最終章「トゥ・ザ・ゴールデン・ユナイテッド・リンキング・タウンズ・ライツ」
第22節「分岐点は楽しい時間の中に」
最終章「トゥ・ザ・ゴールデン・ユナイテッド・リンキング・タウンズ・ライツ」
その日も雪が降っていた。
年末の「
周囲が薄暗くなってきた中、
中にいるのは、
「いや~、カオスだったね。イベントが、っていうか、この国が。こざっぱりとしたイケメンさんが寝取られ本を頒布してたと思ったら、超絶美人さんが、濃ゆいBL本頒布してたりね。好きなこと、没頭できること、そして
祈が、一時的に復興部のスペースを離れて、会場を見て回ってきた時の感想を述べた。
「全裸と妹で、カオス度ならうちも負けてなかったっスよ」
そう返した焔は、刷り上がった同人誌『落ち込み妹と全裸の兄』を手に取った時、もちろん感動もあったが、同時に「やっちまった」とも思った。
描いていた時は夢中だったが、やけに気合が入った「兄」の全裸(靴下だけ履いてる)のシーンとか、落ち着いて見るとちょっと恥ずかしいという。
「俺も自分で話を書いておいて、なんで売れたのかよく分からん」
悠未がしみじみと振り返った。売れたと言っても刷った部数の半分ほどがはけたといった状態で、利益はほとんど出ていない。
黒字化して様々な復興活動に投資していこうという夢には、まだまだ遠い状況だ。
ただ、ほとんど売れなかった前回よりは、大きく前進した手ごたえも感じていた。
焔としても、自分が加わることで何かしら貢献できたのだとしたら嬉しい。
もっとも、買って行ってくれた人には、
「今度はユーミが全裸コスプレして売り子やれば、もっと売れるよい」
「さすがに、会場から追い出されるんじゃね?」
奈由歌の提案に突っ込みを入れつつ、焔も、うーん、許されるカオスと、一線を越えてアウトの境目は、何なんだろう、なんて思う。
一方、セーフの範囲で、会場で際どい巫女さんのコスプレをしていたのは奈由歌であった。わりと、売れた要因のけっこうな部分は、奈由歌が人目を引いて、スペースに人が集まってきたのがあげられる。
眼鏡のオジサン達が、光に惹かれる
まだ年は明けてないのだが、フライングで巫女姿をしていた奈由歌はなにかしら「聖」なる存在で、「俗」の世界に生きて疲弊しているオジサン達には、何らかの癒しとして彼女の姿が映っていたようだ。
「奈由歌は、サービスし過ぎだろ」
オジサンたちと気前よく写真を撮っていた奈由歌の姿を思い出して、焔は苦言を呈す。
「ホムラは固いのう。なんじゃ。おまえ、わたしの保護者か」
実際、奈由歌と写真を撮ってるオジサン達は、日ごろの現実の大変さを忘れてイキイキとしていた感じで、焔としても、この辺りも何が良いことなのか深く考え始めると分からなくなる。
「とりあえず私は、かろうじて採算ラインを超えてくれてホっとしたよ。うんうん、在庫は長い目で売る作戦を考えていくのも、
一番頒布部数を気にしていたのは灯理であった。
作る楽しさ。イベントの楽しさ。みんながそんな心地よさに惹かれて魂が空に遊離していきそうになっている時に、売上という土台となる地面の方に目を向けている。それは灯理の性分であった。
ゆっくりと進む仲間との歓談の時間に、焔は久しぶりの純粋な楽しさを感じていた。
長い時間を経て、ようやく手に入れた青春というやつなのかもしれない。
青春、という呼称を使うと、同時に終わりが意識され始める。
この国には、どこかに楽しさに没頭できる時間は限られた一回性のもので、やがてそこを卒業し、困難なる社会に出ていく。そんな共通認識がある気もする。むしろ、その限定性が美しいのだ、という気風すらある。
そういえば、漫画やアニメも、思春期の少年少女が主人公な作品がほとんどな気がしたりもして。大人にはつらい国なのかもしれないし、逆に言えば、それほどに子供の頃の時間が鮮烈な国なのかもしれない。
穏やかな時間は流れ、時刻も進み、そろそろ本格的に「夜」と呼ばれる時間の手前になってくる頃。
焔は、子供の時間の終わりだ、なんてことを考えた。夜には、家に帰るのが子供だ。ただ、かつてあった焔の本当の児童時間と違うのは、もうこの時間が終わって家へと帰っても、大事な人がいない、ということだ。
そんなことを考えていた時、悠未が、ミネラルウォーターを少しだけ口に含んで、静かにテーブルの上にペットボトルを置いた。
この楽しい時間でも、悠未は水を少し飲むだけだった。他のメンバーもせいぜいジュースで、お酒はなし。もちろん年齢的にダメだというのもあるが、とても健全な会合だな、なんて焔は思っていた。
「体の感覚を極限まで研ぎ澄ますと、己が最大のパフォーマンンスを発揮できる水分摂取量がどのくらいとか、分かるようになるんだ」
悠未が語り出した内容を、焔は最初、捉え損ねた。
「どういう意味だ?」
「今日、俺は日中のイベントを十分に楽しみつつも、一番適量の水分摂取量を維持していた。食事の方も、もちろん最高に適量であるように調整していた」
「だから、どういう意味だよ」
「今から、俺は百パーセントの力で戦えるということだ。あえてこの言葉を使うが、焔が『助け』に行くと決めたなら、俺たちも行く」
今度は、ポツリと奈由歌が言葉を発した。
「夜になるよい」
続いて、祈が言葉を続けた。
「
そこまで聞いて、焔も徐々に、みんなが何を言わんとしているのかに気づき始めた。
「ここで、今日は楽しかったなぁで、ハッピーエンドで良かったんだけどね。まぁ、焔君、僕達もいる。気楽に選べよ」
祈はいつものアルカイックスマイルだけど、細めた瞳の奥には、慈愛の光が宿っている。
いよいよ、灯理が核心に触れはじめた。
「今日が、
灯理の右眼が、例の淡い光を放っている。
祈が、灯理の説明を継いだ。
「結局。重要なファクターになるのはお金だからね。このケースの場合、そこを棚上げにして机上の空論をいくら語ってもしょうがない。そこで、灯理は、同人誌の制作作業と並行して、焔君と真雪さんのための3パターンのプランを構築していた。あ、灯理はこーゆうことに関してはその辺りのファイナンシャルプランナーとかより飛びぬけて優秀だから信用していいよ。僕としてはプランBがお勧めだ。焔君にもちょっとバイトとかしてもらうことになるけど、割のイイアルバイトにつけるかとか、ぶっちゃけ情報戦だから、その点は灯理は最高に情報強者だ。時々は最近この国でも始まったフードスタンプ的な弱者救済策の援助なんかを受けたりしながらになるかもしれないけれど、まぁ、焔君と真雪さんが慎ましやかに一緒に暮らしていくのは可能だと思う。むしろ、最高に問題なのは獅子堂光をどうするか、だけど、こっちは僕がアドバイスして、戦略・戦術プランを考えた。ちょっと、ユーミの負担が大きいものになってしまったけどね」
そこまで聞いて、焔は立ち上がり、片手で自分の頭を押さえた。
やや混乱した頭に、奈由歌のアニメ声がキュンと響いてきて、思考がクリアになる。
「分からんか? 超頭良いアカリとイノリが準備してくれて、ユーミももうリミッター外すだけってことじゃ。あとは、ホムラがどっちを選ぶか次第ってことじゃ」
「姉ちゃん……」
改めて、真雪の顔が脳裏に過る。
みんなが口にする「分岐路」「選ぶ」という言葉は、彼女との関係を、焔がどうしたいのか、その点についてだ。分かってる。
「昼だけ。楽しいことだけ見て生きていくのも全然アリだ。むしろ、普通はそうだ。だが、もし夜に膝を抱えている人にも目をむけながらこれからも生きていくなら。そっちでも、手を貸すぞってことだ」
悠未が淡々と言った。
「私も、例えば、逃げ続けた果てに得られる
正面から焔を見据えた灯理の両瞳を、焔も見つめ返した。
――焔君。君は……
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