こちら街アカリの復興部!

相羽裕司

第一章「壊れた日常で居場所を失くした君に贈る途切れぬこの街の灯」

第1節/わたしの居場所

 生まれた時には、結婚してずっと一緒にみたいな愛の形は既にみんなのものではなくなっていた。


 繋がりを連呼する世を背に、本当はみんな消耗品なんだって。それに気づいている自分はクレバー、みたいな自意識でかろうじて自分の価値を保ちながら。


 でも、そんな社会セカイでも自分好みのイケメンと、同じ場所で共に末長く生きていけたらなんて。自分勝手な幸せを求める気持ちもあったりして。



 第一章「壊れた日常で居場所を失くした君に贈る途切れぬこの街の灯」


 宇宙セカイに存在するよろずの色と萬の光の中から選ばれて、ヒラヒラと舞う紅葉もみじはオレンジ色に染まっている。


 ここは列島の北の方にある街・エス市。


 季節が秋から冬に変わる頃。


 午前授業の金曜日の昼下がり。


 女子高生の倉橋くらはし灯理アカリは、ちょっと学校の近くのパン屋さんまで昼食のお買いもの。


 帰りに少し遠回りして、落葉に太陽の光が反射してキラキラ降り注いでいる並木道を歩いている。


(変わらないな)


 子供の頃に見た紅葉こうようと目の前の風景が重なると、温かい気持ちになる。


 ただ、あの頃の情景とこの頃の情景の間には、悲しい時間も挟まっている。


 S市にとって二〇一一年の大震災は大きい出来事で、児童が高校生になるほどの年月が流れても、随所に傷跡が残っている。


 この舗装路も、当時はひび割れ、左右には折れた電灯が並び、街並みを見やれば倒壊した建物が散見された。


「あえてスマイル」


 灯理は人差し指で自分の唇をなぞると、ニっと笑った。作ってみた微笑ほほえみでも、彼女の素の心がにじみ出るのか、楽しい時の児童の表情といったそれは、回りを陽気にする感じ。


 黒髪は肩より下まで伸ばしていて風が吹くと揺れる。美しいというより朗らかな印象が先立つ顔に、左目じりの泣きボクロがチャームポイント。


 ミモレ丈のダークトーンのスカートをはいて、一糸いっしがループ状に編まれた生地で作られたあおい色のセーターを着ている。


 加えて、寒くなってきたのでシルバー調のボタンが付いたガーリーな青いジャケットを上から羽織っている。


 人目を強く引くような突出した輝きはなくとも、フワっとした彼女の存在が近くにあると場が和む。灯理はそんな女の子。


 一度壊れた街で暮らしている自分なりに、今では学校に居場所があって、そこで待ってくれている人間に心当たりがあったりする。


 靴底に落葉を踏みしめる感触を感じながら、灯理はその場所。彼女が通う双桜そうおう学園高等部の「復興ふっこう部」へと向かった。


 ◇◇◇


 プレハブ式の仮設部室棟の一角にある復興部の部室に赴くと、その男、悠未ユーミが足を組んで、窓際に置かれた横長のソファに座り目をつむっていた。


 イヤフォンを付けて手には携帯端末を握っている。灯理が部屋に入ってきたのに気づくと、悠未はゆっくりと目を開けて一瞥いちべつする。


 一見覇気がないような眼差しは、奥に燃える強い意志の光を普段は人に見せないように。精悍せいかんさの中に、幼さが残る顔立ち。軽く乱した絹の質感の黒髪が、眉の辺りまで降りている。


 既に冬の始まりの服装で、茶色のジャケットを羽織って首にはマフラーを巻いている。着こんでいても、内側に宿っている殺気を隠し切れてないような印象の男子。実際、服の下は鍛え抜かれていたりする。


「三食パンで良かった?」


 テーブルの上に買ってきた悠未の分の昼食を並べ、紅茶を淹れるために右手の手袋だけ外す。左手ききうででない方の腕でお茶を淹れるのにも慣れてきた。


 カップを準備して、ティーバッグにポットでお湯を注いでいく。一連の動作をやっている間は、心が落ち着くのを感じる。悠未も、自然体で無言のまま、パンを開封し始める。


 灯理は悠未の横に座ると、彼が耳に付けていたイヤフォンをそっと外した。


「聴いてた?」

「ラジオのニュースな。借金を負った経営者が失踪した話と、ローカルアイドル活躍の話」

「ギャップあるね」


 再びイヤフォンを付けようとした悠未を、灯理は制した。


「ご飯。静かに食べようよ」


 灯理と悠未はある「特殊な繋がり」に基づいて一緒にいる。今更、人間関係のゲームで右往左往する間柄とは、ちょっと違う。


 悠未はイヤフォンを端末ごとテーブルに置いた。二人の間に何らかの齟齬そごが生まれると、悠未は優しく負けてくれることが多い。


「今日の復興活動は?」

「おう。“復活フッカツ”依頼があった。以前見守りに行った、仮設住宅の磯山いそやまのじーちゃん覚えてるか? 入れ歯を探してくれって、連絡来てた」


 悠未の瞳が輝いている。おじいちゃん・おばあちゃんとか、子供とか、好きな奴なのだ。


 彼はいつも弱い立場の人達の味方で、そういう人達の手助けを通して、「何か」を探している。


 一方で、悠未が他人のことで気持ちが空に遊離していきそうになる時、その魂の尾をぐっと掴んで、悠未と灯理が立っている地面の話、現実の話をするのはいつも灯理の役割だ。


「入れ歯もいいけど、同人誌販売作戦の方は? 次のイベント合わせだと、締切も近くない?」


 目下、「復興部」の活動として掲げているものに、同人誌を制作・販売し、売上を様々な復興活動に投資していくというものがある。


「まだ、ストーリーができてない」


 お話作りは悠未が担当している。ノッてくると一気に書く男なのだけど。


「ユーちゃん。気分屋だからなぁ」


 悠未が書くお話自体は、クセがあるけど面白いと灯理は思っている。


 ちなみに灯理は編集を担当。そう、作画担当がまだいなかったりする。


 ゆくゆくは、海外に漫画をネット販売したりとか、夢としては持っているのだけど。現時点では、悠未の文字だけの小説本しか制作できていない。


 正直、売れてなかったりで。


「今、イノッチもナユちゃんもいないし」


 二人だけで日々の復興活動もやる、同人誌も作る、となると中々大変な話なのである。


「人手は足りんが、どちらかをやらないってのは、何か違う」


 灯理にも分かっていた。色々な地域復興活動をやりながらも、同時に創作活動もずっと続けているのは、悠未が「イメージ」を具体的に形にして、作品という形で世に出すという活動に、特別に重きを置いているからなのだ。


 悠未は首に手をあてて少し考えていたけれど、それも数秒だった。


 灯理は、悠未が取りこぼしている視点を提供はするけれど、決断は基本的に悠未の仕事。いつも、パッパと決めてくれるので、助かってはいる。


「順番に、一つ一つだ。同人誌販売作戦は続けていくが」


 そう前置きした上で、悠未は本日の方針を宣言した。


「まずは磯山のじーちゃんだ。入れ歯がないと、復興もままならないだろ」

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