糧としての生

花園の思想

糧としての生

 私の妹の夫は下等な者の殺処分を仕事としていた。


 下等な者は怠惰で無知であるが鞭を打てば働き者になる、そういう性質から社会の歯車として酷使させ、衰退したものをすぐに殺処分する者やある程度文化的な生活、休息を与えた者がいたがその中でも高飛車である貴族は下等な者を愛玩動物として扱っていた。上では美学、流行りによりある程度の作法、芸を求めておりその傲慢は調教師という職を格のあるものした。新聞で見かけた下等な者は首輪で繋がれた愛玩動物として醜く完成していたが上手くいくものは少なく逃亡や発狂して大半は資本家の所に行くか殺処分されるという。


 貴族、調教師、短気な資本家は彼らが自由ではない限り糧が得られる、子供たちが自由に遊べるのは地雷原を歩いた者の犠牲であることを、その恩恵も享受されえるものだと理解していた。それは資本家特有の講釈であっても身近な死は生きるための手段であると彼も理解していた。故に彼は糧として彼らを殺した。


 殺処分は主に難病、後遺症、逃走者を対象としており捕まり次第収容所に入れられ圧死される。塊となった遺骸を荷台に積み直し肉に混ざった骨で機械が故障していないか確認をする、それで彼は生きてきた。しかし魂の無い塊は生前の姿を求め奪う為断末魔や壁の引っ搔き痕を彼らに残した。他を犠牲にする安易な繁栄を望んではいけないのか、怨嗟は死への恐怖がもたらした廃液だ、と紛らわそうとするがそれは生々しく身近であった。彼も同僚も何種類かの薬を定期的に服用しそれを見聞き逃せるようにしなければあの塊と同じ様になることは自明だった。


 皆、酒と薬の堕落した虚ろな眼差しで役割を熟していき画面越しに手を動かす様な日々を自覚し続けさせられた或る幾日経った時に彼は上から職場の移動を告げられた。その話は家を新しく借りなければならない程遠く無く給料も幾分上がるが今の仕事より幾分体の負担の多くなるとのことだが彼は引き受けた。


 新しい職場は骨を磨り潰す音が響く火葬場であった。殺処分した遺骸は火葬場に運ばれ骨と異臭を残し燃え、その残り粕を彼は手動の機械で磨り潰し一面白濁色の庭に撒いた。勤務時、意識は手を動かすことにいき或る一瞬収容所の不吉な反響が彼の脳髄をより酷く震わせることが度々あったが大きく開いた窓、から除く日の白い光、を浴びる質素で機能的な備品、を手に取り誰も喋らず慎み深い祈りを捧げるように手を動かす、その火葬場の厳かな雰囲気、それが彼を、同僚を、悲願する声から防いだ。そこはかつて収容所のような堕落した世界ではない場所、資本家の教会。それは仕事であり、懺悔であり、罪からの救済であった。皆時間が来ると自分の行いに満足しないが重荷を下ろし家族の所へ戻っていく。


 しかしそんな日々は一年も続かなかった。或る日、銃器を持ったものが町に溢れ、貴族の体が木の枝にぶら下がった。通勤中の彼は急いで火葬場に向かったがそこは銃器を持った者たちが取り囲んでおり収容所に行くと下等な者が毛布にくるまっており、湯気が上がった湯飲みを手に取っていたのを見た。そこで彼は決断し兄弟を連れて亡命した。そして私の妹と出会った。


 彼を家に迎えるにあたり彼の罪が国家間での重大な問題、彼の背負う罪は世界全ての人々に語り続かれる忌まわしき記憶となり人間の悪徳性を証明する物であることを私は悩ませた。悪は優劣をつけるものでは無い、彼が行ったことを決めたのは上の者であるがそれを行うのは下の者である。この世には完全な正義は存在しないと断定できる、が完全な悪は存在しうるとは断定できない。そうでなければ戦争など一度も起こっていないだろう。私は家族を説得し彼と妹の結婚を受け入れた。


 数年後、彼の祖母が亡くなり兄弟を連れ帰国した。祖母の葬儀の時収容所の反響、火葬場の冷徹さが頭をよぎり今生の別れと思い、訪れた。もう死んだ場所であり生きているものが踏みこむと生気を吸い取られこの場所の一部になってしまうのかと思われたそこに踏み込み身に覚えのある残骸を眺めて行った。足を止めることなく歩いていたがふとした音に気をとられてしまった。何かを食べる音。彼はある種の名誉あるいは家長的義務から無理に足を動かし音がする方へ体をこわばらせながら進む、とそこに生き残った生き物がいた。そしてそれはかれの同僚を食していた。圧死されていただろう生き物が生きて居て、その死骸を運ぶ見知った同僚は死んでいた。思わず一歩引くと地面を摩った音でそれは振り返りそして喋った。



 引き止めなかった私は後悔しながら生きていく。

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