第3話 部屋に夜風が優しく通る。
空いた窓から涼しい夜風が入り込む一室。
室内に二つあるうちの一つのベッドの縁に一人の少女が腰かけていた。
その見るからに華奢そうな少女は白のワンピースを着ていたものの、その肌の白さはそのワンピースに負けず劣らず、透き通るように清んでおり、風呂上がりなのか薄紫がかった綺麗な白髪は少し濡れていた。
そしてその少女は独り言のように虚空へと話しかけていた。
まるでその場所に話し相手が本当にいるかのごとく。
「お待ちしてます、ダースさん」
そう言った瞬間にその少女の足の上に犬のような狐のような艶やかな白い毛皮の獣が、それは数瞬前までダースたちと共にいた化身獣がお利口にお座りをして現れたのだった。
「お帰りなさい。急な仕事をありがとうね」
そう言いながら化身獣の首もとを撫でる少女。
「…戻って早々で悪いんだけど、今度はビーさんたちのところに行ってくれる?」
気持ち良さそうに撫でられていた化身獣はその言葉を聞き、一度うなずくとするりと少女の膝の上から降り、そのまま空いていた窓から飛び出していったのだった。
化身獣が飛び出すのと同時にその部屋の扉をコンコンと叩く音が響いた。
「はい」
「…俺だ」
扉のほうに濡れそぼった髪を揺らしながら振り向いた少女は扉の向こうから聞き馴染んだ声が聞こえると微笑みを浮かべた。
「…もう。どうぞ」
「今戻った」
少女の了承を確認すると扉を開け、一人の男が部屋へと入ってきた。
その男も風呂上がりなのか、烏の濡れ羽のような美しい黒髪を湿らせていた。
「もうブラック。いつも言ってるけど貴方なら好きに出入りしていいよ」
「だが…いや、善処しよう」
ブラックと呼ばれた男は体のラインが強調されるような黒のボディスパッツとゆったりとした黒のワイドパンツを身に付けていた。
その上半身は無駄と余分を極限まで減らした肉体であり、見たものを感嘆させるような体つきだった。
「ん?…フィー、君はまた髪を濡らしたままにして…綺麗な髪が痛んでしまう」
「ブラックにやってもらおうと待ってたんだよ」
咎めるように言ったはずのブラックに対して、何も悪びれることなく、さも当然と言わんばかりの笑顔で言い返した少女、フィー。
少し面食らったブラックだったが、軽い苦笑いを浮かべつつ、綺麗に畳まれてベッドの上に置かれていたタオルを手にフィーの後ろへと立ち、タオルで髪を優しくすき始めた。
「んーやっぱり気持ちいい」
「それはなにより。…通信をした形跡を感じるがダースたちとは繋がったのか?」
タオルで水気を取り続けながらダースは聞いた。
心地よさげにとろけた顔を浮かべていたフィーだったが、その話を切り出されると表情を切り替え、話し始めた。
「ついさっき、私たちの化身獣と合流できたみたいでね。明日にでも召集かけたいから話を通してくれって」
「召集をかける?…そこまでの相手なのか」
ブラックは訝しげな表情になった。
「詳しくは集まったときに話すってダースさんは言ってたけど…軽く聞いたら最低でも『5日目』レベルだとか」
「なんだと…!?」
『5日目』という単語に過剰な反応をしたブラックはフィーの髪をすくのを止めていた。
するとフィーはとっさに寂しげな声を上げた。
「あっ…」
「ダースが見たのならそれは信じるに値することだが…どれほどの規模か…」
フィーの声にも気づかず、ぶつぶつと考えを始めた。
そしてなにかしらに得心したのか、突然フィーの正面に回り込み、片膝をつき、膝まずいた。
「いや、悩むのは俺の仕事ではないな。俺はフィーを護り、ついでに世界も救うことが俺の役目だ。そうだろう」
ブラックはどうだと言わんばかりに言い切った。
それを受けたフィーは一瞬きょとんとしたが、ふぅと息を抜き、堂々とした口ぶりでブラックに言い放った。
「それではブラックに『使命』を与えます」
「ん?」
突然の申し出を疑問に思うブラックを余所にフィーは『使命』を言い渡した。
いたずらを思いついたようなにんまり顔で。
「…それの続きをお願いします」
「…それ?…あぁ」
フィーはブラックが持ったままだったタオルを指差しそう言った。
その指先を追ったブラックはなんのことか理解し、笑みを浮かべた。
「…承知。慎んで、その大役お受けしよう」
「…フフフッ。よろしくね」
お返しとばかりに仰々しく返したブラックを楽しそうな返事で迎えた。
そんな二人の時間は、緊急事態もゆったり進む。
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