第十六話 楽したいコンサルタント

 契約してその契約条項に従って仕事をする。それはごく当然のこと。時に面倒きわまりないところに送り込まれたり、時には無理難題を押しつけられたりするのも仕事をしていれば良くあること。

 給料も悪くないし、結果さえ出していれば評価は上がりっぱなし。契約更新の度に給料が上がることだって珍しくない。だから忙しい仕事もどんとこい。難しい仕事も山となれ。そう思って今日までやってきていた。けど、これはさすがに無いよね。

 カッサバルド様の指示で部下のヴィンセントっていう男に迷宮に派遣された。コンサルタント業務だから遠方だったり部下の迷宮だったりに派遣されることは少なくない。カッサバルド様と契約している以上、その管轄下の業務全てに関わる可能性は十分承知しているよ。

 なんでも魔王様の遠い血縁らしいヴィンセントという男が最近いい感じらしい。だからその勢いを殺すことなく成長させればコンサルタント行としての評価はアップ、管轄下の迷宮の成長があればカッサバルド様もハッピー、当のヴィンセントも成長と出世が見込めてみんないい感じ。

「……の、はずだったんだけどねぇ」

 執務室の中では情報屋のエルドラドとかいうやつとヴィンセントがまだ話している。私は正直自分の現状がまだ飲み込み切れていない。

「どうすりゃいいって言うのよぉ」

 上り調子のヴィンセントのバックアップ。正直上り調子の迷宮のコンサルタントほど楽な仕事はない。だって放っておいてもそれなりに伸びるから。だから悪手だけは打たないように忠告していれば、後は勝手に成長していく。今回も楽に評価を上げられるはずだったんだけど、異様な事態に正直どうしていいのかわからない。

「困ったものねぇ。いったん報告って形で帰って、なんだかんだ理由つけてパスしちゃおっかなぁ」

 生産を通り越して最悪。立て直しどころかいったんゼロにした方が早いし楽だし面倒ごともない。ヴィンセントには悪いけどね。カッサバルド様の元へ提出されていた過去の財務関係の報告書を見た限り、この状況からの自力での立て直しは正直不可能。

 立て直すにはどこかから借金するしかないわけだけど、この迷宮の現在の規模で借金をさせてくれるところはほとんどない。あっても今後の返済計画が難しい。あの情報屋みたいに無利子で貸してくれる知人を一から全部当たっていって、それなりに大勢見つかるならなんとかなるかも。大勢見つかれば、ね。

 個人の保有している資産なんてほとんどたかがしれている。だから借金で迷宮の経営を立て直せるだけの額を集めるとなると、かなりの数から集めないといけない。稀にとんでもない額の試算を持っているのもいるけど、そういうのが見つかるって思うのは希望的観測で現実的には何の意味もないしね。

「はぁー……え? ちょっと待って? なにこれ……もしかして左遷? それともお払い箱?」

 もう自分がいらなくなって契約を破棄するための口実を作ろうとしているのではないか。そう勘ぐってしまうほどこの状況は厳しい。でもそれはないだろう。だって話を聞く限り、私が出立するまでは少なくとも正常な状態だったらしいから。

「コンサルタント業務はちょっと休業かぁ……そうなると、もう一つの方の任務ってことになるんだけどぉ……」

 カッサバルド様に与えられたもう一つの任務は調査と報告とスカウト。ヴィンセントの元に未契約の女がいて、その女が一体どういう存在かを詳細に調べて報告すること。そしてその女がもし希少価値の高い種族だった場合、ヴィンセントの元から引き抜け。

「調査も何も……普通に何も隠さず歩いているんですけどぉ?」

 調査をするためにはどういう風にカマをかけるか、どういう話題で攻めるか、どういう風に情報を引き出すか、どういう風に書類などをチェックするか……そういうことをある程度考えていた。しかし、それも全て無駄になった。

「迷宮に足を踏み入れるなりいきなり天使族とご対面だしぃ、どう考えてもあの女が言われていた女だしぃ、今回の仕事って結局なんなのぉ?」

 なんだか目的を見失いそうだ。想定していた状況や考えていた困難。その全てが大外れ。コンサルタント業務を始めてからここまで想像と違ったのは初めてだ。

「天使族って報告したらどうなるのかしらぁ? 天使族を嫌っているのが多いのは知ってるけど、カッサバルド様はどっち?」

 天使族は確か、大昔に魔王様と人間が対立したときに人間側にみかたしたってことでずっと確執があるのよね。私たちサキュバス族は人間を殺してもいいことがないから、人間との対立構造も正直そんなに好きじゃない。

 サキュバス族は人間を魅了したり籠絡したりして、彼らの精力や精気や魔力をもらって生きている。もちろん相手は人間に限らず、だけど。だからサキュバス族は極端に強者に憧れる。その点ではカッサバルド様は結構いい感じ。色々強いし、地位も高いから。

 天使族は潜在能力が高くて魔力も豊富。だから正直私は嫌ったり敵対したりするより、うまく強制できるのがありがたい。だって高品質の食べ物を快く定期的に分けてくれる相手がいた方が楽にお腹がふくれるから。でも大昔の出来た角質のせいでそうするわけにはいかない。大人の事情ってやつみたい。

「でも引き抜けって言われたけどぉ、契約していないわけでぇ、それって引き抜きってことになるぅ?」

 ひとまず任務のコンサルタント業務は休止。迷宮自体に再開のめどが立たない限りやりようがないし、そもそもまだヴィンセントも復旧のためにかかるコストの全てを計算できていないって話だし。その数字が出て、借りられるあてがどれだけあるかを聞いてからってことでいいよね。

 だからもう一つの任務を先行して行うとして、あのベアトリクスって女をどうにかしてヴィンセントから引きはがさなければならない。まずはヴィンセントとベアトリクスの関係性がどうなっているのかを聞き出さないといけない。

「あ、ちょうどいいところに来てくれたぁ。ねぇねぇ、ちょっといいかしらぁ?」

 廊下で悩んでいた私の前をちょうどベアトリクスが通りかかった。考えていてもしかたがない時は行動あるのみ。それに普通に疑問ってことから聞ける内容で楽チンだし。

「はい、なんですか?」

 ちょっと綺麗で嫉妬しちゃう。天使族ってみんなこんな感じなのかな。だったら個人的にはお友達になりたいんだけど。

「ベアトリクスだったよね? 天使族なのにどうして迷宮にいるの?」

「あ、はい。実は私、天使族の里を抜け出して人里に出てきました。そこで人間に捕まってしまいましたが、ヴィンセントに助けてもらってここにいさせてもらっています」

「へぇ、そうなのぉ。天使族を迷宮内に招き入れるなんてぇ、ヴィンセントって変わり者なのかなぁ」

「いえ、違いますよ。ヴィンセントは優しいんです」

「優しいのぉ?」

「はい。行く当てのない方々の面倒を見たり、私のように困っていると助けてくれたり、とにかくヴィンセントは優しいんです」

「へぇ……」

 優しい男は嫌いじゃないけど、私はもっと情熱的で積極的でちょっと攻撃的な方が好きかな。ベアトリクスとはちょっと好みのタイプが違うかも。

「じゃあ契約とかも考えているわけぇ?」

「どうなのでしょう?」

 いや、質問に疑問で返されても困る。

「私と契約すると給料の額がとんでもないことになるから契約できないって聞きました」

「ヴィンセントからぁ?」

「いえ、事務方のフィオラからです」

 確かに天使族は移籍金の額もとんでもなく高いし、潜在能力と保有している魔力の高さから給料の額を算出するととんでもない額になる。でも契約は双方の合意があればその数字は基本的に大小関係ないわけだから、ヴィンセントとの間で合意が出来れば金額は気にしなくていいはずなんだけどね。

 そのフィオラって事務方の進言のせいで契約しないまま宙ぶらりんなのかな。

「ベアトリクスは契約したいのかなぁ?」

「ヴィンセントが望むのなら」

「あれぇ? ヴィンセント手動でいいのぉ?」

「はい。私がここにいるのはヴィンセントに恩返しがしたいからなので」

 あれ、これってかなり楽チンで仕事終わっちゃう感じかな。恩返しがしたいって言うのなら、天使族の移籍金以上の恩返しなんてない。迷宮が立て直せるだけでなく、何だったら管理者がいない秋の迷宮だっていくつか買えちゃう。強いモンスターもたくさん獲得できちゃう。

 ベアトリクスが身売りするだけで。

「じゃあ今の状況をベアトリクスはどうにかしたいって思う?」

「はいっ! 私に出来ることでヴィンセントに恩返しが出来るのならしたいと思います」

 うわぁ、純粋。しかも本気でヴィンセントのためなら何でもしそう。身売りの話を出したら悩みはするだろうけど首は縦に振りそう。なんだか普通にヴィンセントのための提案をしているだけなのに罪悪感が半端じゃない。

 でも正直に言うとこれもコンサルタント業務の一つではあるよね。売れる資産を売って資金にして立て直すって基本中の基本だし。未契約だから今はまだ資産じゃないけど、ヴィンセントにためを思う強い気持ちがあればもう半分以上資産みたいなもの。

「じゃあひとまず提案なんだけど……」

 まぁどういう選択をするかは当人次第だし、私はその選択肢を提案するだけ。あとは現状報告をカッサバルド様の方にしておけば今のところはいいかな。後はフィオラって事務方が帰ってきて話を聞いて、立て直しにかかる数字が明確になってからでいいか。

 私の説明を真剣に聞くベアトリクスって本当にいい子。だから普通に仕事をしているだけで罪悪感が半端じゃない。この精神的苦痛の分の料金は次の契約の時に上乗せしてやるんだから。

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