正しい恋愛の終わり方

@Hanakoto

プロローグ


「もう終わりにしよう」

彼の言葉に、私の頭は真っ白になった。まただ、またこの言葉だ。念のため、私は理由を聞いてみた。

「なんで?」

「柑奈は、俺と居ても楽しくないでしょ?本当に俺の事好きだっ た?」

さっきまで、浮かんでいた予感が本物に変わる。私の恋は、大抵この言葉で終わりを告げる。多少のニュアンスは違うが、初めどんなにラブラブであろうと、決まってこの結末を迎える。

理由は、分かっている。私のせいだ。


私、渡瀬柑奈25歳、会社の事務をしている。仕事にも慣れ、生活も安定してきている。ただ恋を除いては。

私には、忘れられない恋がある。16歳の頃、1つ歳上の先輩と付き合っていた。その頃の私は余りにも幼過ぎて、本当に好きだったのに、自分から先輩に別れを告げた。

どうして、そうしないといけないのか、分からないけど、その頃の私はそうする事しか出来なかった。もしかしたら、先輩が、引き止めてくれるかもなんて、淡い期待をしていたが、そんな事もなく、あっさりと終わってしまった。

その恋が、忘れられないのだ。



1、初恋はバーに居る


口からは重い溜息しか出て来ない、バーのドアノブを握り、かれこれ10分はこのままの状態だ。ドアを開けたいのに開けられない。むしろ、本当に開けたいのかも分からなくなってくる。パンドラの箱を開けるみたいな感じだ。開けてはいけない物を自分から開けるのは、こんな気分なんだろうか?


このバーは、会社から5分と近場にあり、落ち着いた雰囲気で、出てくる料理は、本当にどれも美味しくって私のお気に入りだった。ランチなんかもあって、1年前までは、常連だった。

1年前に先輩がここの、バーテンダーになるまでは。そう、ここには先輩がいるんだ。


先輩、井上大輔は、背が高く目鼻立がととのっているイケメンだった。その彼をより人気者にしているのは、誰にでも優しい性格にもあった。そんな彼が、なんの取り柄もない私を好きになるなんて、思いもしなかった。脇役だった私が、急に主役になったみたいで、信じられなかった。

初めのうちは、ただ一緒に過ごす時間が本当に楽しかった。でも、そのうちに先輩と自分が釣り合っていない事へのコンプレックスが大きくなってきて、一緒に居るのが息苦しくなってきた。

学校で人気者の先輩と、何の変哲も無い、平凡な私。誰が見ても釣り合ってないのは歴然だった。それでも、先輩は私に対してもすごく優しかった、それが逆に自分と先輩との差を突きつけられてるみたいだった。

そのうちに、先輩の気持ちまで疑うようになってきて、そんな時に先輩が他の誰かと付き合っているウワサが流れた。

引き金が引かれたみたいだった、弱っていた私にぐさりと、刺さって抜けなくなった。

もう、終わりですと告げられた気がした。でも、もしかしたらすでに、終わっていたのかもしれない。その時私は、やっぱりって思ったから。


「すいません」

後ろから遠慮がちな声がして、振り返ると男女のカップルらしきお客さんが立っていた。どうやら私がドアの前にいて、入れなかったのだ。

「あ、すいません」

慌てて横に退くと、2人は仲良く店の中に消えていった。それでも、踏ん切りが付かずにドアの前で居ると、いきなりドアが開いて、9年前と変わらない顔が現れた。少し驚いた後、とびっきりの笑顔をこちらに向けた。


「いらっしゃい」

先輩の言葉たけで、身体の体温が上がるのが分かる。ダメだ。やっぱり私、この人が好きだ。


2、


「柑奈、元気にしてた?ずっと気になってんだ」

そんな事をさらっと言って、私の眼の前にカクテルを置く。軽くお辞儀をして、カクテルを受け取り、なんとか笑顔を作ろうと頑張ってみたが、明らかにひきつっているのが自分でも分かる。頭の中に「気になっていた」の文字ばかり浮かぶ。私だから、気になってたの?気になる理由は友達として?元カノとして?それとも・・・あぁ〜ダメだ、勝手に期待してしまう。

「俺が店に来てから、来なくなったってマスターに聞いて、寂しかったよ。もう会えないのかな?って思って」

そう言って、寂しそうに一度目を伏せて、静かに顔を上げて、私を見た。

「でも、会えて良かった」

優しく笑う。こちらを見る目はあきらかに好意的な気がする。

このまま、もう来てくれないかと思ったという事は、会いたかったと訳しても良いのかな?それは都合良すぎるのかな?でも、1年前に、お店に来た事を覚えてくれているだけで、すごい事だと思う。あの日私は、先輩がこんな所に居るなんて思わなくって、隠れるように店の隅に座っていたし、30分もしないうちに帰ったはずだから。

「お腹空いてない?」

先輩の優しい声で現実に連れ戻される。

「なんか作るね」

私は軽くうなずくと、先輩はカウンターの奥に消えていった。


そもそも、ずっと避けていたバー(先輩)に会いに来たのには理由があるのだ、先輩の言葉に浮かれる自分を戒める。

私は、先輩と別れてから恋が上手くいかないのだ。誰と付き合っても上手くいかない。理由は簡単。どこかで先輩と比べて、先輩の面影を探しているからなんだ。そんな私に、呆れた友達の二葉が、先輩に会いに行くように言ってきたのだ。

二葉は私の中学からの親友だ。サバサバとした性格でいつも私の事を励まし、時には厳しい意見もいうが1番の理解者だ。

二葉の言葉に勿論、そんな事出来るわけがないと思って断っていたけど

「このままだと誰と付き合っても上手くいかないんじゃない?」

と言う言葉が突き刺さった。確かに、このままじゃ駄目だ。先輩との初恋を上手く終わらせて、私は次に行きたいのだ。


気がつくと、目の前にはパスタが出されていた。ナスとトマトが沢山入っていて、私の好みのパスタだった。もしかしたら、私の好みまで覚えていてくれたのかな?なんて淡い期待までしてしまう。 一口、口に運ぶと思わず

「美味しい」

と言葉が漏れた。

「良かった」

嬉しそうに笑って、先輩が私の前来て

「一緒に飲んで良い?」

とコップを見せた。軽く頷く。

心臓がドキドキして、パスタの味も分からなくなってきた。ドキドキを誤魔化す為に、気がつくと、いつもよりも早いピッチでグラスが開いていてアルコールが回ってきて、先輩の言葉をはっきり聞いてなかった。

どうしてこんな事になっているんだろう?気がつくと、私の手を先輩が握っていた。


3、乗るか反るか


自分でも、今の状況が良く分からない。上手く回らない頭で、必死に考えようとしても、先輩の手の温もりを感じて落ち着かない。

「返事を聞かせて」

先輩の顔が近づく。ん?何の返事?何だか、状況が私の意志とは別にどんどん進んでいる。

「ごめんなさい。返事って何の?」

恐る恐る聞いてみた。

「もう一度付き合ってって言ったんだけど」

余りにも、予想していない返事に一気に酔いがさめる。

そうだ私、彼氏と別れた事や、誰と付き合っても上手くいかない事、先輩の事が忘れられない事まで話していた気がする。

血の気が引いていくのが分かる。でも、なんでこんな展開になってるんだろう。私は、確か先輩の事を忘れる為に来た事も伝えたはずなのに。

「先輩?私、先輩の事が忘れられなくて、誰と付き合っても上手くいかない事、話しましたよね?」

「聞いたよ」

「だから、今日は先輩にはっきり振られに来た事、伝えたはずですよね?キッパリ振って欲しいんです」

思い切って、そう伝えた。

そうだ、私は先輩としっかり別れて次に行きたいんだ。

「無理だよ」

「え・・・」

思わず大きい声が出て、慌てて口を押さえる。何で?無理ってどういう事?まだ、私の事が好きとかそういう事?まさか、そんな事ある訳ないし。1人頭の中でぐるぐる考えてると、不意に先輩の顔が近付き、カウンターから、身を乗り出して、私にキスをした。呆然とした私の顔を覗きこんで

「まだ、俺も柑奈の事好きなんだ。だから、振るなんて無理だよ」

思わず、椅子に座ったまま後ずさりをして、立ち上がる。慌ててカバンをあさって財布から、お金を出して机に置いた。

走り去ろうとする私の手を先輩が掴んだ。いつの間にか、先輩はカウンターから出て来ていて目の前に立っている。

「ずっと、待ってたんだ。なかなか来てくれなくて、やっと会えたんだ。このチャンスを逃す気はないよ」

え?待ってたって何?チャンスって何の?ハテナしか出てこない。そんな私の事なんて気にせず、先輩は続ける。

「忘れなくても良いんじゃない?忘れなくても、前に進めるよ。もう一度やり直さない?」

顔を覗き込んでいる、このまま見つめられたら多分断れない。先輩から目線を反らして反論する。

「いや、先輩もお付き合いしている人とかいるんじゃないですか?」

「いないよ。言い寄ってくる子はいるけど、付き合う気ないから」

どうしよう?もう逃げられないのかな?何か言わないと。

「そんな、曖昧な状態じゃあ、返事出来ないです」

取りあえず、これで逃げ切れるはずと思って、立ち去ろうとするが私を掴む手の力が、抜ける事はなかった。

先輩は、おもむろに自分のジーンズのポケットから携帯を取り出して、何処かに電話を掛け出した。

「もしもし、井上だけど。この前話、はっきり断らせて。他に好きな子が、いるんだ。じゃあね。」

呆気に取られてる私に、お構いもせずに、こちらを向くと

「これで、曖昧じゃないよね?柑奈の言った条件は満たしてるし、お互いに忘れられないなら、やり直すのもありじゃない?」

先輩の言葉は間違ってない気もする。でも、このまま付き合って良いんだろうか?また、あの頃の二の舞にならないとも限らない。むしろ、この前よりも深く傷付く事になるかもしれない。それだけは、嫌だ。

「すいません」

店の奥から、お客さんの声がして、先輩の手が緩んだ隙に店を出た。


「で?何で逃げて来たの?」二葉が、私を睨んでいる。この前のバーでの一件を聞いた二葉に、呼び出されて居酒屋にいる。個室に入ると、すぐに問い詰められた。

「だって、私はあんな展開になるなんて思わなかったんだもん」

「だから、隙を見て逃げて来たの?」

二葉の、言葉に頷く。勿論。だって、簡単には返事出来ないよ。凄く好きだから、怖い。

二葉が、溜息をついて

「このまま逃げてても、何も変わらないじゃない?向こうも、柑奈の事が好きって言ってくれてるんでしょ?」

「多分。分かんないけど」

二葉の言葉に、はっきりと答える事が出来ない。

「分かんなくないわよ。先輩も、まだ柑奈の事が好きなんでしょ。 逃げても、変わらないから、ちゃんと向き合って答えを出しなさい」

言い切ると、二葉は立ち上がって出て行く。トイレかな?なんて思いつつ見ていると、もう一度戸が開いて、先輩が入ってきた。

驚く私の前に、先輩が座る。

どうして?脈が早くなる。どうして、先輩が居るの?


4、お試しなら、どうですか?


2人の間に、沈黙が続いていた。突然の先輩の登場と、二葉が帰ってこないのを見ると、二人にはめられたらしい。

何か話さないと。

「この前は、帰ってごめんなさい」

「突然だったから、びっくりしたよね。こちらこそ、ごめんね」

良かった。以前の優しい先輩だ。何か、嬉しくなって顔が緩む。

「でも、今日は逃げるのは禁止だよ」

え・・・顔は笑ってるけど、有無言わせない物がある。

先輩は、どういうつもりでやり直そうって言ったんだろう?


再会してからの先輩は、明らかに私に好意を示してくれている。学生の頃よりも、積極的でどうしていいか分からない。先輩は、どちらかというと照れ屋さんなので、そんなに自分から色々言ってはくれなかった。それが、不安になった理由の一つでもあるが、かといって積極的に来られても、どうしていいか分からない。

もう一度付き合って、また同じ様に別れる事になったら、もう確実に私の人生の中から先輩が消える。街ですれ違っても、顔も合わせない様になる。今なら、あの時を懐かしむ事ができるんだ。また、付き合うのは、リスクが高過ぎる。


相変わらず、沈黙が続く。机の上には、美味しそうなメニューが並び、先輩が取り分けてくれる。先輩は、揺れている私の気持ちが分かるのか、黙って待っててくれている。それなのに、先輩の視線が痛くて、目が合わせられない。

軽く深呼吸をして、覚悟を決めた。どうせ逃げれないし、先に進まない。取りあえず気になる事を聞いてみよう。

「どうして、またやり直そうって言ったんですか?」

「柑奈が好きだから」

先輩の言葉に、思わず声が漏れる。

「うそ」

「嘘じゃないよ。あの頃も、今も柑奈が好きだよ」

そう言う先輩の目は真剣で、 とても嘘を言ってるようには、見えない。

「なら、なんであの時、私が別れたいって言った時に、すぐ分かったって言ったんですか?」

一番聞きたかった事だ。私は、別れを切り出す事で、先輩の気持ちを測ったのだ。

「柑奈が別れたいって思ってる事、全く気が付かなかったんだ。両思いになれて、嬉しくて自分の事しか見えてなかった。そんな自分が、柑奈の事を、止めるなんて、出来ないって思ったんだ」

そうだったんだ。今更あの頃の私、ちゃんと先輩に愛されてんだ。

「なんて、かっこ付けてただけかもな。でも、もうかっこ付けるの辞めるよ。俺と、もう一度付き合って」

そう言って笑いかけてくる。

思わず頷きそうになるが、くいどどまった。

「私も先輩の事は、好きです。でも私は、先輩を忘れるつもりだったので、なんていうか・・・」

最後の方は、言葉にならずにうつむいていると、先輩の手が私の手に重なって、思わず先輩の顔を見ると先輩が笑って口を開いた。

「じゃあ、お試しにしようよ」

え?どういう事?

私の反応を見て、先輩が言葉を続ける。

「そんなに堅く考えなくていいよ。初めは普通に遊びに行ったり、会うだけでいいんだ。柑奈がいいと思ったら、付き合おうよ」

それなら、大丈夫かもしれない。少し迷いながらも返事をした。

「じゃあ、お試しでお願いします。」

そんなに、付き合うって意識しなくても良いんだもん。大丈夫だよね。

「良いよ。でも、必ず柑奈から付き合いたいって言わせるつもりだから」

先輩が冗談っぽく笑って言った言葉にドキッとした。


5、取り戻した初恋


目覚まし時計が鳴り響く、薄っすら目を開けるが、すぐ目覚ましを消すと布団に潜り込む。今日は、休みなので、もう少し寝たい。

昨日、先輩と、お試しをすることになり、帰ってからも、なかなか寝付けなかったのだ。そんな事を考えてたら、目が覚めてしまった。

仕方なく起きて、テレビを付けた。冷蔵庫に昨日買ったサンドイッチがあった事を思い出し、コーヒーを入れて席に着く。そろそろ寒くなってきたから、新しいコートを買いに行こうかな?会社の長野さんが言ってた、オススメの映画でも行こうかな?折角の休みだから、勿体無い。やっぱり出掛けよう。 二葉は、デートかな?暇なら、誘おうかな?

眠気もすっかり飛んで、うきうきしながらメイクをしていると携帯が鳴った。

二葉かな?履歴も見ずに携帯を取る。

「もしもし」

「もしもし、今日空いてない?」

ん?明らかに男性の声が聞こえてきた。

元彼と別れてから、休日の予定を聞いてくるような異性は私には、居ない・・・もしかして?

「先輩ですか?」

「そうだよ。お試し中なんだから、和樹って名前で呼んで欲しいんだけど」

「すいません」

「今日、暇?折角だから、出掛けない?」

何が折角なんだろうか?お試しの事か?休みの事か?なんて思うが口には出来ない。

「そうですね。私も暇なので」

「良かった。じゃあ、11時に時計台で」


約束よりも30分早く着いたが、もう先輩は待っていた。

食事をして、映画を観たりとデートを楽しんだ。緊張していたのは、始めのうちだけだった。先輩は私が、気を使わないように楽しい話題を振ってくれるので、本当のカップルのようにリラックスして過ごせた。

それからも、休みになると二人でデートを重ね、平日は仕事帰りに先輩の居るバーに寄るのが日課になった。

水族館にテーマパーク、二人で撮った写真が増える度に、自分の中にあった傷が治っていく。無くした時間を、9年振りに取り戻していった。


昨日のデートを思い出して、思わずにやけてしまう。二人で、恋愛物の映画を観た後、食事をしてひとしきり映画の話で盛り上がった。何より嬉しかったのは、二人の気にいったシーンが同じだったのだ。そんな些細な事が嬉しかった。


6、ライバル出現?お試しでも戦うべきですか?


後もう少しで、先輩に会えると思うと残業も苦にならない。あの頃、こんな風に過ごせたら、別れる事もなかったのかな?もしかしたら、もう結婚してたりして・・・。

1人で想像して、ますます頰が緩む。

最後のファイルを手に取ると、リズム良くパソコンを叩いた。


思わず駆け足しになりながら、会社を出て、先輩のいるバーに向かっている。ウキウキしながバーのドアノブに、手を伸ばすと、不意に後ろから、声を掛けられた。


「あなた、和樹の彼女?」

ん?誰だろう?歳は、私と変わらないぐらいの女の人が立っていた。

「失礼ですけど、誰でしたか?」

「木下です。あなた昨日、和樹と一緒に居たでしょ?」

「はい」

「彼女なの?」

一瞬考える。でも、お試し中で彼女と言うのはおこがましい気がする。

「彼女では、ないと思います」

「じゃあ、どういう関係?」

どういう関係かと言われると困る。私の態度に明らかに、イライラした様子で、着いて来るように言われた。木下さんの迫力に押され、近くの喫茶店に入った。

木下さんは、細身でスタイルが良く、

目がくりっとしていて、はっきり言って美人だ。

「どういうつもりか知らないけと、和樹の事、そそのかすの辞めて」

「そんな、つもりないです」

「じゃなきゃ、ありえないでしょ?和樹は、私が居るのに他の女の所に行くなんて」

私が居る?つまり、木下さんはライバルなんだ。どんな関係なのか、気になる。

「木下さんは、先輩の事好きなんですか?」

「当たり前でしょ。私達付き合ってるんだから」

「え?」

どうしよう。彼女がいたんだ。って、あれ?でも、付き合ってる人はいないはず。もしかしたら、この前先輩が電話で交際を断っていた人なんじゃないかな?戸惑いつつも、なんとか反論する。

「彼女いない筈なんですけど」

「私が嘘付いてるって言いたい訳?」

「先輩は、嘘つくような人ではないので・・・」

「なに、その自信?自分は、特別だって言いたい訳?付き合う気はないけど、他に彼女はつくらせないって事?」

「そんなつもりじゃないです」

「じゃあ、なんなのよ」

木下さんの迫力に言葉もでない。

「もう、いいわ。あんたの事認めた訳じゃないから」

それだけ言い残すと去って行き、私だけ残された。


7、カップル➕1の関係


「はい」

何も知らない、先輩が私に笑顔でコーヒーを渡してくる。

「ありがとうございます」

お礼を言って受け取ると、私の態度に気が付いて、心配そうに覗き込んできた。

「どうしたの?何か元気ないけど」

「そんな事ないです」

慌てて笑顔を、作る。

「もう少しで、仕事終わるから、これ食べてて」

目の前に、私の好きなオムライスが出された。ケチャップのハートが私には、かえって寂しく感じた。本当にハートなのかな?私達、上手く行くのかな?もともと、先輩と別れようと思っていた私と、先輩の事を好きとはっきり言いきれる木下さん、どちらが先輩と居るべきなんだろう?

だめだ、今日は一緒に居ても笑えない。

「ごめんなさい。今日は帰ります」

「そっか。疲れてる?」

「大丈夫です。すいません」


昨日とは、うって変わって暗い気持ちでパソコンに向かう。

「渡瀬さん、もう一度確認して貰って良いですか?」

上司の竹中さんから、さっき終わった筈のファイルが、ごっそり返された。

慌てて確認すると、ミスが多い。

「すいまん。直ぐやり直します」

「いいよ。それは、まだ間に合うから」

「すいません」

お辞儀をして、打ち直す。こんな、はっきりしない自分が嫌だ。仕事に集中しないといけないのに、木下さんの事ばかり、考えてしまう。


やっぱり先輩に、会いたくてバーに来てしまった。思いきって、中に入ると先輩が誰かと話していた。

「いらっしゃい」

私にすぐに気づいて、声を掛けてくれる。先輩と話していた人も、こちらを振り向いた。思わず、私の足が止まる。木下さんだ。

「柑奈?こっち」

呼ばれて、木下さんの隣に座る。木下さんが私をみて、先輩に声をかけた。

「何?妹さん?」

「違うよ。後輩だよ」

「そうなんだ。初めまして、木下柚希です。和樹の大学の友達なの」

わざとらしく、声をかけられ笑顔がひきつる。

先輩と話したいのに、木下さんが大学の友人の話しを振るので、会話に入れない。なんて、そんなのは言い訳で、本当は、2人の親密さに入り込めない。どう考えても、私より木下さんの方が、お似合いだ。

落ち込む気持ちを、明日また会えるからと思って、持ち直した。


木下さんが、私の前に表れてから、先輩と私の二人の時間が変わってきた。

仕事を早目に終えて、お気に入りのスカートを履いて、臨戦態勢で会いに行っても、先輩の傍らには木下さんが居る。

それでも、先輩は私が来るとすぐ気が付いてくれるし、自分の前の席をいつも空けておいてくれる。

メニューを見なくても、私の好きな物を出してくれる。

そんな、小さな特別が私に勇気をくれる。

それなのに、木下さんの手がたまに先輩の肩に触れたり、和樹と親しげに呼ぶ声が、私の気持ちを揺さぶる。

2人の笑い声に押されて、前に進めない私。何の話かな?私にそこに入り込む隙ってありますか?


8、運命の2択?


携帯に、先輩からのラインが入るけど、体調不良を理由に断り続けている。

あれから一週間は、バーに顔を出してないから、先輩も不審に思ってるだろうけど、そんな素振りもない。

自分でも逃げてるのは分かっているけど、とても先輩と木下さんが二人で居る所に行く気持ちになれない。

それでも、頑張って通っていたが、毎回当たり前の様に木下さんが居て、ふたりが笑うたびに、自分だけ取り残された様な気持ちになる。

木下さんが仕事を終わるのを待って、二人で出掛けても、なんだかモヤモヤして、上手く笑えなくなっていた。

気がつくとバーから足が遠のいていた。


ため息をついて、スマホを除くとタイミングよく実家から電話が掛かってきた。

「もしもし」

「もしもし、柑奈。あんた、今お付き合いしてる人居るの?」

突然の質問に戸惑う。

「何、突然。なんでよ」

「なんでって、あんたお付き合いしても、すぐダメになるでしょ。どうせなら、お見合いしてみる気ない?」

「お見合い?」

全く私の中には、ない選択肢で、なんと答えていいか分からず返事に困る。

「お見合いは、普通のお付き合いとは違うから、お互いに結婚したくて会うんだから、上手くいくかもしれないでしょ」

確かに、一理ある。

「良い人居るのよ。柑奈も気に入ると思うわよ。会うだけでも、会ってみたら?」

「でも、会ったら断りづらいでしょ?」

そんなのは、困る。お見合いって会ったら、結婚しないとダメなイメージがあるのだ。

「そんなに固く考えないで、いいから、写真だけでも見てみなさいよ」

本当に大丈夫なのだろうか?先輩の顔もちらつき、取りあえず当たり障りの無い返事をすることにした。

「考えとく」

「本当に?写真送っておいたから、着く頃だと思うのよ」

考えとくって言っただけなのに、了承したかのようになってしまったことで、母親の本気度合いが伝わった。


ピンポーン。

チャイムの音がして除くと、そこに思いもしない人が立っていた。

え?先輩?思わず二度見してしまった。

「はい」

返事だけすると、慌てて自分の服装をチェックする。部屋着だけど、とりあえず最近のお気に入りの物だし、外に出なければいいかと思って、覚悟を決めて、戸を開けた。

「はい」

部屋に入ると、手に有名なプリンのお店の箱を渡される。

「あ、ありがとうございます」

お礼を言って受け取り、机に置くと先輩を中に通してコーヒーをいれる。

「体調どう?」

「あ、大分良くなってきました」

そもそも、体調悪くないし。先輩の声を背中に聞いて、少し悪いなと思っていると、確信をつかれた。

「なんて、会ってくれない理由教えて欲しいんだけど」

バレてる。いや、そりゃあそうだよね。

視線を背中に感じながら、コップを二つ持って、テーブルに置き先輩の向かい側に座る。先輩の視線が気になり顔が見れない。

「そんなんじゃないんですけど」

「じゃあ、なんで来てくれなかったの?ラインの返事もあんまり無いし、もう会ってくれないのかな?って思っちゃったよ」

「それは、無いです」

会いに行く勇気は無かったけど、会えない間も、ずっと先輩の事を考えてたのも本当だった。

「そう?会いたいのは、俺だけかと思って、寂しかったんだけど、柑奈も会いたいと思ってくれてた?」

「はい」

行けないのに、ずっと会いたかった。

「そうなんだ。なら良かった」

本当にホッとした顔をするから、すごく悪い事をした気になる。

「ごめんなさい」

「俺、もう柑奈を失いたく無いんだ。なんか有るなら言って」

真剣な顔に嘘をつけなくなる。

「なんか、木下さんと先輩を見ていたら、凄くお似合いで、私なんて入る隙がない気がして、、、」

「そうだったんだ。話してくれてありがとう。気が付かなくてごめんね」

先輩が頭を下げたので、慌てて顔の前で手を振って、

「私の自信が無いのがいけないんです。先輩は悪く無いから」

「そういうとこ、変わってないね。俺ね、柑奈のそういう所が好きなんだ」

「え・・・」

意外な言葉だった。自分に自信のなくて、上手く立ち回れないのは、私の短所だと思っていた。

「柑奈はいつも周りの事を気にかけてるよね。今回の事だって、柑奈はもっとワガママ言っても良いはずなのに、自分が悪いみたいに言って」

「そんな事ない」

「普通なら、二人で会いたくないの?とか言って怒ってくるよ」

先輩は私の事、そんな風に思ってくれてたんだ。今までの漠然とした不安と、思い掛けない先輩の言葉に、張り詰めていた糸が切れたみたいに、涙が流れた。こんなタイミングで泣くのはずるい気がしたけど、止めようとすればするほど、自分の意思に反して涙が止まらない。

急に肩に、人の温もりを感じた。

先輩が、私を抱き締めた。

このまま、ずっと腕の中に居たい気がした。先輩が私を好きって言ってくれて、臆病な私の不安を拭ってくれる。

はっきりしない関係でも、もう良いかもしれない。

「俺、今月末に留学するんだ」

思い掛けない言葉に現実引き戻される。

「え・・・」

先輩が、居なくなる?私の側から?

訳が分からなくて、先輩の腕を思わず掴んだ。

「嫌だ。行かないで。なんで?」

「ごめんね。前から決まってたんだ」「そんなの聞いてない」

「うん。柑奈の返事を焦らせたくなかったから」

「そんなの嫌だ。離れたくない」

「俺もだよ。柑奈、俺に着いてきてくれない?」

「着いて行く?」

「うん。一緒にイギリスに行かない?いつ帰れるかも、分からないし、絶対成功するとも限らないんだけど」

正直、頭の中が真っ白になって何も言えなかった。

「向こうで、友達とIT関係の会社を起こすんだ。その為に、ずっとバイトして資金集めをしてたんだけど、融資してくれる所が見つかって、やっと夢への第一歩なんだ。柑奈ともう一度会えて、やっぱりあの頃の、俺の好きな柑奈のままだった。再会出来たのも、運命だと思った。欲言うと、もう少しアピールする時間が欲しかったけど、考えてみてくれない」

「でも、私まだ頭の中が混乱してて・・・」

「突然言われても困るよね。まだ、二週間あるから、ゆっくり考えて答えはそれからで良いから」

「分かった」

なんとか頷くと、それからはもう何を話したかも分からない。


程なくして、お見合いの写真が届いた。先輩よりはイケメンではないものの、穏やかそうな人だった。

お母さんは、乗り気みたいで毎日のようにお見合い相手の情報をくれる。

本田譲さん。歳は私よりも三つ上で、

お父さんの会社の後輩、仕事の出来る営業マンらしい。趣味は映画観賞で

自宅にシアタールームまであるみたいだ。

いつのまにか、お見合いの日取りまで決まってしまった。先輩がイギリスに立つ二日前だ。

私、このままどうするんだろう?

先輩と絶対上手くいくとは、限らない。まして、イギリスで上手くやっていける自信もない。

どう考えても、お見合いの方が現実的な気がした。


9、在り来たりの幸せを下さい


「じゃあ、先輩の事忘れるんだ」

この前、二葉に会った時に言われた言葉だ。相変わらず、痛い所を突いてくる。

忘れる。忘れるんだと思う。多分このまま、本田さんとお見合いをして、在り来たりだけど、幸せな生活を送るんだ。

それが一番、現実的だ。

「柑奈?準備はもう良いの?」

お母さんの言葉に振り向いた。もうすぐ、本田さんが家に来る。お見合いと言っても、お父さんの職場の後輩なのでそんなに堅苦しい事はせず、取りあえず今日は家に来て、一緒に食事をする。

ピンポーン。

チャイムが鳴って出ると、何故か木下さんが立っていた。

思わず戸を閉めようとしたら、戸が掴まれて開いてしまった。

ドキッとして戸惑う私の手を掴んで、木下さんはどんどん歩いて行く。後ろ姿しか見る事は出来ないが、後ろから見てもかなり怒っているのが分かる。

こんなに怒ってる人に声をかけたくはないが、仕方ない。もうすぐ本田さんが来てしまう。恐る恐る声をかけた。

「あの、どうしたんですか?私、人と会う事になっているので、あまり時間が無いんですけど・・・」

「じゃあ、単刀直入に聞かせて貰うけど、和樹に着いて行く気はあるの?」

「え・・・」

「何?考えてないの?決めてないなら私が行っても良いよね」

「それは、困ります」

「何で?あなた行かないんでしょ?」

「いや・・・」

「ほら、はっきりしないんじゃない。私、イギリスに一緒に行って、和樹を支える。パトナーになるつもりだから」

言うだけ言うと、木下さんは走って行ってしまった。


言うまでも無く、その後のお見合いは、上手く行く訳もなく。

本田さんの話しに、当たり障りの無い返事を繰り返しただけで、時間が過ぎた。

お父さん達が勧めるだけあって、本田さんは良い人で、この人となら在り来たりでも、穏やかな生活が送れる気がした。

ただ、木下さんの言葉が、何度も蘇り心の隅に引っかかって、取れない。

本田さんとの結婚の方が、明らかに現実的なのに、そう思ったから、お見合いしたのに。私、何やってるんだろう?私は、どうしたいんだろう?


今日、先輩は成田を立つ。結局、結論も出せず、カフェのテーブルに頭をもたげて、カフェオレの氷が溶けるのを見ている。

見送りにも行けず、一人になって先輩を思うのに耐えきれず、二葉を誘ってカフェに来た。

もうすぐ、先輩の乗る飛行機が出る頃だ。

そんな私を見兼ねて、二葉が声をかけてくる。

「木下さん、可愛かったよね。いま風な感じだし、あんな可愛い子に好きって言われて、悪い気しないでしょ」

確かに。静かに頷く。

「まして、あんたが行かないなら、もう断る理由が無いもんね」

無いと思う。また、頷く。

「あの人なら、全て捨てて着いて行くと思ったけど、やっぱり行くんだね」

そうだよね、なんて心で思って頷いた。

「そのうちに、友人1として、2人の結婚式のスピーチ頼まれるんじゃない?」

思わず机からは顔を上げた。

「え?それは嫌。スピーチは無理」

二葉が思いっきりため息をつく。

「そこなの?スピーチが恥ずかしいから、無理つとかって事なの?」

「違う」

「あんたが、着いて行く行かないを別にしても、返事をしないってことは、身を引くって事だからね。先輩が他の誰かと一緒になるって事だよ。あんたは、それを祝福できるの?」

「できない」

「だったら、答えは出てると思うけど」

そうなんだろうか?

「私が、先輩と付き合ったら、木下さんどうするんだろ?」

「あきらめるしかないでしょ」

そうなんだ。私もずっと先輩を忘れなれなかった。でも、木下さんぐらい真っ直ぐに先輩の事を好きって言える勇気が私にはない。それなのにいいのかな?

「本田さんは?」

「他を当たるでしょ」

何やってるんだろう?


そんな私の気持ちに気が付いたのか、二葉の言葉に熱が入る。

「ここで遠慮して、どうするのよ。あんたを好きな、先輩の気持ちは考えたの?」

「考えてなかった」

そうだ、そんな事考えてなかった。

「誰も傷付けない恋愛なんてないんじゃない。あんたがずっと先輩の事ひきずってたのは、忘れる為じゃないよ。もう一度やり直す為だよ」

そうだ。私、もう一度先輩とやり直したい。前に進まないと。自分とこんな私を好きだと言ってくれる先輩の為に。


10、臆病な私に、ラストチャンスください


スマホの時計を確認しながら、走る。こんなに走るのは、いつぶりだろうか?こんな日に、スカートを履いてきた自分を呪いたくなる。

お願い、どうか間に合って。もうすぐ、先輩の乗るバスが出る。このまま先輩と別れちゃだめだ。

バスが見えて来た。先輩が乗るバスを探す。あった。見つけるとすぐに駆け寄るが、バスは無情にもドアが閉まり動き出した。


きっと、いつまでも自分の気持ちと向き合わなかった自分への罰だ。静かに、その場に座り込んだ。

「柑奈」

聞き覚えのある声が頭の上から聞こえてきた。ゆっくり顔を上げると先輩の顔があって、自然と涙が溢れてきた。

「柑奈の追いかけてくる姿が見えたから」

「私、やっぱり先輩が好きです。でも、自信なくって。もし、また別れることになったら、もう立ち直れないかもしれないから」

「うん」

「だから、飽きられようとしてた。でも、無理でした。私と付き合って下さい」

「あの日、柑奈が店に来てくれた日、運命だと思ったよ。もう、離しちゃだめだって思った」

そういいながら、先輩が私を抱きしめた。

「こっちこそ、付き合って下さい」

「はい」

先輩の背中に回した手に力を込めた。


それからは、忙しいかった。いつもは、小さな事を気にしてウジウジしてる私だけど、そんな暇なんてなかった。

まず、お母さん達を説得して、本田さんに事情を伝え、丁重にお断りをした。会社に辞表を出したり、アパートを引き払ったり 、その他諸々の手続きで、2ヶ月掛かってしまった。

良き?ライバルの木下さんに餞別を貰ってしまった。新居に着いたら、二人で開けてみよう。


これから、全てが始まるんだ。ドキドキするけど、きっと大丈夫だって思える。

「柑奈」

出迎えの人混みの中から、大好きな笑顔があった。

「和樹」

少し恥ずかしいけど、ちゃんと前を向いて、先輩に向かって走りだす。

そんな私に向かって、先輩の手が伸びて来て抱きしめた。

もしかしたら、この選択を悔やむ時が来るかもしれない。でも、良いんだ。先輩と、一緒に受ける痛みなら喜んで受けよう。

一度離れて、先輩の頬にキスをした。私の決意が揺るがない様に。先輩は少し驚いて、すぐイタズラな顔をして、私の耳元に呟いた。

「口が良かったな」

先輩を軽く睨んで、背伸びをしてキスをした。

さようなら、私の失恋。また、やってきた初恋に、今度は手を離さない。

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正しい恋愛の終わり方 @Hanakoto

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