1-10. 友人との買い物を無難にこなす

「あれ!? 光ちゃん!?」


 先程、一緒に隠れていた場所に戻ると光ちゃんの姿がなかった。

 慌てて周囲を見渡すとエスカレーター近くのソフトクリーム屋さんに並んでいる栗毛の幼子が......。


「光ちゃん!」


「あ! お兄ちゃん!」


 光ちゃんに声を掛けると両手にソフトクリームを持ちながらこちらに駆けてくる。


「勝手にどっか行ったらダメだろ!?」


 最近、この辺で小学生や中学生の女の子に声を掛ける不審なオッサンがいると朝礼で校長が言っていた。

 光ちゃんはただでさえ可愛いから、幼女好きでなくとも心が揺れてしまう可能性もある。

 普段は出さないような大きな声を光ちゃんに向けると、瞳に涙を溜め込み、数秒後に溢れ出てしまった。


「ごめんなさ~い!!」


 普通の男子なら泣き出す幼女にアタフタしてしまうが、俺は動揺することなく、腰を落として目線を合わす。


「本当。心配したよ。勝手にいなくなっちゃダメでしょ?」


 今度は母親のように優しく語りかける。

 優しい口調で語りかけられ、光ちゃんは少し落ち着いたのか、持っていた物を俺に差し出す。


「これね。お兄ちゃんにも食べさせたくて......」


 ああ。

 ソフトクリーム。


「言ってくれたら後で買ってあげたのに......」


「お姉ちゃんの友達作ってくれたお礼なの」


 光ちゃんは恐らく、なけなしのお小遣いでソフトクリームを買ってくれたのだろう。

 俺は怒った事に罪悪感を感じてしまった。

 ただ、勝手にいなくなったらダメだ。

 そこはシッカリ伝えなければいけない。


「そう。ありがとう。凄く嬉しい」


 ソフトクリームを一つ受け取り、光ちゃんの頬を伝う水滴を拭ってあげた。

 光ちゃんは褒められた事で口元を緩め、ニコリとする。

 それはどことなく生徒会長の笑い方と似ていて、血のつながりというやつを感じさせ、少し羨ましく思ってしまった。


「戻ろうか。会長がちゃんとポプラと遊んでいるか気になるからね」


「......うん。......手」


 光ちゃんは自身の目元を袖で拭い、そのまま手をこちらに差し出してきた。

 そして、俺はそれを握る。

 そういえば、小さい頃にポプラともこんな事あったな......。

 と高校生なのに感傷の思い出に浸ってしまった。



 □ □ □



「見てみて! これ、どう思う?」


 別の店に移り、ポプラが謎の豚の置物を持ち、会長に意見を求める。

 会長はニコリとしながら。


「かわっ______かわいい」


 と言葉に詰まりながらも会長は忠実に俺のアドバイスを実行している。


「すごい! お姉ちゃんが女の子っぽい事言ってる!」


 ソフトクリームを食べた光ちゃんは機嫌を取り戻し、再び、目をキラキラさせながら友人と遊ぶ姉を見守っている。


「ああ。会長に助言したのが功を制したようだ」


 先程、俺は会長にこう耳打ちした。


『とりあえず、可愛い! すごい! わかるー! をニュアンスを変えて使ってください。そうすれば一日過ごせます』

 会長は半信半疑だったが、ここまで問題なく友達と買い物をしている人物を演じられている。

 光ちゃんも満足気だ。


 女子の会話なんて『可愛い』『すごい』『わかるー』という言葉を呪文のように使用していれば会話は大抵成立する。

 これは昔から言われていることだが。


 友達がいない奴=アドリブに弱い


 逆を言えば咄嗟の発言や行動が出来る奴は友達が多いということにも直結する。

 つまり、友達が少ない、またはいない奴というのはすぐに行動出来なかったり、言葉を返せない人種のことを指すといっても過言ではない。


 思春期の頃なんか特にオドオドしてしまったり、返答が中々返ってこないと「あいつは変な奴だ」と早々に変な奴認定を受けてしまう。

 それが原因で「あいつと遊ぶのは止めよう」とハブられてしまい、孤独になる。


 ただ、考えてみて欲しい。

 すぐに言葉を返せたり、意見を主張出来る人間が優秀な人間か? 

 俺は断じて違うと思う。

 逆に瞬時に発言出来たり、行動をする人間は感情的で破滅的だ。

 自分の行いに対してのリスクなどを考えていないのだ。

 直感的に行った行為や発言は大抵、問題は起きないだろう。


 だが、すぐに発言が出来なかったりする奴はそのリスクを考えてしまう。

 人を傷つけたくない。

 問題を起こしたくない。

 というのが心の底に内包されている。


 それらを踏まえ、俺は友達がいない人間とは真の聖人だと思う。


「恵ちゃん! 次! あそこに行こう!」


「す、すごーい」


 ポプラは生気のない腹話術師の人形のような栗毛の少女を引きずりながら、人造幼女のようにキーンと音を立ててショーウインドウに目を向けずにどこかに駆けて行った。



 □ □ □



「ふう~。疲れたね~」


「わかるー」


 延々と歩き回っていた無尽蔵の体力を持つポプラは自身は疲れていないが、会長のことを気遣いベンチに座る。

 妹は容姿端麗、才色兼備だけでなく気遣いも出来る。

 どうだ?

 凄いだろ?

 と何故か俺の鼻が高くなるのを光ちゃんは悲しそうな目で見てくるのが地味に辛い。


「ねえねえ」


「うひゃん! ななななななんだ急に!?」


 脇をツンツンされた会長は頬を赤くし、理想的な悲鳴を上げ、周囲にいた男の股間を熱くさせた。

 good job popura!


「恵ちゃんは彼氏いる?」


「え?! 要らない!」


 どうやら、会長は耳が腐ってしまったようだ。

 そんな、「このお菓子食べる?」的なニュアンスで女子が彼氏の授受を行っていたら世も末だぞ。


「そっち系かー」


「は? そっち系?」


「女の子が好きなんでしょ?」


「......ん?」


 ......ん?

 その反応、俺も同意。


「だって、彼氏いらないって言うから、女の子が好きなんでしょ?」


 いやいやいやいや。

 そういう結論ってのは巡り巡って至る結論であってな。

 そんな、一回のやり取りで結論を出すのは時期尚早だ。


 ポプラは頭が良い。

 しかし、回転が速すぎて半周回ってバカになる瞬間が時々ある。


「まあ、男よりは女の子の方が好きね」


 え?!

 そうなの!?

 そんな白昼堂々と現役女子高生が言っていい発言じゃあないですよ!?


「無人島に二人きりになった時に一緒にいる性別を問われたら女の子と答えるだけでその程度よ。極力、女の子とも一緒に居たくないわ」


「へえー! そうなんだ!」


 ポプラは遠回しに「お前と一緒にいたくない」と言われているにも関わらず、まるで、他人事。

 俺とポプラが唯一、似ているところがあるとしたらハートの強さだろう。


「小鳥遊さんは彼氏いるの?」


「いないよ! 出来た事もない!」


「噂で聞いた事あるわ。小鳥遊さんは彼氏を作らないって。それはどうして?」


 そう。

 ポプラは彼氏を作らない。

 告白されるのに全て断ってきた。

「好きな人がいるの」ポプラは一貫してそう答えている。

 会長の問いに対しても「好きな人がいるんだー」と小学生の頃から変わらない答えを返した。


「あ! あの映画、私、見たかったんだよね! めぐみちゃん! 観て行こうよ!」


「いや、私は映画館で映画は見ない派なのよ。それは私も観たい映画だけど、DVDになってから1・5倍速で見る方が効率が______」


「いいから! いいから! 意味わからない事言ってないで行こう!」


「お、おい! ちょっと!」


そうして、ポプラに手を引かれ、会長は強引に映画館に連れて行かれてしまった。

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