迷子の星 まいごのほし
雨世界
1 第一幕 君、迷子なの?
迷子の星 まいごのほし
登場人物
プロローグ
イメージシンボル 手書きの歪な形の星
演劇 迷子の星(あなたを救う、……ううん。違うな。このお話は、あなたに私が救われるお話)
どうぶつの国
……ばいばい。
私は、あなたの偽物だった。
あなた。……私のこと、嫌い?
ほら、こっちだよ。ついてきて。そう言って、君は私の手を握って、なんの迷いもないきらきらと輝くような瞳をして、全速力で走り出した。(私は、そんな君に憧れた)
黒い猫と白い猫
私がどうぶつの国を訪れたのは、中学一年生のころだった。私はそれから中学校を卒業するまでの間、三年間、ずっとどうぶつの国で出会った白い猫を自分の家で飼っていた。
その白い猫が病気で死んでしまったとき、私は本当に悲しくて、悲しくてずっと、ずっと泣いていた。
どうぶつの国の中で、私は『黒猫のミミ』と言う名前を名乗っていた。
それは私が決めた名前ではない。
私を捕まえた(保護したというらしい)人間たちによってつけられた、私自身の名前だった。
西山言葉がどうぶつの国を訪れたのは、言葉が十六歳になった誕生日の日のことだった。
言葉は両親と一緒にどうぶつの国を訪れた。
そこで言葉は誕生日の贈り物として、好きなどうぶつを一匹だけもらって帰ることを両親から約束されていた。
どうぶつの国では、そうして年に数度、どうぶつを飼いたいという人間たちに貰われていく仲間たちがいた。
それから言葉はたくさんのいろんなどうぶつたちを眺めて、やがて、猫のエリアにまでくると、そのまま小さな檻の中でじっとしている私の前までやってきた。
小さな檻の中でただ小さく丸くなって目を閉じていた私を見て、言葉を私をその小さな指で指差して、この子がいい、と口だけを動かして両親に言った。
生意気な猫。
全然人になつかない、凶暴な猫。
そんな猫を見て言葉の両親は不安そうな顔をする。
「どうする? 違う子と交換してもらう?」
両親は言葉に言う。
ううん。この子がいい。
そう口だけを動かして言って、言葉はにっこりと笑った。
「……わかった。そうしよう」
と言葉の両親はとても優しい笑顔をして言った。
ありがとう、と言葉は口だけを動かして嬉しそうな顔をして、両親にそう言った。
そんな幸せそうな親子の風景をそっと目を開けて盗み見るようにして私は見ていた。
……はぁーいやだな、と私は思った。
私はまたこの人間の女の子に徹底的にいじめられるのだと思った。
私はじっと攻撃的な目で、言葉のことを睨みつけた。(こいつは敵だ。今度こそ、負けてたまるかと思った)
でも、そんな私を見て、西山言葉はにっこりと、とても優しい表情をして笑った。
そんな言葉の顔を見て、ちょっとだけ拍子抜けした私はじっと、二つの透き通るような青色の瞳で、そんな言葉の顔を不思議そうな顔をして見つめた。
それが私たちの初めての(……きっと運命の)出会いだった。
私の坊ちゃん
あなたは、どうして泣いているの?
暗い場所からこんばんは。
ジジは薄明かりのぼんやりとした闇の中で、じっとしていた。
世界にはざーっという音を立てて、冷たい雨が降っている。
ジジがジゼと初めて出会ったのも、こんな雨降りの暗い夜の中だった。
ジジは静かな眠りの中で、そんなジゼと出会った日の出来事を、まるで、もう消えてしまった、ずっと昔の幸せな夢を見るようにして、……そっと、思い出していた。
数年前
ジジが一人で暗い夜の中で、しくしくと泣いていると、急にくすくすとどこからか、そんな聞き覚えのない猫の笑い声が聞こえてきた。
ジジがびっくりして、周囲の暗闇をきょろきょろと見渡していると、「こっちだよ」と言う、すごく優しい大人の女性の猫の声が聞こえてきた。
ジジが声のしたほうにある、自分の背後にあった都市のビルとビルの間にある深い闇の中をじっと見つめると、その闇の中に急に二つの黄色に輝く猫の瞳がぱっと光がともるようにして、あらわれた。(ジジはすごくびっくりした)
それから、その二つの黄色い瞳が、ジジのいるほうに向かって動いてくると、やがて、その深い闇と完全に同化していた、その大人の女性の猫の黒い毛並みの美しい体がぼんやりとジジの緑色の目にも、見えてくるようになった。
「こんばんは。坊や」とその大人の猫はとても優しい声でジジに言った。
「こ、……こんばんは」とどきどきしながら、ジジは言った。
それからジジは涙を拭って、じっと下を向いた。隠れて泣いているところを知らない大人の女性の猫に見られてしまって、……ジジはとても恥ずかしかったのだ。
そんな下を向いて恥ずかしがっているジジを見て、ジゼはくすっとまた笑った。
「どうして泣いていたの? なにかとても悲しいことでもあったの?」
ジジの座り込んでいる隣の場所までゆっくりと移動をして、ジゼは言った。ジゼの真っ黒な毛並みは本当に綺麗で美しかった。なんだかジジは自分の(ジジは三毛猫だった)都市の中を走り回っている間に、ぼろぼろになってしまった、幾つかの色が混ざった毛並みが、……急にひどく見窄らしく思えた。(ジジは自分の毛並みを自慢に思っていた)
「……お母さんが、いなくなってしまったんです。僕は、これからどうしていいのか、わからなくなってしまって……」とジジは言った。
ジジの母親は三日前から、突然、(本当にいつの間にか)姿が見えなくなっていた。ジジは必死にお母さんを探したのだけど、結局、今のところ、お母さんは見つからないままだった。
ジジはまた、(いなくなった、お母さんのことを思い出して)下を向いて泣き始めた。誰かの前で泣くつもりはなかったのだけど、どうしても悲しくて泣いてしまったのだった。
びゅーという、とても冷たい冬の風が、細かい雨粒と一緒に、二匹のいるビルとビルの間にある、真っ暗な暗闇の中に吹き込んでくる。
二匹のいる、ビルとビルの間にある闇の少し前には、車の明るいライトの光や、きらきらと輝く建物の電気の明かりや、たくさんの人間が傘をさしながら歩いている風景が見える。
「坊やは一人ぼっちなの? お母さんとはぐれてしまった迷子の子猫ってことね」とジジの隣にゆっくりと座り込んでジゼは言った。(ジゼはまるで、冬の冷たい風や、都市に降る冷たい雨から、ジジを守るようにしてそこに座った)
「はい」と泣きながら、ジジは言った。
「じゃあ、今日から坊やは私と一緒に暮らしましょう? それでいい?」とにっこりと笑ってジゼは言った。
「え?」とその言葉を聞いてジジはとても驚いた。
「あら? いけない? 年齢的には、私と坊やはちょうど母親とその泣き虫の息子、と言った関係だと思うけど? 私があなたのお母さんの代わりをしてあげる。坊やの本当のお母さんが見つかるまでの間ね」とジゼは言った。
ジジはなんだか、とても驚いてしまった。
そのとき、ぎゅー、とジジのお腹が鳴った。
その音を聞いて、くすくすとまたジゼは笑うと、「とにかく、一度食事にしましょう。ついてきて。坊や」と言ってジゼはビルとビルの間にある暗闇の中に歩いて移動を始めた。
ジジはそんなジゼの後ろ姿をしばらくの間、じっと見つめてから、ゆっくりと、ジゼのあとについて、その場所を移動した。
……やがて、二匹の姿はビルとビルの間にある闇の中に消えていって、誰の目にも見えなくなった。
月の満ち欠け
あなたを助けに来たんだよ。
私がこうして心から笑えるようになったのは、(きっと)全部あなたのおかげだった。
私が知っていることなんて、この世界のほんの少しの真実だけに過ぎない。世界は真っ暗な闇の中にあって、そのほとんどの姿を私は目にすることができない。
それは真理であると思う。
世界には私の知らないことがたくさんあった。
私はあなたのことが大好きだった。(私は君のことが大嫌いだった)
私はあなたのことが大嫌いだった。(私は君のことが大好きだった)
その二つの気持ちはどちらも本当の私の気持ちだった。
どちらも本当の大切な私の気持ち。
さて、ここで問題。
私はどうすればいいだろう?
猫になった私は、これから猫として生きていくのか? (本物の猫になるのか?)
それとも人間として生きていくのか? (やっぱり人間に戻るのか?)
どっちが正解だろう?
私がそう問いかけると、あなたはいじわるそうな顔でにっこりと笑って、「あなたの人生なんだから、あなたの好きにすればいいよ」と私に言った。
そんなあなたのすごく楽しそうな笑顔を見て、優しい風の吹いている、月の明るい夜の中で、自分の家の赤い屋根の上にいる猫なった私は、やっぱりあなたのことが嫌いだと思った。
……私が消えてしまう前に。
私は、私を見捨てない。絶対に。
怖くない。怖くなんて、全然ないよ。
劇中の台詞
夢は夜に見るものだ。
私は今夜、あなたの隣でどんな夢を見るのだろう?
そんなことを私は思った。
泣かないで。
大丈夫。私は、全然大丈夫だよ。
私がいなくなることで、私は私の世界を救うんだ。
本田星
君のこと、……大好きだよ。
私たちの指は今もしっかりと、赤い糸で結ばれている。
あなたがどこにいようとも、私はあなたを見失わない。
だから、いつか再会できる。
そのときは、きっと笑える。
あなたと一緒に過ごした時間が、今も私を走らせている。
山田海
あなたは、いったい誰ですか?
見上げると、そこには青色の空の中に浮かんでいる孤独な白い小さな月があった。
その白い月を見て、私は自分の失った大切な人を思い出した。(そして、青空のしたで、一人、涙を流したのだった)
森の魔女の台詞
光が消える。
残るものは、闇。
なにもない闇だ。
不思議と闇は怖くない。むしろ安心する。
静かで、とても気持ちが良い。
ずっと、こんな世界の中で暮らしたい。
目を開けるのが怖い。
目を開けたら、この闇はきっと消えてしまうだろう。
それが怖い。
私は、闇を失いたくはないんだ。
契約の代償
声を(君を)忘れる。
声を(自分を)失う。
本編
まんまるお月様。
こんばんは。いつも明るいお月様。あなたも夜が怖いの?
第一幕
開演 君、迷子なの?
見上げる冬の星空はとても美しかった。都市で見る空の何倍も美しい。たくさんの星が夜空で輝きを放っている。空はいつもよりも高く、空気は透明だった。
そこには巨大な月があった。白く輝く美しい球体があった。その球体に星の目は釘付けになる。明るい夜。とても素敵な予感がする夜だ。
森は濃い緑色の葉を生い茂らせていた。木の幹は太くて大きい。大地は焦げ茶色。そこには一本の獣道がある。数日前に雨でも降ったのか、森の草木は水気を帯びている。霧のような白い靄が浮かんでいる場所がある。
吐く息は白く、空気は凍えるように冷たい。今は冬だ。そういえば私が海と初めて出会った日も、こんな寒くて暗い冬の日だった。そんなことを本田星は久しぶりに思い出す。
「海、待っててね」
そう呟いてから星は夜空から視線を戻し、再び暗い冬の森の中を歩き出した。星はいつものように『一人』で、森の中を歩いている。
その周囲には誰の姿も見当たらない。ただでさえ不気味で暗い森の中なのに、人気がないことでさらに恐ろしい雰囲気を森は醸し出している。それなのに星はそんなことはまったく気にしていない様子で平然と森の中を歩き続けていた。
星が元気良く足を交互に前に出すたびに、その長くて自慢の艶やかな(腰まである)黒髪が空中で優雅に揺れる。その動きはとても美しかったが、同時にそれは星の強がりの象徴でもあった。(可愛らしい童顔の星の顔は笑顔だった。その大きな星の瞳には、いつものように、きらきらと美しい光が輝いている)
森の中を歩くにしては星の服装は至ってシンプルだった。学院指定の黒色の制服の上に山吹色のダッフルコートを着ている。
頭の後ろに赤い紐のような古風なリボンをつけて、ほっそりとした首元には大きめの白いふかふかのマフラーを巻いている。陸上で鍛えたすらっとした自慢の長い両足には黒いタイツを履いている。靴は愛用の白いスニーカーだった。
これらは普段、星が学院に通学するときに身につけているものだったが(白いスニーカーだけは運動用で、本当は黒の革靴だけど)星は森に行くことを決意したとき、あえてこの普段通りの服装を選んだ。それは海との思い出が一番詰まっている服装が、この学院の制服姿だったからだ。
星の持っている荷物は肩にかけている大きめの真っ白なボストンバックだけ。その中にはこれから森を探索する上で必要になると思われる荷物が片っ端から詰め込んであった。
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