糖分多めの二人の日常
赤崎シアン
食事は多くても問題ないよ?
涼しい風と眩しい朝日が窓から舞い込んでくる。しかしあと2時間もすれば暑くなってくるだろう。嫌な季節だ。
風を浴びて伸びをしながら、あくびを噛み殺して壁にかかっている円形の時計を見る。時刻は4時39分。いくら何でも早すぎる。
こんな早くに起きてしまったのにはちゃんと理由がある。
原因は僕のベッドで静かに寝息を立てている彼女だ。
ベッドの上に広がる長い黒髪、白い肌。造形の整った目鼻立ち。目を見張るほどの美人だ。
それが僕のベッドで寝ている
したと言っても服は脱いでいない。服をずらしてもいない。ただちょっと僕のほうが痛いだけだ。
昨日の夜、僕が就寝準備で文庫本を読んでいる時に彼女がいきなり押し入り、流れでそのまましてしまったのだ。
それはもう3日ぶりだったのもあってずいぶん長かったですよ。そして疲れた。
ことが終わると僕は事切れたように寝てしまったようでその後の記憶が全くない。
それを不満に思ったのか彼女は僕の布団に入り込んで一緒に寝てしまった。のだと思う。ただの素人の推理だし間違ってる可能性はある。
そんな推理をしても時間はちっとも進まない。時刻は4時41分。
今日の朝食の当番は僕だし早めに用意してしまおう。
~ ~ ~ ~ ~
オムレツにケチャップを付けて皿に盛って、ソーセージも横に添えて……。後はトーストを焼くだけ、と。
時刻は5時12分。当然、彼女は起きていない。
そして当然、皿は2つある。つまり――
「起こさなきゃ……」
途端に気が重くなる。なぜなら彼女は寝起きがものすごく悪いからだ。
どのくらい悪いかと言うとそれはもう完全に幼児退行する。そのくせに体は女性そのものなのでとても扱いに困る。
早く起きてしまった僕が悪いのだ。そして昨日、彼女が自分の部屋で寝たのを確認せずに寝てしまった僕が悪いのだ。諦めろ、自分。
僕の部屋のドアを開けて彼女が寝ているベッドへ歩み寄る。
相変わらず穏やかな顔で寝息を立てている。
「
彼女――こと優姫さん――の肩を揺すりながら耳元に直接話しかける。
なぜ耳元なのかというと、前に一度狸寝入りをされてからかわれたからだ。
「ん、んんっ」
悩ましげな声を上げて優姫さんが寝返りを打つ。布団が落ちてネグリジェ姿の彼女が朝日に照らされる。
その美しさに思わず息を呑んでしまう。晒された白い肌は僕の理性をいとも簡単に壊滅させてみせた。
あと10センチ。
5センチ……。
彼女の目がうっすらと開き、その瞳が僕を覗いた。
「はるか、くん?」
慌てて手を引っ込めて笑顔を作る。
「おはようございます。朝ご飯できてますよ」
「は、る、か、くん。えへへ」
彼女の目が開くのがあと3秒遅かったら僕は…………
考えるなっ。今は幼児退行した彼女をどうにかするんだ。
「優姫さん、起きましょう」
「ねむい」
「ほら、朝ごはん食べましょう?」
「ごはん、たべる~」
すると彼女は起き上がってこちらに両手を差し出してきた。
「だっこ、して?」
彼女の身長は154センチ。体重は40キロ前半だろう。抱っこできないわけじゃない。寧ろ彼女は軽い部類に入るだろう。
「でも……」
彼女が起きてからずっと心臓がうるさい。寝起きの彼女の一挙一動にどぎまぎしていては先にこっちが参ってしまう。
気にするな。今の彼女は女子高校生の皮を被った幼児だ。(自己暗示)
「だめなの……?」
「わかりましたよ。……ほら」
「やったっ、えへ、あったかい……」
彼女を受け止めると体に柔らかい感触(全体的な意味で)が伝わってきてそれだけで頭が沸騰しそうなくらい恥ずかしい。
「お、起きましょう。早く下りて朝ご飯食べないと……」
「このまま……もうちょっと……」
「ちょ、優姫さんっ」
彼女の体から力が抜けて僕にもたれかかってくる。目を閉じて動かない。また寝てしまったようだ。
仕方ないので彼女をベッドに寝かせる。
どういうわけか彼女は二度寝すると元に戻る。美人の高校生に戻る。ので、そっとしておいて僕は下に降りてトーストを焼くことにする。
~ ~ ~ ~ ~
チン、と軽い音が鳴ってトーストが焼きあがったことを教えてくれる。
トーストを皿の空いたところに乗せて、皿を食卓に向かい合うように2つ置く。
すると階段を下りてくる足音が聞こえてきてリビングのドアが開く。
「おはよう……」
「おはようございます」
「今日は変なことしてなかった?」
「……してませんでしたよ?」
「よかった……」
基本的に彼女は起きた時のことを覚えていない。
しかし前に一度覚えていたことがあってその時は耳まで真っ赤にしていた。
それぞれ席に座って顔を見合わせる。
「いただきます」
「どうぞ」
お互いに無言で朝食を摂る。食事中におしゃべりは不要。食材と作ってくれた人に感謝するべし、というのが彼女の教えらしい。
「飲み物いる?」
「お願いします」
優姫さんが席を立ち冷蔵庫をごそごそやる。
「オレンジジュースでいい?」
「はい」
寝起き(2回目)だが危なげない手つきで飲み物を運んでくれた。
僕も彼女も皿の乗った残りの食事は少ない。食後の飲み物ということか。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
コップの中身を一口飲んで一息つく。
ふと顔をあげると優姫さんがこちらを真っ直ぐ見つめていた。
「どうかしたんですか?」
「結局何もしてくれなかったな、って思って」
コップを持つ手が止まってしまう。
まさか起きていたのか?
「折角添い寝してあげたのにちょっとも手出してくれないし」
「寝込みを襲う男は最低だと思います」
「私待ってたのに」
「僕を眠りに落としたのは優姫さんですよね? 簡単には起きられないの知ってますよね?」
だんだん調子が出てくる。
ガードを固めてないと一発でダウンを取られてそのまま負けてしまうので油断ならない。そのギリギリ感が楽しいのもちょっとはあるけど。
「
「なんでそこに戻りますか……優姫さんはちょっと欲が強すぎるんじゃないですか?」
「よ、欲って、そんなに求めてませんっ」
「でもさっきは待ってたとかなんとか――」
「違うのっ、そんなえっちな女の子みたいに言わないでっ!」
別にそうは言っていないんだが……。ちょっとした冗談のつもりだったし……。
さすがに耳を真っ赤にしてまで否定するのはやり過ぎだろう。
優姫さんはそのまま黙り込んで残りの朝食とオレンジジュースを黙々と胃の中に流し込んでいる。
まあ僕にも原因があるわけだし、反省して静かに食べますか……。
~ ~ ~ ~ ~
そのまま無言で食事が終わり僕は洗い物に、優姫さんはソファで朝の涼しい風に当たって休んでいる。
余程恥ずかしかったのだろうか完全に口を閉ざしてしまっている。
皿2つとフォーク2つしかないので洗い物はすぐ終わってしまった。
そっと優姫さんを盗み見ると背もたれに体を預けて上を向いていた。ここからだと横顔しか見えないのでどこを見ているかまではわからない。
まあ静かにしてくれるならいいんだけど……。
しかしこうも静かだと不安になってくる。いつもなら『早く終わらせて私に構いなさいっ』みたいな視線を送ってくるのだが。
食器は流しの横に立てかけて乾かしておく。
手を拭いて優姫さんの様子を窺いに行く。
「優姫さん? 具合でも悪いんですか?」
「ん? そうじゃないけど?」
「本当ですか?」
「心配性なんだから……」
そう口では言いつつも表情は嬉しそうだ。とりあえず熱がないか調べるしかない。熱の出始めの謎テンションなのかもしれない。
「――……熱はないですね」
「本当に心配性なんだから」
「優姫さん?」
「なに?」
僕らは額を合わせた体勢のまま動けないでいた。
「どうして僕の首に腕を回してるんですか?」
「もうちょっと近づいていたいから?」
何故に疑問形だし。
じゃなくて、近い。互いの吐息が感じられるほど近い。
「ちょっ、朝早いですしっ」
「時間は関係ないでしょ?」
「昨日夜したばかりじゃないですかっ!」
「食事は多くても問題ないよ?」
問題あるでしょ! 太らないんですか!?
「いや、まだ昨日の傷が……」
「もうないよ?」
優姫さんが僕の右の首筋を撫でるように触る。
心なしか彼女の表情がにやりと笑っているように見える。
「折角早起きしたんだし、ね?」
「朝からなんてはしたないですよ?」
段々と首に回された腕の力が強まってきてソファに近づいてくる。
「優姫さんがしたいだけですよね?」
「遼くんだって満更でもないくせに」
これ、完全に退かないパターンだ……。
首を取られて身動きができないし、目は獲物を見つけた肉食獣だし。
諦めよう。諦めて首を差し出すことにする。
文字通りの意味で。
「一度離してください、逃げませんから」
隣に深く腰掛けてパジャマをずらして首を出す。
優姫さんの手が肩に置かれて首に吐息がかかる。
「いい?」
「どうぞ」
すると首に一瞬鋭い痛みが走る。しかしそれはすぐに蕩けるような温かい感触に変わって僕の思考を奪っていく。
噛まれた首が熱く感じてそこの感覚だけが鋭くなっていく。
「やっぱり遼くんは絶品だね?」
「……それならよかったです」
彼女が喋った時に首にかかる息に背中がぞわっとしてしまう。
首に柔らかい唇が当てられて血を吸い上げられていく。
お互いに無言で僕は甘い痛みに、彼女は僕の血の味に酔いしれていく。
しばらく優姫さんの喉が動く音しか聞こえなくなる。
ざらりとした舌の柔らかい感触が快感としてダイレクトに頭を揺さぶる。
「んんっ」
「……はぁ、美味しかった。ありがと」
「どういたしまして」
優姫さんが口を離して顔を至近距離で見合わせる。
昨日の夜にしたのにまたしてしまった。
押されれば断れないの性格なのだが、さすがに甘すぎるだろう。
「だるくて動けませんよ……」
「休んでて、旦那さま?」
可愛らしく少し腰を折って僕の顔を覗いてくる。
どこでそういうのを覚えるんだ……。
「僕は結婚した覚えはありません」
「遼くんの未来のお嫁さんなんだから、練習しとかないと」
ため息をついて回答を放棄した。
多分答えたら負けだろう。そのまま流れで婚姻届けにサインさせられてしまいそうな気がする。
「今日はどこにデートに行こっか?」
不意に投げかけられた無邪気な笑みに僕は不覚にも声を失ってしまった。
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