第38話  予言の娘の決意

「提案というか、お願いというか、条件です。ただ一つだけ、それを受け入れて頂ければ、わたしはそちらに行きます」

 お菊の声は一切妥協を許さないといった冷徹なものだった。


 いったいどうしたのだ急に⁉

 草平はお菊の突然の発言に頭が追い付いていかない。

 今まであんなに頑なだったのに、こんな状況にもういい加減嫌気が差してしまったのか?

 なんとか気丈に振舞っていた草平も、気持ちが揺らぎそうになる。


「面白い。聞くだけ聞こうじゃないか」

 伊吹戸は持ち前のにやけ顔で言った。


「私と草平おじさん、二人きりで話をさせて下さい」

 お菊はきっぱりと言い切った。


「・・・んん? それが条件なのか?」

 余りの呆気ない条件だったので、伊吹戸は驚きを隠せなかった。


「はい」


「まさか、変なたくらみはしてないだろうな?」


「いいえ」


「ふむ、まぁいいだろう。とうとう我が皇国軍の兵士となり、国の勝利の為にその予言の力を揮う覚悟が出来たという訳か」


「理由はどうとでも。ただそれだけが条件です」

 表情が消えた顔と声。草平と犬八は異様なお菊の雰囲気に気圧されて何も言えなかった。


「本来なら条件など聞き入れる必要すらないのだが、まぁその程度のこと、許そうじゃないか。だかしかし、この包囲網の中、逃げ出そうなどとはゆめゆめ思うなよ?」


(お菊、本気か? 一か八か俺がここで暴れてもいいんだぞ)

 犬八はお菊に耳打ちした。

(それは止めて。わたしは大丈夫だから、どうかおじさんと話をさせて)

 犬八は、どうします? と草平を見た。

(お菊ちゃん・・・)

 草平が話そうとするとお菊は強くそれを遮った。

(お願いだからわたしの言う通りにして。これしか方法はないし、信じて欲しいの)

 揺るぎのない真摯なお菊の眼差しに、草平は言葉を飲み込んだ。


 その目で、その心で、いったいどんな未来を視て、いったいどんな未来を受け入れようとしているのか。

 この悲しき運命を背負った少女に、更に重荷を負わせなければならない自分たちの不甲斐なさを、草平は呪った。


「では、ボクたちは遠巻きに君たちが話すのを見ていればいいのか?」

 伊吹戸はまったくバカらしい、といった感じで訊いた。


「ここではなく、別の場所で」

 お菊の言葉を聞いて、僅かに眉をひそめる伊吹戸。


「なに?」


「すぐ近くにある、不忍が池に架かる橋の上で話をさせて。二人きりで」

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