その十五
事件が終わって、夜が明けて。
「ここだよ」
「……
小伝馬町の牢屋敷からほど近い場所にある、こじんまりとした旗本屋敷。門に掛けられた表札には、今辰馬が読んだ「紅山」の文字がある。
辰馬は、かずらたちに連れられてここにやってきた。
「化け同心も同心だからねえ。当然、上役がいるのさ」
「まあ、たしかにそうだろうけど……上役ってやっぱり、妖なのか?」
「直属の上司はね。その上は多分、人だけど」
一応、化け同心たちの事件解決に関わったわけだしぜひともうちの上役に挨拶を、という彼らの話に、辰馬は興味を持ってついてきたわけだ。どうせ浪人、暇とは言わないがほどほどにのんびり暮らしているわけで。
「おお、よく来たのう」
そうして部屋に通されて程なく、少々緊張している辰馬の前に現れたのはいかつい身体を持つ壮年の男性だった。もちろん、妖であるからして壮年というのは外見年齢だが。
「こうやって会うのは初めてになるかの、相川辰馬殿」
「はい……あれ、その声」
どかりと腰を下ろしながらにかっと笑う赤みのかった顔と、それから低くはないがよく通る声。特に声に聞き覚えがあって辰馬は、思わず横に控えているかずらに視線を向けた。
「ああ、やっぱり気がついた?」
「ということは、『かさね屋』の親父さん?」
「うむ」
いたずらっぽく笑うかずらの表情に確信して、それから当人に視線を戻す。男性は大きく頷いてから「あまり表に顔出さぬものなあ」と大ぶりの鼻をこすった。
「いやあ、一応小料理屋の親父にふさわしい格好で店にはおるんじゃが、どうしてもお客人を驚かせてしまうでなあ」
「だって、声大きいんですもの。お頭ったら」
「あと、妖でなくても敏感な人には気づかれやすいですからねえ」
「たまに化けるの忘れるでしょうが。こっちの身にもなってくださいよ」
かずら、大介、村井に次々と突っ込みを入れられて、思わず身体をちぢこめる男性。呆れ顔になりかけた辰馬をみて、慌てて居住まいを正す。
「……おかしなところを見せてしもうたな。そういえば、わしが名乗るのも初めてか」
「そうですね。『かさね屋』では親父さんで通ってますし」
「確かになあ」
切り替えた話題に乗ってくれた辰馬にほっと一息をつき、男性はぽんと自分の胸を叩いた。
「では、改めて。わしは紅山
「はい」
「妖の身ではあるが、お上より直々に頂いたお役目でな。ありがたく務めさせていただいておるよ」
互いに、軽く頭を下げる。半蔵、と名乗った彼の誇らしげな表情に、その言葉が嘘ではないことを辰馬は悟った。
人の世に生きる妖が、人の仕組みに準じそれを誇りとして勤め上げている。もともと妖に対してさほど偏見のない辰馬だが、彼らがそうやって生きていくことがどれだけ大変かは何となくでも分かっているつもりだ。
人の姿をとり、人に紛れて生きていても、だ。
「さて。わざわざわしの屋敷まで呼び立てたのは他でもない」
思考にふけりかけた辰馬の意識を、半蔵の言葉が引き戻す。改めて座り直すと、彼は本題を口にした。
「相川殿。そなたに、化け同心の一人として名を連ねていただきたい」
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