第37話 提案という名の条件
「何言ってんだぁ、おまえ。本気か?」
左端の男は困惑の色を隠せない。
「本気も本気、警官として君たちの力を使えば、世の中のためになってお金も稼げて、一石二鳥、いやそれ以上だ。皆さんも、そう思いませんか?」
草平は追手の他の四人にも問いかけた。
「あー、こいつらはなにせ裏の世界での人生が長かったからな、いきなりそんなきらきらした話もちかけられて戸惑ってんだよ。そういう俺様だって“こいつ頭どうかしてるんじゃねぇか?”って思ってる。おまえ本当に頭大丈夫か?」
「もちろん!」
草平は快活に答えた。
「まったく、いかれた坊ちゃんだぜ」
左端の男は薄らぐ闇の中、笑ったように見えた。
「はいはいはい、止め止め止めー」ぼんやりとなり始めた暗がりの向こうから、威勢のいい声が聞こえてきた「面白い茶番でした、ご苦労様」
向き合う追手五人と草平たちの間に入ってきたのは、軍服姿の男だった。
「君は、伊吹戸望高・・・」
草平は先日大学の会議室で面会した男の名前とにやけ面を思い出した。
それにしてもいったい何を考えてこの場にやって来たのか。
「いやいや、界草平君。君の“絶対にお菊を誰にも渡さない”姿勢には感服したよ。しかしまさか客人の勧誘に出るとは、さすがのボクも思いが至らなかった。予定では、教団の雇った殺し屋たちに追い詰められた君たちを颯爽と現れたボクたちが窮地から救い出し、最終的にお菊を安全で信頼できる我が部隊で預かることにする、となるはずだったんだが、当てが外れたなぁ」
「おいおいなんなんだ? 勝手に割り込んできやがって」
案の定、左端の男が伊吹戸に喰ってかかった。
そこで何かを察した犬八がすかさず草平の前に体を出した。
「それでは紹介しよう、我が部隊の精鋭たちを」
すべてを無視して、伊吹戸が仰々しく両手を広げた。
不意に、伊吹戸の両隣に、二人の人物が現れた。
般若の面を被ったタキシード姿の人間と、漆黒の細身のドレスを纏った人間だ。
その瞬間、五人の追手たちは一斉に声も上げずに地面に崩れ落ちた。
な、何が起こったんだ⁉
草平は驚愕で身動き一つ出来なかった。
犬八は集中して事の成り行きを見守っていた。
お菊は二人の後ろに下がって身を隠していた。
般若の面はその外見の禍々しさとは逆に、無駄の無い流麗な動きで、日本刀についた血糊を拭った。
ドレス姿の方は流石に女性だろうか、鍔広の帽子を目深に被り、黒いパラソルを石畳に突き立てた。
「さぁ、これで本来のシナリオ通りに、邪魔者はいなくなった。では、改めて申し入れをしよう。お菊をこちらに渡してくれないか?」
伊吹戸は宣言するように声高に言った。
すべてにおいて芝居じみていた。
草平の全身から、汗が噴き出す。今までと比べ物にならない緊張感で、まったく考えがまとまらない。
「勘違いしては困るが、君たちに拒否権はない。この状況で、失望させてくれるなよ?」
伊吹戸の言葉が終わると、いつのまにか靄が立ち込めた森が騒然とした雰囲気になり、広場を囲むように幾つもの人影が現れた。
既に、包囲されている。
圧倒的な戦力。
どうすればいい? どうすればいい? どうすればいい?
自問だけが頭の中を駆け巡り、草平は目が回りそうだった。
「先生ぃ・・・」
犬八は苦しそうに呻いた。
絶望的に追い詰められていた。それでも草平は何か取引できる材料があるのではないかと必死だった。
「わたしに提案があります」
頭が真っ白になるような透き通った声が、息の詰まるその場を貫いた。
お菊だった。
「提案?」
伊吹戸がどこか楽しむように尋ねた。
「提案というか、お願いというか、条件です。ただ一つだけ、それを受け入れて頂ければ、わたしはそちらに行きます」
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