第6話
「すみれ、なんだか最近楽しそうね。いい出会いでも会った?」
美智子はお酒を片手にニヤニヤしながら、私の顔をじっと見る。
「出会いなんかないよ。でもねー新しい習い事始めたんだ。あっすみません!梅酒ロックで。」
私は空いたグラスを店員さんに渡しながら言った。今日は、行きつけの居酒屋で美智子と飲みに来ていた。
「へぇー。習い事ね。何始めたの?」
「プリザーブドフラワー始めたんだ。教えてくれる人がね、イケメンなんだけど、めっちゃ性格悪いの。」
「何それ。でもイケメンならいいじゃん。プリザーブドフラワーねぇ。どうしちゃったの急に?」
美智子はクスクス笑いながら言った。
「何か私も趣味を見つけたいなと思ってね。」
「なるほどね。竜司君に言われたことなんて気にしなくていいのに。」
美智子はグラスを持ち上げて肩をすくめてみせる。
「そりゃあ、気にするわよ。たしかに私、空いてる日はいつも竜司に会いたいって言って、自分に時間費やすことあんまりなかったからね。あんなこと言われてもしょうがないかも…。」
「そうかなぁ?私は彼氏がいたら、暇さえあれば会いに行くけどな。っていうか言うの忘れてたけど、今度また合コンあるんだけど、すみれも来ない?」
美智子はカバンの中から手帳を取り出す。
「合コン?」
「そうそう。竜司君と別れたんだし、すみれも久しぶりに来なよ。まだちゃんと決まってないけど、来週の木曜日あたりなんだけど、どう?」
美智子がスケジュール帳をペラペラめくりながら言った。
「来週の木曜日は習い事があるからちょっと…。」
「えー?いくらなんでも、夜遅くまではないでしょ?夜からならいいじゃん。たまにはすみれ来てよ。」
「うーん。じゃあ、行こうかな…。」
美智子の勢いに負け、合コンに行くことにしてしまった。
「よし。じゃあ、男性陣にはこちらから伝えとくから木曜日決定ね!」
美智子は嬉しそうにスケジュール帳に予定を書き込んだ。以前の私だったら、合コンがあると聞けば、楽しみで仕方がなかったが、今はプリザーブドフラワーのことで頭がいっぱいだった。
****
「こんにちは。」
店を除くと、レジ前で、葵さんが作業をしていた。
「おう。来たか。2階あがれよ。」
相変わらずそっけない態度で、葵さんが階段を指差す。私は先に2階へ上がり、部屋に入ると、机の上に今日のレッスンの材料が置かれていた。今日も色とりどりのローズが机の上に並べられていた。
「待たせたな。」
葵さんが遅れて、部屋に入ってきた。
「よし。じゃあ、レッスンを始める。今日はパラレルアレンジをする練習だ。」
「パラレルアレンジ?」
「そうだ。箱や花器の淵に高さを合わせて平面的に仕上げるアレンジのことだ。一見地味だけど、花の顔の向きを学ぶのに1番最適な方法だ。」
「なるほど…。」
私は持ってきたノートに葵さんの説明をメモする。
「じゃあ、さっそく好きな色のローズを9つ選んでみろ。今回は全部同じ色のがわかりやすいかもしれないな。」
「じゃあ、今日はこのブルーで。」
並べてある箱を一目見た時から気になっていたブルーのローズを指差した。
「この薄いブルーのローズだな。前回説明したように、Sのローズはピアスメソードでワイヤリングしていく。覚えてるか?」
「はい!覚えてます。」
ローズを手に取り、根元にワイヤーを刺すと茎に沿って曲げる。そして、インソーションをした。
「よし。上出来だ。じゃあ残りのローズもやってみてくれ。俺は他の仕事してるから。」
葵さんは目の前に座ると、鮮やかな手つきでローズをワイヤリングしはじめた。私と同じことをしているのに、スピードがまるで違った。
「早い…。」
「おい。手が止まってるぞ。」
葵さんが作業を止め、私を睨みつける。
「は、はい。すいませんでした。」
葵さんは眉間にシワを寄せて険しい表情をして私を睨みつけていた。私はすぐに作業に戻った。
「よしテーピングまで、できたみたいだな。じゃあ、今日はリーフのワイヤリングもやるぞ。」
葵さんはリーフを手に取るとリーフを裏側に向けた。
「リーフを裏返し、中央よりやや下の方の葉脈をワイヤーで一目縫うようにすくい、表に出たワイヤーを指で支えながら、ワイヤーを葉柄に沿って曲げる。そして、片方のワイヤーで、葉柄と残りのワイヤーに2.3回巻きつければ、リーフのワイヤリングの完成だ。これをヘアピンメソッドと言うんた。」
見よう見まねでリーフにワイヤーを通してみるが、勢いよくやり過ぎたのか、リーフが破れてしまった。
「リーフに挿すというよりは、なるべくリーフの葉脈をすくい取るイメージで、表に出たワイヤーを指で押さえないと破れてしまうんだ。」
「わかりました。」
言われた通りに軸をすくい取るようにワイヤーを挿し込み、表にでたワイヤーを指で押さえて、ワイヤーを葉柄に沿って曲げるとリーフは破れなかった。
「よし。あとはローズと同じようにフローラルテープでテーピングすれば、オッケーだ。」
私はその後、黙々と作業を続け、ローズ9本とリーフ12本のワイヤリングを完成させた。
「次はオアシスを花器に合わせてカットする。特にこれといったコツはないが、無駄なく使えるように、淵からカットしていくように。」
今回の花器は真四角なため、オアシスの角サイズに合わせてカットするだけで、大丈夫だった。
「これで材料は揃ったな。オアシスにボンドをつけて花器に固定し、ローズをオアシスに対して垂直に挿していく。ローズは1列に3つずつ正方形になる様に等間隔で並べ、花の高さは全部揃えて挿してみてくれ。」
私はローズをくるくると回しながら、顔を探す。最初は調子が良かったのだが、ずっと花を見ていると全部が同じように見えてきてしまい、訳が分からなくなった。
「葵さん花の顔がわからなくなってしまいました。」
葵さんは作業を止めて、私の花器を手に取る。
「今挿してあるのは、全部顔がちゃんと正面を向いてるな。おかしかったらあとで、教えてやるから、直感で挿して見たらどうだ?」
葵さんに花器を渡されると、とりあえず直感で残りのローズを挿してみる。葵さんはその様子をじっと見ていた。
「だいたい正面を向いてるな。全部を全く同じ向きに正面に向けてしまうと仰々しくなるから、少しづつ顔をずらしてバランスを取るんだ。あと、ローズの渦の向きを揃えると綺麗に見えるから、少し手直ししてみろ。」
パラレルアレンジは簡単そうに見えて、すごく難しかった。ローズだけのシンプルなアレンジの分、少しでも顔の位置が変な方向にずれると、バランスが悪く見えた。試行錯誤し、なんとか自分が満足する形になった。
「よし。見せてみろ。なるほど…。このあたりがちょっとおかしいけど、全体的にはバランスが取れてるな。あとは、リーフをローズの外側に表が見えるように挿したら完成だ。」
葵さんは少しローズの向きを直すと花器を私に返す。私はリーフを1枚1枚丁寧にローズの周りに挿していった。
「やったー!できた!」
四角い花器に、規則正しくローズが並んだモダンな雰囲気のアレンジが完成した。
「よし。なかなかいいんじゃないか。これを応用したら、箱のアレンジもできるようになるからな。やっぱりお前センスあるかもな…。」
葵さんが一瞬、ふわっと笑った。
「そんなこと言われると照れますー。」
嬉しくて花器を持ってニヤニヤしていると、肘が机の上に置かれたいた花瓶に当たり、水が勢いよく溢れてしまった。
「うわっ。お前やったな。」
葵さんは慌てて机の上に置いてあったプリザーブドフラワーを持ち上げる。
「プリザーブドフラワーは水分に弱いっていったろ。早く下に行って、台拭き取ってこい。まったくお前はセンスはあっても繊細さに欠けるな!」
「す、すみません。」
私は転がり落ちるように1階へ降りて行った。
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