第44話  一つ屋根の下

「それでは、竈の灰を掻き出してしまいましょう」


 犬八は袖を襷でまくると、灰掻き棒と塵取りを持ち出した。


「ほう、なるほど。それでやるのか、すごい」


 草平は純粋に感嘆の声をあげた。


「・・・こんなことでそんなに興奮されても、遣り辛いですなぁ」

「いや、僕は本当にすごいと思ったのだよ」

「はぁ、そうですか」

 犬八は照れたように頭の後ろを掻いた。


「はっ、まさか三十にもなってそんなことも知らない、と思っているのか⁉」

「いえいえ、滅相もない。ただ、先生はとても、あの・・・」

「ん? なんだい?」

「だから、その、とても可愛らしくいらっしゃるな、と」

「なっ⁉」

 草平は顔から火が出るような感じになった。


「か、か、からかっちゃいけないよ。こんな三十路の男をつかまえて・・・」

「は、すみません」


 二人の間に微妙な空気が生まれた。


 そこでいきなり引き戸が開いた。


「なんだ、ここにいたのかぁ」現れたのは草平の大学時代からの親友、谷口熊友だった「玄関で呼んでも全然返事が無いからようって、どうした? 二人とも」


「え? なにが⁉」

 更に顔を赤くして草平はあからさまに狼狽えた。


「なにがって、二人とも妙な顔してるぜ?」

「そんなことはないよ。なぁ、犬八!」

「そうですよ。妙な顔とは失礼な!」

「犬公まで変な態度とりやがって。一つ屋根の下、朝から欲求不満な男二人・・・」

「欲求⁉ なにか誤解しているんじゃないかい? 熊さん。ぼ、僕たちはただ大掃除をしていただけだ、ほら」

 そういって草平は灰掻き棒を見せた。


「ふぅん、なるほど。その棒を使ってか」

「棒でなにをするって? 灰を掻き出していたんだ!」

「まぁまぁ、そうムキになりなさんなって」

 熊友はニヤニヤしながら草平をなだめた。


「おれが来たのは特に用事はなかったんだが、丁度いいや。竈の掃除してたんなら、ついでに火伏のお札でももらいに行ってみるか」

「おお、そうだ。皆で行こうじゃないか!」

 草平は渡りに船とばかりに、熊友の提案に飛びついた。


「お札、ですかい?」

 犬八がそれはなんですか? と訊いてきた。

「ほら、竈の脇の柱に貼ってあるだろ」

 草平は柱を指さした。

 そこにはお札と、小さなしめ縄の幣束が供えてあった。

「ああ、これですかぃ」

「それじゃ、おれがひいきにしてる神社に案内するぜ」

 こうして三人は出かけることになった。

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