第40話 vs オトナ系担任
「先生、まだ帰られないんですか?」
「ん?ああ・・・」
出席番号28番、堤
「・・・堤、ね」
曲者だらけの私のクラスの、ただ一人って言ってもいい常識人、か。個性豊かなあいつらに振り回され続けているみたいで、最近は叫び声が聞こえたら大概は堤のものだからな・・・。ただ、あいつのお人好しっぷりも、他の奴らに負けず劣らず異常か。
「・・・さて、と」
私はぱらぱらと出席簿を見ながらふと考える。私も多少は教師としてのキャリアがあるからな・・・。お人好し、人の頼みを断れないタイプってのは、知らず知らずのうちにストレスを溜めていることが多い。あいつの場合、外から見ても一切分からないから、一回くらい、腹割って話すことも必要な気もするが。・・・いつか、心を病ませないためにも、な・・・。
「・・・ま」
その話をいつするか、っていうのもまた問題だが。とりあえず、今日は仕事も終わったし、帰るか。私は荷物をまとめる。
「ん?」
校舎を出て、駐車場へと向かう途中、遠目に誰かがうなだれているのが見える。
「はぁ、まったく・・・」
もう夜も遅い。部活動も終わり、生徒は帰らなければいけない時間。そんなとき、噂のあいつ、か。
「おい、堤」
「え?・・・あ、先生!」
「何してるんだ、こんな時間に。もう生徒は帰る時間だろ?」
「まぁ、いろいろと・・・」
・・・さしずめ、クラスメイトの誰かの無茶な要望に答えていた、ってところか。・・・今日は金曜日で、明日は休み。ここは一つ、担任らしいことをしてみるか。
「堤、今から何か用事あるか?」
「えっ?いえ、何も・・・。もう家に帰ろうかと・・・」
「そうか、じゃあちょっと私に付き合え。飯でも食いに行くぞ」
「えぇ!?」
えらく驚くな・・・。
「何だ?門限でもあるのか?」
「いや、無いですけど・・・」
「じゃあいいだろ?たまにはこういうのもな」
「・・・はぁ・・・。でも、連絡はしておかないと・・・」
「ああ、そうだな・・・。ちょっと待ってろ」
私は携帯電話を取り出し、一通の電話をかける。
「今のって・・・」
「お前の親御さんだ。少しの間お前を借りる旨を伝えた」
「・・・何で私の親の携帯番号知っているんです?」
「何を言う。私はお前の担任だぞ。それくらいは把握している」
「そういうものですか・・・?」
「お母さん、何だか嬉しそうだったぞ。赤飯を炊いて待っているそうだ」
「母に何て言ったんですか!!」
・・・赤飯の意味も分かる、と。最近のガキはませてるな。
「それにしても先生・・・」
「ん、何だ?」
電話を鞄にしまっているとき、堤が不満そうに話しかけてくる。
「・・・もう少し、ご自分の胸には気を配られた方がいいかと。少々、露出しすぎじゃないですか?」
「・・・ああ、これか」
勤務中は堅苦しい服装じゃないといけないから、胸はボタンで閉じて隠しているんだが、あれ、苦しくって肩凝るから好きじゃないんだよな・・・。だから学校から出たら、つい胸のボタン外して無防備になってしまう。
「私へのあてつけですか・・・」
「ん?お前、胸の大きさを気にしてるのか?」
「べっ、別に、そういうわけじゃ・・・」
「私はこれくらいでいいと思うが」
「ひゃあっ」
私は堤の胸を鷲掴みにする。
「な、何するんですか・・・」
堤は胸を両手で抑えてうずくまる。
「そんなもの、気にするな、ってことだ。ほら、行くぞ」
「・・・でも、どういう風の吹き回しで・・・」
私の車の助手席に堤を乗せて、近くのファミレスへと向かう道すがら、堤が不思議そうに尋ねる。
「私が生徒と関わっちゃおかしいか?」
「・・・こう言ったらあれですけど・・・、先生、私たち生徒に特に興味がなさそうなので・・・」
そんなつもりはないんだがな・・・。ただ、根っから性格が適当というか、その場その場で生きてるから、そう思わせてるのか。
「そんなわけないだろう。生徒の名前も全員覚えてる。1番が綾貸、2番が伊都式、3番は・・・、忘れたが」
「駄目じゃないですか!まだ3人目ですよ!?」
「だが、3番だけだ、4番目以降は覚えてるぞ」
「もっと駄目ですよ!!臼井くんが可哀想じゃないですか!」
「あぁ、3番は臼井か」
「・・・いい加減覚えてあげてくださいって・・・」
「あいつ、影薄いんだよな・・・」
「そうかもしれませんけど、もう何回目ですか・・・」
「・・・まぁ」
確かに、結構な頻度で、点呼のときもあいつ飛ばしてしまうしな・・・。ふん、こんなだから、興味がないとか言われるのか。
「いらっしゃいませ!」
ファミレスに着き店に入る。しかし、生徒といっしょに食事をしようなんて、我ながら大した気紛れだ。
「お煙草は吸われますか?」
「ああ、っと・・・いや」
つい、いつもの癖で・・・。堤もいるんだったな。
「あっ、いいですよ、先生」
「うん?」
「先生、煙草吸われますよね?私のことを配慮してくださっているのなら、お気遣いなく」
「何を言ってる。知ってるだろ、副流煙の方が体に悪い。お前の体を蝕むわけにはいかないからな」
「あ、すみません」
「というわけだ。2名、喫煙席で」
「あっ、えっ!?」
・・・いいリアクションをするな、相変わらず。
「冗談だ。禁煙席に案内してくれ」
禁煙席について、何か適当に頼むように促す。気を遣っているのか、なかなか自分から言い出さない堤に無理やり頼ませてな。食事が届いて、箸をつける前に堤が口を開いた。
「あの、何かお話があるんですよね・・・?」
「私がただの善意で動くわけがないと?」
「・・・えぇ、まぁ、正直に言えば・・・」
「ふん」
私の性格を良く分かってやがる。
「ま、そうだな。とは言っても、深刻な話じゃない。堤もそう気張るな。ただ、少し気になることがあってな」
「・・・気になること?」
「お前、最近クラスメイトから振り回されてるだろ」
「あぁ・・・。確かにそうかもですね」
「・・・嫌か?」
「まぁ、大変は大変ですけどね。みんな結構・・・いや、かなり無茶苦茶ですから・・・」
「まぁ、そうだろうな・・・」
あいつらは私でも手を焼く。
「でもね、先生。嫌じゃないんです、全然。みんな、こんな私にことを頼りにしてくれているんだ、って思うと、むしろ嬉しくて」
「多分、今の私って、恵まれてますから!」
「・・・!・・・そうか」
ふっ、ただの取り越し苦労だったか。幸せそうな、良い顔してやがる。
「ただ、みんな私をいいようにからかっているような気がして、それはちょっと癪ですけどね」
「そう言うな。とどのつまり、クラスメイト全員・・・」
「お前のことが大好きなんだよ」
「へっ?」
「頼りにしてるぞ、私も含めてな」
「な、何ですか、急に・・・」
顔を若干赤らめて照れる。可愛い奴だ。
「何でもない。ま、喰いながらでも聞かせてくれよ、最近何があったのか」
* * *
堤のなかなか大変な話を聞きながら、私たちは食事を終えた。
「ありがとうございました!」
「堤、ご馳走になる」
「私が払うんですか!?」
「なんてな。私が出すに決まってるだろう、一割」
「一割かよ!!」
とうとうタメ口か。
「堤、一応言っておくが、私は年上で担任だぞ」
「あ、す、すいません、つい・・・」
「ほら、丁度だ」
ファミレスを出る。
「そうだ、最後に一つ言っておこう。胸の件だが」
「最後にそれですか・・・」
「私も高校生の時は、堤ぐらいだった」
「えっ、ホントですか!?」
・・・今日一番の食いつきだな。目を輝かせて・・・。
「嘘だが」
「嘘かよ!!」
またも。
「やめてください!その嘘は最早暴力です!」
「すまん、すまん」
* * *
私は堤を助手席に乗せて、堤の家まで車を走らせる。
「堤、今日は・・・」
・・・反応がないな。
「すー、すー・・・」
「・・・ん、寝てしまったか」
そこまで疲れさせたつもりはなかったが・・・。ま、言っても教師と食事っていうのも緊張するか。胸の大きさを気にする年頃の女の子で、友達思い。こうして見ると、ただの普通の女子高生なんだがな。
「・・・可愛い寝顔をしてやがる」
きっと、こいつのツッコみ続ける日々っていうのは、これからもまだまだ続くのだろう。何せ、あいつらが相手だからな。
「頼りにしてるぞ、本当にな」
next to summer vacation...
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