その十六
は、と辰馬が声を上げるより先に半蔵が手を軽く上げ、「まあ、話を聞いてほしい」と言葉を続けた。
「なに、妖になれとまでは言うておらんよ。人の身のままで……いや、人の身のままが良いのだ」
「はあ」
わざわざ人の身である辰馬に来てほしい、と言うのだから妖の能力が必要、とかそういうのではないようだ。ひとまず辰馬は、半蔵の話を聞くことにする。
「我々妖は、人よりも長い寿命と様々な力を持っておる。じゃが、例えば相性の悪い寺社や場所には近寄れぬし、此度のように人と妖を嗅ぎ分けるような相手には分が悪い」
「それで、手間取ってたんですか」
「そうじゃな。いや、不甲斐ない」
少々しょげた顔をする半蔵に、辰馬は苦笑をこらえるのに必死だった。あまり笑う状況ではない。ただ、並んでいるかずらが呆れ顔をしたり村井が小さくため息をついたりしているのは、おそらく気持ちとしては辰馬と同じなのだろう。
気を取り直して、半蔵は再び口を開いた。
「これまでは、人の同心などに手伝いを頼んできた。ただ、そちらはそちらで人の罪罰を見つけ、裁くのが忙しくてのう」
「それに、人の同心にはこちらに与することをあまり良く思わぬ者もいるからな」
「まあ、人の中で生きることを良しとせぬ妖もおるからお互い様じゃて」
半蔵の言葉に村井、そしてかずらが言葉を続ける。大介は少し困った顔をして、辰馬と仲間たちを伺っているだけだ。
「以前にはこちらに、人の同心も専属でおったのじゃがな。以前、というても相川殿がまだ幼い頃であろうが」
「いたんですか」
「うむ」
その半蔵の話を聞いて、辰馬は少しばかり考え込む顔になった。
いた。
つまりは過去形、昔の話だ。辰馬が幼い頃、となると二十年ほど前であり、そこからは専属の人がいない状態で化け同心たちは動いてきたことになる。人を狙う、妖を相手に。
探すのも、引きずり出すのも大変だっただろう。時には人の手を借り、探し出さねばならなかったこともあっただろう。
例えばその人や、仲間の生命を失ってしまうこともあったに違いない。
「正直に申せば、生命の保証はできぬ。人の同心や与力よりも、危険なのは事実じゃからね」
紅山半蔵という男はもともとこういう性格なのか、素直な言葉を紡ぐ。表情も相応のもので、辰馬としては悪い気はしない。「かさね屋」の親父さんとして付き合っている間も、悪い人だとは思わなかったし。
だから、そうやって本当のことを言ってくれるのは何というか、嬉しい。相川辰馬という自分を、信頼してくれているようで。
「ただ、相川殿にはそちらの刀がついておる。どうやらその者はそなたを気に入って、そばにいることを望んでおるようじゃしな」
よけいなことをもうすな、てんぐめが。
「天狗?」
「余計ではなかろうが」
ふん、とつまらなそうな顔をして刀に反論したらしい半蔵を見て、なるほどと辰馬は納得した。赤ら顔も大きな鼻も、そういうことであれば理解できる。
しかし、素直な天狗かとだけはふと思ったけれど。
「故に、無理強いはせぬ。嫌なのであれば、我らが化け同心、化け与力であることの記憶を封じる。相川殿はこれまで通り、人の生を過ごしてもらえれば良い」
「そうだね。今まで通り『かさね屋』でご飯を食べてくれるのは大歓迎だよ、辰馬坊」
「一緒に楽三の瓦版を読むくらいなら、まあ」
半蔵の言葉にかずらはそう言い、大介もぼそぼそと二人に賛同する。村井は無言のまま、何度か頷いている。
もしかして、彼らは辰馬を仲間にするのはあまり乗り気ではないのだろうか。人の仲間が必要である、ということは分かっているのに。
前にいた人の仲間がどうなったのか、つまりはそういうことかもしれない。
「……」
ほんの少し、辰馬は考え込んだ。
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