第8話
掃除の疲れもあったし、今からパンは時間がかかる。別のメニューにした。
調合を終えた兄さんと、料理を置いた卓をはさんで対面で座って食べ始める。
時間がとれたら、パンはあしたに作ろうかな。使えそうな材料も採取したし、新鮮なうちに消費したい。
「ウワサ、知っているかい?」
兄さんの問いに、反応しそうになった体をこらえる。
この島で流れるウワサ。前に島の人から聞いた、少年の目撃情報だよね?
「『誰か見た』ってやつ?」
聞いた事実がある以上、知らないフリをするのは不自然。ウワサを知っているのは、特に隠すべきことではないんだから。
「遠目とはいえ、島の住民を見間違えるとは考えにくい。理由はわからないけど、よそ者が島にいると思うんだ」
兄さんもその判断に至ったんだ。
「なにがあるかわからないから、注意するんだよ」
心配の言葉は、思いやりを感じられてうれしい。同時に、疑問が浮かぶ。
「『よそ者』なだけで、どうして注意しないといけないのかな」
悪人ではないのに。あの少年は人なつこい笑顔が光る、とても人当たりのよさそうな人なのに。
どうしてこんな扱いになってしまうの?
「『よそ者を助けてはいけない』のが、この島でのルールだよ」
幼い頃から言い聞かせられてきた、この決まり。
「僕たちの先祖がよそ者の冒険者を助けたから、僕たちは今も厳しいノルマの生活を強いられているんだ」
昔、まだこの島に自由に船で出入りできていた時代。
この島に来た冒険者が、負傷して倒れた。
救うために、この島の人が素材を使って治療した。
使った素材は、貴族に渡す約束をしていたものだった。珍しい素材で、納期までに同じ素材を見つけられなかった。
違約をしたとして、以来、島は違約金代わりの納品を続ける日々を送ることになった。
それが、島の歴史。
「人を助けるのは、いけないこと?」
冒険者は、その素材でないと救えないほどの症状だった。だから使った。
他の素材や薬なら、完治はできなかったよ。
その素材を使ったのは、うちは間違っていなかったと思う。
なのに島の人は『よそ者を助けたからこうなった』と解釈して、よそ者を救う行為自体を忌避するようになった。
「島の人だけと協力しあえばいい。僕たちを利用するために、よそ者は近づいているのかもしれない。決して、信用してはいけないよ」
兄さんの言葉でも、素直に賛同できない自分がいた。
すべての主張を理解できないわけではない。
続けられる、理不尽な納品ノルマ。誰かのせいにすることで、少しでも心を楽にしたいのかもしれない。
善意で助けたのに、利用されるだけのことも実際はあるのかもしれない。
それでも、すべてを拒絶して。よそ者は助けない、よそ者は信用できないと片づけていいの?
「徴収者は、僕らを利用して食いものにしようとしか考えていない。他のよそ者も同じだよ」
納品の品を回収に、船で島に来る徴収者。
島の人からしたら、兄さんからしたら、よそ者のイメージが徴収者で固定しているのかな。
自由に行き来できないこの島。島に来るのは、徴収者しかいないから。
徴収者以外のよそ者は、うちもあの少年くらいしか知らない。でもすべてのよそ者が、徴収者のような人だとは思えない。
兄さんは、島の人はあたたかい。
広い世界だもん。島の人みたいな人間がきっといる。よそ者のくくりで嫌うのは、すっきりできない感情が残る。
「くれぐれも気をつけるんだよ」
やわらかい口調の中に潜む厳しさを感じて。納得できない心を抱えつつ、点頭するしかなかった。
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