第81話 歳が明けて
「あけまして、おめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします」
犬八は畳に手を付いて、新年の挨拶をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
草平も同じようにして返した。
「ま、もう一月二日なのだけれど」
顔を上げた草平は苦笑いを浮かべた。
落雷と大火の初詣でから真夜中過ぎに戻った二人は、疲労困憊でそのまま布団に這入って、元旦は昼過ぎまで寝ていたのだった。
そしてあらためて一月二日ということになった。
「先生、紋付羽織袴姿がとてもいいですぜ」
「犬八にも着せてあげたかったけど、僕のおさがりじゃ、大きさが合わないからなぁ」
「いいんですよ、書生の俺は、いつだった書生袴ですから」
そういって、二人は笑い合った後、黙ってしまった。
「なんだか、寂しい感じがするね」
草平がいった。
火鉢の上に乗せた鉄瓶から、湯気が立ち昇る。
「先生、カネヒコはいったいなんだったんですか?」
丸一日経って、ようやく二人はカネヒコの話題に触れた。
「アレは、おそらく歳神様、あるいは竈の神様だったんじゃないかな」
「神様、だったんですかい?」
「昔から、大晦日の夜に盲者や卑しい漂泊民が一夜の宿を求めてやって来る話がある。歓待した者には富を、拒否した者には没落や死をもたらしたりする。
他にも、大晦日に竈の火種を消してしまった下女に、死体を預かるのを条件に、火種を与える者がやってくる。火種はいいが死体も預かった下女は竈の隣に死体を埋め隠す、すると年が明けたら死体が黄金になっていた、という話もある。もしくは大便が黄金に、なんてのもね」
「不思議な話ですね」
「大晦日、歳が改まる日、そして竈。物質や現象や理の転化をもたらす。正のものを負へ。生のものを腐へ。その逆もしかり。歳神様、竈の神様は、とても強力で、時に恐ろしい存在なんだ」
「そのようなものが、あのカネヒコだったと」
「うん、僕はそう思っている。だからこそ、あのような雷神を、すんなり送り返すことが出来たんだと思う」
なるほど、と犬八はしたり顔で頷いてみせた。
そこに玄関の引き戸を開ける音が聞こえ、熊友の大きな声が響いた。
「新年あけましておめでとう! 草ちゃん、酒持ってきたで!」
直ぐにどかどかと騒々しい足音が近づいてくる。
「急いで宴会の支度をしやすね」
我に返った犬八は立ち上がって厨へ向かった。
襖が勢いよく開けられ、草平と同じ紋付き袴姿の熊友が巨体を現した。
「さて、草ちゃん飲もうぜ。今日は放さねーからな」
「ははは、お手柔らかに」
草平は嬉しそうに笑った。
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