楽書きこれくと
小雨路 あんづ
キイナの手鏡
鏡の真ん中 うねった幹に咲いた一輪の花。
どこからか聞こえてきたような笑い声の残る喫茶店、風に白いカーテンが揺れる窓際のテーブル。
たった一人で鏡を眺めて目を伏せた。
―――あぁ、理不尽だなぁ。
祝福と期待。そんな中私たちは生を受けた。
黒、赤、白の3つの才能。2人の兄たちが主から笑いかけられるのを見てた。その視線がこちらを向いた途端。
笑顔もつくれない、乱れた髪も言葉にならない声も私のすべてが恥ずかしくて。
挨拶もできず部屋の隅に逃げて膝を抱えてる。
窓の外に咲いた花はとても「綺麗」で、泣き腫らした目でいつも見てた。
比べて私は。
なんていらない子だ。誰も気づかないで。あぁ、消えてしまえたら。
言いたいことも知識もたくさんあるのに、それはなぜか言葉にはなってくれなくて。
唇を噛んで俯いた。
おかしなことにこの世界では私たちは神に等しくって。どんな不条理も思いのままのはずなのに。
この理不尽だけは変えられそうもなくて。
普通になりたいだけなのに、そんなちっぽけなはずの願いすらたいそれて叶わない。挨拶すら返せないのが恥ずかしくって泣いてる。
鏡の真ん中 うねった幹の先の蕾。咲かないままで終わる未来にどうしても名前をつけられない。
怯えたままの強張った顔、ぐちゃぐちゃの服も。恥ずかしくて逃げ出そうとする。そんなのいけない、だめだよ。
泣き言で自分に言い聞かせる。もう、わかんないよ。
お日様のような声を降らせる主。太陽の下が似合う笑顔で、部屋の中。カラフルなおもちゃで遊ぶ黒と赤と主のつないだ手はうれしそうで、そこに入っていけない私を影が責め立てる。
「できないなら望まないで。……ほんと、いらない子だね」
床に転がった青いビー玉は、とても「綺麗」で。泣き腫らした目で、部屋の隅から見てた。
鏡の中にうつった私はとても不快でみすぼらしくて。
誰の目にもうつらないように。祈りながら日陰でただ膝を抱えて泣いてる。
あの中に入っていけない、邪魔な私はどうすればいいんだろう。どうか誰も気づきませんように。消えてしまえたらいいのに。
「可能性のまま終わる未来なんてないよ」と「一緒に行こうよ、大丈夫だから」って。
声にひかれて顔を上げれば、黒い目の主が手を引いた。
こんな不思議な魔法にどうしても名前がつけられない。
泣いてないで言葉を放そう。
言いたいことも知識も全部全部話そう。
こんなことに気づくまでにこんなにかかった。もう、バカでしょ?
廻り廻って何百回、至ったのは未来で。巡り巡った何千回の「ごめんなさい」の先で。
成長を止めた僕たちは変わらない主を大切に抱きしめる。
おかしなことにこの世界では僕たちは神に等しくって。
その対価すら僕たちのもののはずなのに、差し出したのは全部主で。
血塗れの手で透明な壁を叩いても、声が枯れるほどに叫んでも、どうしても届かなくて。
それでも主は「みんながいるから寂しくないよ」ともう動かない表情で笑うから。
この世界に少しでも意味を見つけられそうなんだよ。
櫛で髪をとかしてピンをとめて、服を整え口の端を吊り上げてさ。嫌味なんか吐いてみたりして。
今日も主と一緒にいようか。
鏡の真ん中 綻ぶ花を指でなぞって。
「こんな幸せ、理不尽だよ」と苦笑を返したら。
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