、そんな名前は一切耳にしたことがなかった。目にしたこともない。

「こっちでは『ビッチス草』って正式名称だけど。ここでは通じない言葉だったんだな」

 歴史のひずみで、ビッチス草という名前は完全に風化してしまっていたのかな。

「『納品を終わらせるべき』って上に言ったら、提示された条件がビッチス草だった。今までの納品になかったし、採れるわけがないって高を括ってたのかもな。見つかったら見つかったで使えるし、上からしたら悪い条件ではない」

「そんなことをしてくれたの?」

 徴収の歴史を変えるために、エグナーはうちたちの知らない場所で動いてくれていたの?

 初めて聞く事実にうちだけでなく、兄さんや島の人たちも驚きを隠せないでいた。

「船で運ばれる際にもめたのが原因で、倒れるだ記憶が飛ぶだの事態におちいったみたいだけど」

 エグナーは徴収者の船で来たんだったんだ。エグナーを島におろしたあとに残った人が船で帰ったから、島に船はなかったの?

「約束は果たしたし、あとは話を進めるだけ」

 この小さな草が、島の歴史を変えるきっかけになるの?

 初めて見る素材を前に、少しの実感も作られない。

「よく見つけられたね」

「ラヤと話してる際につながった。素材に詳しそうなラヤ、なのにビッチス草に心当たりがない、洞窟に生える例の素材、でも見たことがない。あの洞窟にあるのが、ビッチス草じゃないかって」

 最初にエグナーと会った際に、近くにあったあの洞窟。つながった可能性に賭けて、エグナーはあの洞窟に走ったんだ。

 エグナーは島を見つめて、口を開いた。

「必ず約束を果たさせるから、待っててくれ」

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