第18話 愛は目覚めて


「ぅぅぅ…あれ…?」


私が目を覚ますとそこには見覚えのない天井が広がり、柔らかな布団に包まれているのを感じた。

寝ぼけ眼で横になったまま辺りをキョロキョロしていると視界にずいっと何かが入り込んできた。


「気分はいかがですか?」


天使がいた。紛うことなき天使がそこにいたんだ。

たしかに私の顔を覗き込んできた娘は見たところ天使の羽もなければ天使の輪っかもないけど、その可愛さは天使だった。

か、可愛いいいい!え?ほんとにこの世のもの?

ただここで私はふと思ってしまった。

…こんな可愛い人が実在するんだろうか、と。


「こんなに可愛い人がいるわけない。夢だ、寝なおそう」


私は寝返りを打って、また改めて寝ようとすると天使がそれを阻止するように動いた。


「夢じゃないですよ!起きてくださーぃ」


そう言いながらその天使は私がくるまっている掛け布団をぽふぽふとしてきたのだった。

…なんだぁ?この可愛い生き物は?

かなり勢いよく叩いているみたいだけど全然痛くない。

むしろ心地よいリズムで眠気が…


「…むう…しかたないですね」


そんな声が聞こえるとリズミカルだった叩く音が止んだ。

なんだろうと私が顔を向けようとするとふわりと柔らかい何かが私の頭に乗せられるのを感じた。

なんだろう?大きさ的に…手?

すると頭の中がスーッとはっきりしていくのが感じられた。

あぁ…わかっていたけど夢なんかじゃないだ。


「頭は冴えましたか?」


私がおずおずと顔を向けると同時に手をどかす天使がにっこりとしながら微笑みかけてきた。

私はその笑顔で完全に覚醒した私は曖昧に笑顔を返した。


「…は、はい」

「一度体を起こしましょう。横になったままでは完全に起きられませんし」


そう言いながら私の体に腕を回し、体を起こそうと介助してくれた。

めっっっっっちゃいいにおいする…っていだだだだだだ!!

体を起こそうとした私は急に来た体のきしむような痛みに目を白黒させた。

寝てて体を動かせてなかったみたいだから凝り固まっちゃったかな。


「ありがとうございます…へ?」


私が上体を起こすと、目の前にはとんでもない光景が広がっていた。

右を見ても左を見ても美男!美女!美男!美女!

思わず変な声を上げてしまった。

いやだってこんな…ねぇ?

細胞辺から美麗オーラ放ってるような人たちなんて見たことないよ!?


「突然見知らぬ場所に連れて来られて、見知らぬ者に囲まれて困惑しているだろうが、まずは安心してほしい。我々に君を害する意思はない」

「は、はぁ?」


困惑してる私に声をかけてきたのは切れ長な目が印象的な金髪の美青年だった。

うっわ、めっちゃいい声だぁ…顔もいいのに声もいいとかずるくない?


「…とはいえ我々の素性を知らずですぐには安心できないだろう。まずは自己紹介をさせてもらう。フィーから頼む」

「はい、フィーと言います。以後お見知りおきを」


そう言われて私にお辞儀してきたのはさっきまで私の介助をしてくれた天使さんだった。

さっきはあんまり見られなかったけど、改めて見るとすごくきれいで可愛い。

髪は肩まで伸びた薄紫のボブカットで、服は白い肌に負けず劣らずの白いワンピース、顔立ちはタレ目がちだけどぱっちり黒目…全体的な色合いはかなり薄いはずなのに印象がすごく濃く感じる。これが可愛さか。



「よ、よろしくお願いします」

「はい」


そう言って微笑みかけてくれたフィーさんは本当の天使に見えた。

その後はトントンと自己紹介が進んでいった。


「リアって言います!よろしくね!」


次はフィーさんの横で座っている…男の子?が元気いっぱいに言ってきた。

くりくりした茶色の目に柔らかそうなほっぺた、でも髪の毛はところどころがぴょんぴょん跳ねている無造作な髪にアホ毛がぴょーんと跳ねていた。

顔つきは女の子だけど髪型とか男物の着物に新選組みたいな緑色の羽織を着てるとことかは完全に男の子…。

こういうときはリアくん?リアさん?いや失礼にならないようにさん付けにしとこう。


「シアと申します。何かあればお申し付けください」


今度はリアさんの隣に座っていた浴衣美人がすくっと立ち上がり、一礼してきた。

シアと名乗った女の人は水色の髪でもみあげだけを伸ばしたショートでかなり印象的なんだけど、それ以上になんかの植物があしらわれた白い着物に青い帯がすごく気になった。

リアさんの格好もそうだったけど日本好きの外国人の人なのかな?

目鼻立ちも切れ長で紺色の目やシャープな顎先とか明らかに日本人顔じゃないのに着物を着こなしてるのはすごいとしか言えない。


「アタシはワーシャ。よろしくー」


そう言いながら手をこちらにひらひらさせてるきれいなお姉さんは体の線がよく出るような青色の際どいドルフィンドレスを身にまとっていて、女の私からしても目のやりどころに困ってしまう。

何食べたらあんなにスタイルよくなれるんだろう…。

髪の毛もすごくきれいな青っぽいロングヘアーだし羨ましい…。

顔立ちも釣り目なコバルトブルーの目とか男の人が好きそうな厚ぼったい唇とか全部がすごく可愛くてきれい。


「ブラックだ」


次は少し離れたところから声がかけられた。

声のしたほうを見ると壁にもたれかかるイケメンが視線だけを私に向けて待っていた。

私と目線がぶつかった瞬間に目を伏せて、何も言わなくなってしまった。

こ、こぇぇ!

気だるそうな目元や無造作に近いウルフヘアーとか無駄なく引き締まった体付きがはっきりわかるような黒のボディスパッツとか好きな人はすごく好きそう。

…というかよく見たらこの人全身真っ黒だ。髪も黒けりゃ目も黒い。


「オレはビーだ。よろしくなお嬢さん」


次は軍服の人かなと思ったら食い気味にそのもう一つ隣の男の人が言い始めた。

首元にファーの付いた黒のレザージャケットはすごく厳つく感じたし、ちょっと赤みがかったツンツンヘアーもなんか不良みたいな見た目だけど、ビーさんの快活そうな笑顔はすごく印象的だった。

爛々に煌めく赤みがかった瞳も優しそうな目元のおかげでやんちゃ少年のようにも見えた。

なんだか人懐っこそうだなぁこの人。


「そして俺はダース。このチームのリーダーをしている。よろしく頼む」


最後に紹介してくれたのは軍服っぽい見た目の人だった。

男の人には珍しく、黄色いストレートヘアーが肩ぐらいまで伸びている。

メガネの似合いそうな切れ長な黒目は私のことをまっすぐ見据えて話してくれているのをすごく感じた。

真面目な人なんだろうなと思ったけど、そういえばチームのリーダーってなんのことなんだろう?


「あの…チームのリーダーって、みなさんは?」


私がそう聞くとダースさんはそのまま答えてくれた。


「俺たちは【エヴォル】というチームで、その地域の環境調査、及び環境維持・環境保全を目的に活動している。君を保護したのも活動の一環だと考えてもらって構わない」

「はぁ…」


な、なんかすごい人たちなのかもしれない。

NGOとかNPOとかはあんまり詳しくないけど、たぶん近い団体なんだろうな。

チームって言ってる割にみんな格好がちぐはぐな気もするけど。

私がそんなことを考えているとダースさんが切り出した。


「さて、我々のおおまかな話はさせてもらった。個別の話は追々していくとして、今度は君のことを聞かせてくれないか?名前もわからないと接し方もわからないんでね」

「えっあっそうですね!私は…」


そう言おうとしたとき、私は大事なことに気づいた。

そう気づいてしまったのだ。

私は…。


「…?どうかしたか?」


急に黙り込んでしまった私にダースさんが訝しむような、または心配するような声色で話しかけてくれた。

私は慌てて答えた。


「いえっ!大丈夫です!それで自己紹介なんですが、私は仁部愛と言います。それで…」


私はこのことを伝えようか伝えまいか逡巡したが、名前だけでは不審に思われると考えて、意を決して伝えることにした。


「あの…私…名前以外のことが思い出せなくて」


自分の名前以外の記憶が一切ないことを。


「…なんだと?」


ダースさんの言った言葉がこだまして、部屋に残ったのを感じた。

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