第21話
島の人の横をすり抜けて駆け寄るうちに、島の人からの声がかかる。
「よそ者だ! よそ者がいたんだ!」
気づいたのか、エグナーの視線が向けられる。
「ラヤ――」
エグナーの言葉に、島の人の視線がうちに向く。島の人の瞳は、完全なる畏怖にそまっていた。
「どうして名前が知られている」
「まさか、顔見知りか!?」
矢継ぎ早な島の人の声に、エグナーは瞠目した。名前を呼ばれたことで、エグナーと知人であることがバレてしまった。
「違うっ! そうじゃなくって……」
どうにか状況を変えたいのか、エグナーは声を荒らげた。けど、逆に島の人の恐怖をあおっただけだった。それは理解したのか、エグナーの声は続けられなかった。
「少し前に目撃された姿もお前だな!? なにしに来た!」
島の人はよそ者のエグナーに、完全に敵意と恐怖をむき出しにしている。どうしよう、このままだと収拾がつかない。
「悪いことをしにきてはいない。疑わないでほしい」
声をはるのをやめて、言い聞かせるようにゆっくりとした言葉。それでも島の人の畏怖は変わらない。
「悪いこと以外に、よそ者がすることがあるかっ!」
「待ってよ! 少しは話を聞いてあげてっ!」
見ていられなくなって、つい声をはりあげた。
「やっぱり顔見知りか!?」
「よそ者とつながるなんて、島を裏切るの!?」
とまらない言葉。
よそ者と交流したうちは、よそ者と変わらないの? これがこの島の現実なの?
「違う、この子は――」
うちの処遇を考慮してか、今度は名前を呼ばれなかった。
エグナーはどうにかかばおうとしてくれている。この状況から、うちが少しでも疑念を向けられない状況を作ろうと。
うまくいったとして、うちに向けられる言葉が消えるだけだ。エグナーに向けられる畏怖はなくなりはしない。
なのにエグナーは、この選択をした。兄さんに存在が知られた、あの瞬間みたいに。
やっぱりエグナーは、思いやれる心を持つ心優しい人だ。
「数日前に倒れているのを見つけて、保護していました」
発話すると同時に、島の人から漂う恐怖が強まった。エグナーに発せられるより先に、言葉を続ける。
「目撃されたのもこの人です。でも、それだけです。実害はありませんでしたよね?」
この人は悪い人でない。どうにかそれをわかってほしかった。
「この人が悪いことを企んでいないのは明白です。これ以上責めるのはやめてください」
悪巧みをしているなら、とっくに行動に移しているよ。そんな様子は一切見られなかったんだから。
それどころか、手伝いを積極的にしてくれる。悪いと思える面を見つけられない。
「よそ者じゃないか!」
「保護するなんて、悪いことが起こるに決まってる!」
島に根づいてしまった、過去の行為。ずっと消えないまま、住民のこの考えを作り出した。
過去の過ちを伝えて、今の生活に生かすこともできる。でもこの考えは、ゆがんだまま残ってしまったとしか思えない。
「この数日間、悪いことはありませんでした。これからも起こるとは思えません」
よそ者が負のきっかけになるなんてない。うちはそう思っている。ましてや『よそ者を救ったら不幸になる』だなんて思えない。
「そりゃあ今まで、悪いことはなかったけど」
「これからやろうとしてる可能性だって――」
「それはない。オレはこの島に危害を加えたいとは思わない」
強い声を前に、恐怖におおわれた雰囲気が少しゆるんだように感じられた。
たたみかけるために、言葉を続ける。
「この人は島のために動いてくれています。薪も、この人が割ったものです」
薪をもらった人がエグナーに視線を送った。
「うちや兄さんが割った薪と違うものを感じましたか? この人だって、誰かのためになりたい思いは変わりません。よそ者であろうと、根底は同じです」
既にエグナーの厚意をもらって、感謝もしている。よそ者という色眼鏡があるから、こんな状況になってしまっているだけ。
「そうやって油断させる手法かもしれない。俺を助けたのだって、信頼を得ようとして――」
助けた? 疑問のままエグナーを見たら、心情を察知されたのかエグナーは口を開いた。
「崖を踏み外すこの人を見かけて。慌てて駆け寄ったんだ。低い崖だったから、平気だったみたいだけど」
それが原因で見つかる事態になったんだ。助けられた人は痛みを感じてなさそう。大ケガにならなくてよかった。
安心と同時にわくのは、ある感情だった。
「救ってもらったのに、どうしてこんなことができるんですか」
エグナーからしたら、この島の人全員がよそ者。そんな人を迷わずに救う道を選んだ。うちが警告していたから、島の人に見つかったらいいことにはならないと理解していたのに。
よそ者を助けたら、こんな事態になった。
「うちたちが『よそ者を救ったら悪いことが起こった』状況を作ってるじゃないですか」
こんなことになるなら、見なかったことにして通りすぎたらよかった。こう思わせてしまう。
規模は違えど、島に根づく歴史と変わりないよ。
「それとこれは話が別――」
「全然、違いはないですよ」
今回は大ケガでなかったから、仮に見捨てられていても最悪の結末にはならなかった。
でももし高い崖だったら。生死をさまよっていたかもしれない。
今の島は、その状況を見捨てられかねない考えを作っているんだ。
助けても、文句を言われるのなら。見なかったことにしたほうがいい。
大ケガでなかったら、ただ冷たい態度をあびるだけ。大ケガだったとしても、救ったことを感謝されるかもわからない。
だったら、多少の罪悪感を感じたとしても、通りすぎてしまえばいい。
そう思われても、とても文句を言えない。
「信頼しろって言っても、すぐには無理かもしれない。それはわかってる」
自然に視線がエグナーに注がれる。
「オレを信じて、今まで保護してくれたラヤまで否定しないでくれ。ラヤは『島の人を裏切る』とか、そんな思いでオレをかくまってたわけではないんだ」
「困った人を助けるのは当然だよ。皆だって、島の人なら迷わずに助けますよね?」
それぞれがちらちらと視線を交わすけど、あげられる声はない。
「オレは悪いことはしない。それだけは信頼してほしい」
「そう言われても……」
言葉だけだと、島の人の説得には足りなかったのかな。さっきよりは勢いは失せたけど、空気を完全に変えるまでには至らなかった。
「島によそ者を置くなんてありえない」
「そうだ。よそ者は敵」
1人の言葉をきっかけに、じわじわと勢力が戻り出す。
「島から出てけ!」
向けられる敵意を前にたたずむエグナー。ここまで言っても、島の人の考えを変えられないなんて。長年蓄積されたひずみは、そう簡単に戻るものではなかったんだ。
「どうしてですか……」
心を悲しみに支配される。島の仲間には優しいのに、どうしてよそ者なだけでこうなってしまうの?
「……わかったよ」
エグナーが見せた笑みは、とても弱々しかった。今にも空気に壊されてしまいそうなほどに。
「オレ、船がないんだ。次の徴収で突き出して構わない」
思わず口を開きかけたけど、兄さんの言葉がよぎって声にならなかった。
目的を達成できたあと、どうするか。
島を出る手段のないエグナー。島の人たちに敵意を向けられて、この結論に至ったのかもしれない。
この島で敵意を向けられながら生きるより、多少の罰を覚悟で突き出されたほうがいい。そう判断したんだ。
「それ……なら」
「拘束するべきか?」
この流れを変えるだけの力は、うちにはない。根づいた考えを変えることはできない。
「待ってください。そこまでする必要はありますか?」
ここは、うちが守れる最後の場所だった。
『悪いことをしない』と言っているのに、拘束をするなんて。
口をはさんだうちに、皆は表情を曇らせた。
「……そんなことするのは、さすがに胸くそが悪いか」
「それぞれがちゃんと監視すりゃ、なにかしようとする隙もないだろ」
理由はどうであれ、拘束しないことにはどうにか可決できたみたい。
「次の徴収で突き出す。それまでに怪しい行動をしたら、問答無用で拘束する」
「……わかった」
漂う異様な空気の中、エグナーは弱々しい笑みをたたえて賛成を見せた。
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