同居人は、人魚ではなく

今川 巽

第1話 発端

おいおい、そりゃあ、ガセじゃないのか」

 折角の休みだっていうのに、佐伯は呆れた声を出したが、電話の向こうの相

手はとんでもないと否定し、今すぐ、見てください、アドレスを送りますから

と言葉を続けた、そして先輩の意見を聞きたいんです、それで取材するかどう

か、決めませんか。

 いつになく真剣な口調だ、これで激しく興奮しているなら佐伯も考えただろ

うが、まあ、それを見てからだと考えて携帯をテーブルの上に置いた。

 程なくしてアドレスが届き、写真を見た佐伯は思わず、声を漏らした。 

 人魚です、というタイトルと同封されていた写真を見て何故と思ったのは無

理もない、子供用のビニールプールから見えているのは明らかに魚のような尾

ひれなのだ。

 銀髪、ウィッグなのか、だが、顔がよく見えない、もしかしてよくできたコ

スプレなのかと思い、折り返し、電話を入れた。

 「先輩、どうです」

 あれだけで判断しろというのか、この仕事を始めて何年だと文句を言うと、

実はと言葉を続けてきた、写真の投稿者と連絡を取り、話をしたというのだ、

その結果、相手はネット、雑誌、できればテレビ局の人間の連絡を待っている

という。

 「詳しい事はもったいぶって話そうしないんです、でも絶対にトクダネだっ

ていうんですよ」

 あのなあ、女性週刊誌にネタを売る、自分はあの有名芸能人の親しい友人だ

という、そんな文句が佐伯の頭の中をよぎった。

 机の上のカレンダーと手帳を確認する、真っ白というか暇すぎるくらいなの

が寂しいくらいだ。

 少し前から自分たちの仕事の傾向が変わってきた。

 芸能人の恋愛、不倫問題をとりあげたことにより、あまりにも下品すぎると

週刊誌メディアは教育、学校関係者から反発を受けた、勿論、テレビのワイド

ショーもだ。

 素人がプロの芸人よりもおもしろい記ことをやり、以前は廃業寸前の小さな

本屋に同人誌というものが置かれて賑わいをみせるようになった、つまり、テ

レビや芸能界では当たり前と思っていたことが、通用しなくなってきたのだ。

 「先輩、今日の午後、会うことになっているんです、一緒に行きませんか」

 「あのなあ」

 「無理にとはいいません、でももし本当にトクダネだったらどうします」

 本当に、

というその声に佐伯の気持ちがぐらりと動いた。

 「行きますね、佐伯先輩」

 完全に見透かされていると思いながら、ああと佐伯は返事をすると鞄を持っ

て取材に出かけてきますと上司に声をかけた。


 

 待ち合わせ場所は喫茶店だった、普通の青年だなあと思ったが、話している

うちにカメラオタクということがわかり、佐伯は相手に尋ねた。

 「そのまえに、聞いてもいいかい、大事なことだから確認の意味も含めてだ

けど、これは盗撮だよね」

 青年は一瞬、真顔になり小さく頷いた。

 「せ、先輩」

 「最近は厳しくてね、テレビも雑誌もだ、それにこの写真でははっきりと確

認できてないし」

 「で、でも、本物なんです」

 青年の声が小さくなった、だが、その表情は真剣だ。

 「本物って、どういう意味かな」

 佐伯の言葉に青年は、信じてくれないかもしれないけど、小声で呟いた。


 

 「先輩、本当だと思いますか」

 「自信なくなってきたって顔だな、芝崎」

 「だって言葉が話せないって」

 「例えばだ、この人魚の格好をした人物は虐待を受けてコスプレをさせられ

ていたら」

 「ええっ」

 あまりにも驚いた顔をするので、いや、海外だとそういう事件があっただろ

うと佐伯は言葉を続けた。

 「いや、そうと決まったわけじゃないが、もし本人が好きでやってるなら、

問題はない」

 「違っていたら、もし本当に無理矢理そういう格好をさせられていたとした

ら、どうするんです」

 そうなったら、自分達の仕事ではない。

 「違うだろう、それは警察の仕事じゃないのか」

 「先輩」

 写真でははっきりしたことはわからない、だが、あの青年は本物だといわん

ばかりだ。

 「まあ、行ってみるか」

 だったら、さっきの青年にもう一度連絡をしようと佐伯は鞄の中から携帯を

取り出した。


 一軒家だが、あまり大きくない、古い家、それも平屋というのも今時

珍しい、しかも近所から離れている、青年の家は少し離れた場所だが。

 写真は二階から撮ったものらしい。

 それがだんだん好奇心を押さえることができずにこっそりと。


 「どうしますか、先輩」

 家の近くまで来たが、悩むのは当然だ、まさか玄関のチャイムを押して、お

宅に人魚がいますか、取材をさせてくださいなんて言ったら、断られるのは目

に見えている。

 そのとき、買い物袋を両手に下げた女性が二人の側を通り過ぎようとした、

佐伯は思わず、すみませんと声をかけた。

 振り返った女性は不思議そうな顔をしたがすぐに背を向けて、家に向かおう

とした。

 「道を聞きたいんですが」

 知りません、それが女の返事だった、そして急いでいるといわんばかりに玄

関に向かっていった。

 その間、ほんの数秒だったかもしれない、あまりにも素っ気なく、呼び止め

る暇もなかった。

 

 二人は、暫し呆然とした。

「先輩」

 拍子抜けしような後輩の声に、佐伯は情けない声を出すなと呟いた

 

 「よし、こうなったら直接交渉だ」

 佐伯は玄関へ向かって歩き出したが、直前まできて足を止めた。

 「おい、庭に誰かいるみたいだ」

 小声で囁き、手招きをすると、本当ですかと後輩の芝崎も足音をたてないよ

うに後ろについてくる。

 見ず知らずの家に不法侵入という事はわかっている、だからこっそりと覗く

のだ、もしかして庭にはビニールプールが、いや窓から家の中がみれるかもし

れない。

 そのとき、二人の耳に奇妙な音と水音が聞こえた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る