死神さんと誰かさん

東雲一

第1話 迷い人

 私が住む地域の言い伝えにこんなものがあった。山の奥深く、人が寄り付かない場所に死の世界へと続く洞窟があり、そこには「死神」が住んでいると。

 そんな言い伝え、幼い頃から聞いているが、年をとり頭にあった髪がこぼれ落ち、この場所にくるまでは信じられなかった。

 私は、暗い洞窟に吸い込まれるように奥に進んでいる。洞窟は、山中をさまよっていると、突然、現れた。


 今までこんな洞窟あったか......。


 と、少し心に引っかかるものがあったが、私は無性にその洞窟に入りたくなり、気づいた時には、中を歩いて進んでいた。まるで、私のような人間を洞窟が誘い込み食らわんとしているかのようだ。

 御歳40才、頭でせいで実際に老けて見られてしまう。頭は遺伝。否。ストレスだ。長年、勤めていた会社で不祥事が発覚し、それから、あらゆるコスト削減を試みるが、売上が伸び悩み倒産。そのストレスで、私は急に老け込んでしまったのだ。だから、洞窟に食われようが、死の世界につながっていようが、それでもいいかと思ってしまうのである。


「それにしても暗い。まるで、宇宙空間にたった一人投げ出されたかのようだ」


 独り言を話していると、洞窟の奥の方から声が聞こえた。


「一人じゃないよー。おじさんもポテチ食べる?」


 よくよく見てみると、洞窟の奥で地面に横になり、右手で頭を支え、左手で袋入りのポテチをむさぼる人物がいた。


 なんだ、このていたらくな奴は。適当に話しを合わせておくか。


「いらないよ。君はこんなところで何してるんだ?」


「暇だから、見ての通り、ポテチ食ってるよー。あっ、ヤバい。もう少しで、ポテチなくなりそう」


「わざわざこんなところで食べなくても、いいんじゃないかな。家で食べるとかね。できるんじゃないかな」


「ここが家みたいなもんだからね」


「もしかして、君、ホームレスなのかい?」


「違うよー。この場所はプライスレスだけどね」


 ほほー。こいつ、ホームレスとプライスレスをかけたのか。この年になっても、駄洒落の良さが分からん。


「ここ、言い伝えの場所とそっくりだね。死神がいるという洞窟に」


「そうだよ。ここがその洞窟だよー。ここにかっこいい死神がいるだろ。ここにさ」


 死神と名乗る人物は、尻をかき相変わらずポテチを食べながら言った。失礼にも程がある。小学生でも人の話はまだちゃんと聞くぞ。


「そうかい。そうかい。死神なのか......」


「おじさん、僕の言ってること信じてないでしょ。まあ、いいや。ポテチなくなったから、外まで買いに行ってくれない」


「うん!?なんで、私が買いに行かないと行けないんだ!!」


「この季節、外は寒いし。それに、仕事の都合上動けないんだよね。まあ、仕事がなくても動かないんだけどさ」


 死神を語る男は、ポテチの袋をあさり、中を覗くと、残りかすを指でつまんで食べた。


「私には、面倒くさがってるだけに見えるがね。それに、山の中だろ。ポテチ買いに行くとなると、徒歩で20分くらいかかるはずだ。君のためにそこまでする義理はない」


 この自称死神男に付き合うのも面倒だ。そろそろ、帰ろう。


「それでは。失礼させてもらうよ。ただ、なんとなくここに来ただけなんだ。ただ、なんとなく......」


「ええ、もうおじさん行っちゃうの。それじゃあ、ついでにポテチ買ってきてね」


 どれだけポテチが食べたいんだ、こいつ。そんなに食べたいなら、自分で買ってこいよ。それに、ポテチ買いに行ったら、またここに舞い戻ってくることになるのでは。


「悪いね。ポテチは買わないよ。妻が家で夕食を作って待ってるんだ」


「ええ~。そんな~。ポテチ食べたかったな。でも、まあ、いいや。今日じゃなくてもいいや。翌日ぐらいに、買ってきてね(^_^)ノ」


「ははー。気が向いたら買いに行くよ」


 絶対に買いに行かないがね。


「おじさん、道に迷わないでねー」


「大丈夫だよ。人生には迷っても、帰り道は迷わんさ」


 なかなか、うまいこと言ったんじゃないのか。

 自称死神男の顔色を窺うと、男は目を開きながら、


 グーグーグーグー


 といういびきをかいていた。

 そんな寝方あるか。初めて見たぞ。失礼を通り越して、ある意味、狂気を感じる。

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