第28話
帰路につく足どりは重かった。
きょう、リージュの家の人からあびた言葉がぐるぐるめぐる。
兄さんにまで及んでしまった疑念。兄さんはもう知ってしまったのかな。
原因を作ったうちを、兄さんはどう思う?
優しいけど、島の人同様、よそ者に理解を示さなかった兄さん。うちに『よそ者を助けないように』と言いつけた兄さん。
破ったうち。破ったせいで、兄さんにかけてしまった迷惑。
すべてを総合して、兄さんはうちをどう判断するの?
自宅の扉を前に、うちの動きがとまる。
この先に広がるのは、どんな景色なの?
うちを責める兄さんがいるの? 兄さんは家を出て、うちは1人きりになるの? いつもと変わらないでいてくれるの?
ずっとそばにいて、ずっとうちを支えてくれた兄さん。
そんな兄さんの言葉を破ったのは、他の誰でもないうち。どんな光景が広がっていても、うちは文句は言えない。
ラヤは間違っていない。
エグナーの言葉だけが、うちの唯一の支えになってしまうのかな。
とまらない考えに終止符を打って、意を決して扉を開けた。
映ったのは、背中を向けて調合する兄さんだった。
兄さん。まだいてくれた。
でも安心はできない。怒っているかもしれない。事情を知らないだけかもしれない。
そっと近づいて、隣を陣どる。
「……ただいま」
「おかえり。遅かったね」
届く声は平穏で、怒っているようには感じられない。横顔もゆるやかで、にじむ怒気はなかった。
まだ、知らないだけかな。
「兄さん、ごめんね」
知らないなら、黙っていればいい。でも、兄さんはじきに知ってしまう。
だったら今、自分の口で伝えたほうがいい。
兄さんとの平穏な日々を少しでも長く楽しみたい心はある。でも兄さんに謝るチャンスを逃したくなかった。
「どうしたんだい?」
調合の手をとめないまま放たれた問い。やっぱり兄さんは知らないだけだったんだ。
「リージュの家でね『よそ者を保護した兄さんの作った薬は安全なのか』って聞かれたの。他にもそう思った人はいるかも」
兄さんは黙って、うちの話を聞いている。
「これから冷たい言葉をあびるかもしれない。全部、うちのせい。ごめんね」
兄さんを傷つけたうちは、間違っていたのかな。沈んだ心がその思いをよぎらせる。
よそ者を助けるたびに、自分だけでなく大切な人も不幸になる。そんな未来が待っているの?
「大丈夫かい?」
「うちはいいの。兄さんまで言われる必要はないのに」
うちのわがままにつきあってくれた兄さん。本当はこんなに優しいのに。どうしてあんな言葉をあびないといけないの?
「僕は、平気だよ」
届いたのは、意外なあたたかい言葉だった。調合の手をとめた兄さんの優しい瞳が、うちを映す。
「ラヤがつらくないか、それだけが心配だよ」
こんな事態になっても、うちを心配してくれるなんて。ぬくもりがじんわり届いて、胸が熱くなる。
「でも、兄さんが……」
「理解を得られなくて、ラヤがあんなことを言われる。僕にはそのほうが嫌なんだ」
兄さんの手がうちの頬にそえられる。見せられた悲しみの宿る表情に、ちくりと胸が痛んだ。
「なにか聞いたの?」
「きょう会った人に、少しだけね」
兄さんはもう知っていたんだ。
「ごめんね」
それでもうちに優しくしてくれるなんて。手を通して伝わるぬくもりが、兄さんの心のあたたかさそのものなんだ。
「謝らないで。ラヤはなにも悪いことはしていないよ」
「でも、うちがなにもしなかったら、きっとこんなことにはならなかった」
「なにもしなかったら、エグナーは孤立したままだったよ」
頬の手が頭にすべって、優しくなでられる。
「ラヤは間違ったことをしていないよ」
すとんと届いた兄さんの言葉。
「本当に、そう思ってくれているの?」
最初はエグナーの存在に否定的だったのに。なのに『間違っていない』と思ってくれるの?
「最初は反対だったよ。理解できなかったよ。でも彼の行動を見て、よそ者だからさけるのは違うって思えるようになったんだ」
エグナーからの思いやり。マジメにこなされた手伝い。小さな積み重ねは、兄さんの心にも届いていたんだ。
「皆もいつか理解してくれるよ」
いつか。その日にはきっとエグナーはいない。でもエグナーが少しは皆の心を変えて、いつかよそ者を受容できる思いを作ってくれるのかな。
「そうなってくれるのかな」
「僕はずっとそばにいる。ラヤを離れたりなんかしない。そんなに不安そうな顔をしなくていいんだよ」
あたたかくて頼もしい兄さんの存在。こんな状況になっても、うちを見捨てないでいてくれた兄さん。
薄れた不安の隙間に、ようやく心からの安心が広がった。
「ありがとう」
兄さんの優しいぬくもりが全身をくるんだ。
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