第18話
翌日、エグナーの姿を見て、昨日の兄さんの言葉が想起した。
家のかげでひたすらに薪を割っている。兄さんが任せたい仕事はこれだったんだ。
家では薪はそこまで使わない。求める家もあるから、あげるつもりなんだろうな。
薬を届けに家を訪ねることもある兄さん。その際に薪を求める話でも聞いたのかな。薬を求めるような人だと薪割りも苦労するだろうし、どうにかしたい思いがかすめていたんだ。
やりたくても、兄さんは力も体力も秀でていない。筋肉痛にでもなったら調合に影響が出かねないから、できなかったんだ。
「お疲れ様。無理はしないでね」
つらそうな仕事なのに、エグナーは晴れやかな表情をしている。
「雑用はなれてる。まだまだ平気」
顔には汗がにじんでいるけど、輝いた表情は発言が真実と裏づけしてくれる。
気をつかって無理をして動いて倒れられでもしたら、元も子もない。そう言ってくれるのなら、安心だな。
エグナーは届けられないから、うちや兄さんがやることになるんだろうな。薪を運ぶなら、束ねる材料があったほうがいいかな。採取ついでに採ってこよう。
うちの読みは当たって、採取から帰ると同時に、兄さんに薪を届けるように頼まれた。以心伝心できたかのような気分に高揚しつつ、採取したばかりの材料で薪を束ねる。
「薪、自分で使うんじゃなかったんだ」
家を出ようとしたうちに、エグナーから声をかけられた。家で使うと思ったのかな。
「それぞれの得意分野を生かして、支えあっているの」
調合が得意な兄さんは薬を、裁縫が得意な人は織物を。それぞれが作って、物々交換をして生活している。
「島の人とは助け合うんだ」
「この感覚がよそ者にも広がったらいいな」
島の仲間に与えられる優しさを、よそ者に向けたらいいだけ。そう考えたら、簡単そうなのに。単純ではないんだろうな。長年蓄積されたひずみは、そう簡単に薄れてはくれない。
この優しさがよそ者にも向けられたら、この島はもっとよくなるだろうに。
小さく笑って、家を出た。
薪を届け終わって、お礼の品や帰りに採取した素材を手に自宅に戻った。
兄さんはいつもの場所で調合していた。エグナーはいなかった。外にでもいるのかな。
『歩いたら記憶が戻るかも』って話していたし、散歩をしているのかも。薪割りをしたのに、体力があるな。
抱えた素材とかをしまって、ご飯の準備を始めた。
兄さんと、ほどなくして帰ってきたエグナーと3人での食事時間。聞いたら、エグナーはやっぱり散歩に出ていた。『誰にも会わなかったから安心して』と言われた。誰かと交流したんじゃないかって危惧されたと思われたみたい。そんな意味じゃなかったんだけどな。
「薪、喜んでいたよ。『ありがとう』って言われた」
届けた人はうちや兄さんがやったと思っているだろうけど、本当は違う。お礼を伝えるべきは、今目の前にいるエグナーだから。
「役立てたのなら、よかった」
軽やかに笑うエグナーの顔は、本当にそう思っているとつとに伝わる。
「ずっとこんな生活をしてたの?」
「島の人たちと協力しないと、とても達成できるノルマではないんだよ」
徴収者から課せられる様々なノルマ。限られた期日。
得意な分野なら、早く作業ができて品質も高くなる。それぞれにあった品を多く担当する。そのために必要な材料はその人に渡したり、できる限りのことをする。
長年の徴収生活から身につけた、この島で安全に生きるための知恵。
いつから定着したのかはわからない。うちが生まれた頃には、既に完成されていた。
「ご近所との結びつきが強いのは、いいことだろうけど」
エグナーは視線をよそに向けた。
「よそ者が割った薪って知ったら、どんな反応になるんだろうな」
兄さんはちらりとエグナーを一瞥しただけで、言葉を返さなかった。
よそ者を受容できないこの島。
よそ者の厚意も素直に受容できないことになるのかな。
エグナーの手で作られた薪。真実を知ったら、感謝すら冷たく消えてしまうのかな。
『よそ者が割った薪ならいらない』とつき返されてしまうのかな。
……そんなの嫌だよ。
まっすぐとした優しさを素直に受容できないなんて。むごすぎる。
「誰が割った薪であろうと変わらないよ。そこに乗せられた優しさ、その人のためになりたいって思いは同じだよ」
うちが割った薪でも、兄さんが割った薪でも、よそ者のエグナーが割った薪でも。協力したい、ためになりたいって思いは変わらない。よそ者だからって忌避するのは違うよ。
「そうだな」
エグナーは笑って返してくれた。兄さんは視線をふせたまま、無言だったけど。
「オレも見ず知らずの他人に救われたことはある。知らない相手だからって、感謝が薄まるわけでもない。それと一緒だよな」
うちにその経験はないから、同じかどうか見当はつかない。
笑顔で点頭するエグナーを前に、島の人にもこんな感情が広まればいいなとよぎった。
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