・干物女は過去に囚われている
天真爛漫――それが、母親曰く、彼女
何処にでもある一般家庭宝生家の長女として生まれ、両親と二つ下の目にいれても痛くないくらい溺愛する妹
近所からは挨拶のできる明るくて礼儀正しいいい子として有名だった。
友人関係も比較的良好で、男女関係なく誰とでも接することができ、文字通り何処にでもいる明るい少女であった。
幼稚園に通っているころはそのお転婆さから部屋を脱走して、飼っていたアヒル小屋に入り浸っていたり、とにかく元気が有り余っている子供だった。
しかし、薫の性格は小学5年生にして一変してしまった。
今思えばよくあることなのだろうが、簡単に言うとイジメにあったのだ。
家庭科の授業で手縫いで作った体操着袋をごみ箱に捨てられたり、同級生に暴力を振るったと嘘を流された。
休日には同級生三人が自転車でやって来るや否や「やーい、金持ち!」「お嬢様―!」なんて家の外から意味の分からないヤジを飛ばし、自宅の花壇にチョークで「死ね」と悪戯書きされたりと様々だった。
主犯は意外にも薫よりも容姿もよく、成績も運動も優秀、異性から人気のある
彼女は明るくて元気な、誰もが羨む家族仲の薫と正反対で、母親は若い男と不倫をして父親は家を一人出ていき、姉妹仲も険悪で最低な環境下で育ってきた。
要は、薫……いや薫の家族に対する嫉妬から引き起こされたものだった。
「薫ちゃんが私のペンを盗ったんです」
奈美江は薫を目の前に、深刻そうな、辛そうな顔を貼り付けて当時の担任教諭
その取り巻き三人は悪意の眼差しを薫に向けて次々に口を開く。
「早く返してあげてよ」
「宝生さん、町さんが言っているんだから返してあげなさい」
「私、ペン何て盗ってなんかいません」
終いには担任すらも奈美江の肩を持ち、薫を責め立てた。
薫よりも優秀な奈美江の方を完全に信用しているという確かな証拠であった。
薫からすればたかがペン一本、しかも他人の使ったものなど盗る価値もなく、両親に必要だと告げれば与えてくれた。
当時流行ったラメペンなど、薫の趣味でもなかった。むしろそんなものダサいと思っていた。
別に奈美江に対して嫌悪感も嫌がらせをしたいなど思ったことなど一度もなく、幼稚園の頃には一緒に家で遊ぶくらいの仲だったから理由すらなかった。
――結局、盗んだと言っていたペンは見つかり、冤罪は晴れた。
「先生、どうして私がこんな目に遭ったことについて訊きたいんですけど」
何故奈美江が薫を窃盗の犯人に仕立てようとしたのか?
それを問い質そうとした薫を止めるどころか叱責したのは、詫間だった。
「そんなことはもうどうでもいいんだ!」
――そんなこと?
揃って疑いをかけておいて、謝るどころか「そんなこと」と片付けられてしまった。
結局は自分の寄ってたかって疑い、それが嘘だったという事を追及されたくなかったのだ。
その後、薫の母親だけ呼び出された。
勝手に呼び出されて、勝手に終わらされてしまった薫は詫間――いや、教諭という存在への信頼も興味も失せてしまった。
きっと、奈美江はお咎めなしだっただろう。
何故何もしていないのに母親が呼び出されているのだろう――?
薫は理解できなかった。
同時に詫間に頭を下げる母親に対して申し訳なくなった。
もっと大きかったら、もっと知識があったきっと奈美江とその腰巾着たちを言い負かすことも尋問することもできた。
頭を下げさせることもできたはずだった。
これが後々引き摺る後悔となったのは言うまでもなかった。
これ以後、薫はいくつか学んだことがある。
一つは、他人を信用してはいけない。
二つは、家庭環境で人はこうも違う。
三つは、奈美江のような哀れな人間を生み出すようなことになった「不倫」というものを絶対に許してはいけない。
四つは、優秀だと言われる人間の言葉を一切信用してはいけない。
五つは、教諭という存在はスペックで人を見る。
「宝生さんって運動神経よくて凄いよね!」
「別にそんなに凄くないよ。勉強できないし」
だから、中学に進学し、小学生のころから続けてきたスポーツで褒められても微塵もうれしく感じなかった。
どうしてそんなことを言うのだろうか。
あなたは勉強できるし、容姿もいい、周りからの信頼も厚い。
そんな見え透いた世辞、私にはいらない。
――そんなことがあり、薫は他人を信じることをやめた。
干物女は不治の病を拗らせた 藤崎湊 @fjxmina
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