予定を立てられない彼に愛を誓えますか?

ちびまるフォイ

予定たてられるわけないだろーー!!

はじめて飲み会に参加した日の事だった。


「へぇ、それじゃあ休日は何してるんですか?」


「いや別に……」


「なにもしてないの?」


「なにもしてないってことはないけど、

 特別なにかしているってわけでもないし……」


「普段は家でなにしてるの?」


「別に……なにもしてないかな」



「え、それ生きてて楽しい?」


その日の飲み会は俺の日常をどうするかを酒の肴に大盛り上がり。

でも、まるで「この世の娯楽を何も知らないかわいそうな奴」と

扱われているようでいたたまれなくなった。


その日以来、自分の真っ白なスケジュール帳を見ると、恐怖がよみがえる。


「ああ、埋めなくちゃ……! スケジュールを入れなくちゃ……!!」


・平日は仕事終わりにジムに行って汗を流す

・友達と飲み会を毎日行う

・休日は必ず出かける

・連休は旅行もしくは遠出を行う


恐怖の反動もあって、スケジュール帳に予定を隙間なく入れた。

わずかでも空白があるのが怖いので、大統領のスケジュールのように分刻み。


「あ、ごめん! 次の予定があるからいかなくっちゃ」


「すごいなぁ、お前ものすごくリア充しているな。俺も見習わなくっちゃ」


予定びっしりの俺を見て友達は感心する。

予定がある事イコール充実していると思われているらしい。


こっちはもうそれどころじゃない。


「ああ、忙しい!! こんなに予定がいっぱいじゃ休まらない!

 でも予定がなくて冷やかされるのはもっと怖い!!」


たいしていきたくもない話題の店に足を運ぶ。予定で決まっているから。





その道中に、体の限界がきて意識を失った。


病院で目を覚ますと医者は困った顔をしていた。


「あなた、予定アリ恐怖症ですね。まったく無茶なことをする」


「予定アリ恐怖症?」


「予定がない自分が人より劣っていると思い込んで、

 ムリな予定を入れ込み過ぎる現代の病気ですよ。最悪死にます」


「はぁ……」


自分が病気だと正式に宣告されると、これまでの過密生活の異常性を客観的に納得してしまう。


「この病院での治療するうちは予定入れるのはダメです。

 逆らったら……最悪死にます」


「何する気ですか!?」


予定アリ恐怖症を治療するために入院生活がはじまった。

病院では毎日やることもなく、なんの予定もなく過ごさなければならない。


初日は恐怖症の影響で体の震えが止まらなくなった。


「ああああ……予定を入れなくちゃ……忙しくなくちゃ……充実しなくちゃ……!!」


最初こそ天井にへばりついたりと、恐怖の影響で人外になるレベルにおかしくなっていたが

なんの予定もない平坦な入院生活を通して徐々に恐怖症は治っていった。


「おめでとうございます。本日であなたは退院ですよ」


「退院って急に言われるものなんですね。もう大丈夫なんですか?」


「さぁ」

「え」


「いや、ずっと入院してくれるもんだから、金づるにはちょうどよくって。

 でもあなたよりも、お金をかけて入院してくれる人が来たので

 ベッドの空きが欲しかったのです」


「ただの追い出しかい!!」


病気はあくまでも精神的なものだったので、いつでも退院できたらしい。

久しぶりに病院に出ると、もう予定が無い事への恐怖はなくなっていた。


病院の外には女性が立っていた。


「あの、私の事覚えてますか? ほら、飲み会で」


「ああ。あのときの」


「今日が退院だって聞いたので、話したいことが。

 あさっての土曜日って予定ありますか? よかったら飲み会を――」


「ぐあああああ!!」


「ど、どうしたんですか!?」


あさっての予定を聞かれた瞬間に胃がぎりぎりと痛み始めた。


「なんだこれ……まだ予定は入ってないのに……!!

 予定アリ恐怖症じゃないぞ……!? ぐううう……!!」


退院したその日にまた病院へアイルビーバックするとは思わなかった。

レントゲン写真を撮って医者は困った顔をした。


「レントゲンいみねぇわ」


「なんで撮ったんだよ」


「あなたは予定ナシ依存症になっていますね。

 なにも予定が無い病院生活を続けていたことで、

 未来の予定があって自分の行動が制限されることでストレスを感じるんです」


「そ、そんな……!? 治療できないんですか!?」


「精神的なものなので、あなた自身が普通の日常を送り続けることで

 治療されていくことはできますが……薬とかはないんです」


「うそだ……」


まさに絶望。

予定が無い事でおかしくなる恐怖症を治したと思ったら、

今度は予定を立てるとおかしくなる病気を発症してしまった。


むしろ、こちらの方が日常的な悪影響は大きい。


「あの、今週の日曜日に映画を見に行きませんか?」

「ぐああああああ!! 未来ぃぃぃぃぃ!!!!」


「来月の納期までにクライアントに届けるように!!」

「ぎゃああああ!! 来月ぅぅぅぅ!!!」


「そこのしょうゆ取って」

「あ、うん」


仕事も日常も未来への予定ありきなので、とても手がつかない。

醤油取るとか、ごくわずかな直近の約束なら影響はない。


「こ、これだ! 解決策はこれしかない!!」


予定を立てることができないので、関係者全員にそのことを伝えた。


「いいですかみなさん。俺に話すときはすべていきなり話してください!!

 断るときはすべてドタキャンでお願いします!!

 絶対に、予定や約束などを伝えないようにお願いします!!」


「「 お、おぉ…… 」」


これなら大丈夫なはずだ。

いきなり「今日空いてる?今から飲み会いかない?」なら病気は出ない。

完璧だ。


……と思っていたが、誰からも誘われなくなって問題に気が付いた。


「お、おかしいぞ……断り続けていた以前よりも誘われなくなっている……!」


よく考えてみれば当日の誘った時間にいきなり行く予定なんてほぼない。

デカいしゃもじをもったヨネスケくらいなものだ。


今日の○○時に集合、というのもできない人間をわざわざ誘う人なんていない。


「ああ……もうだめだ……死にたい……」


自分の家で畳の目を数えていると、インターホンが鳴った。

インターホンは急に来るので病気が発症することはない。


「はい、誰ですか?」


『あの、飲み会のときの……覚えますか?』


「さすがにね。どうしたの?」


『だいぶ落ち込まれていると友達に聞いたので』


「ああ、あなたこそ女神だ!!」


予定が立てられない生活の影響で周りから人は遠のいていった。

それによる寂しさは感じていたので、本当に人が来るのが嬉しかった。


俺は自分の病気を洗いざらい話して、

今の誘われなくて寂しい気持ちから、頭頂部の頭皮後退ぐあいまですべて話した。


「それは……大変ですね」


「どっちの方が?」

「病気です」


「そのうち治るとは思うけど……ここまで友達がいなくなると

 本当に寂しくて震えるよ」


「それなら簡単な解決策がありますよ?」


「え!? 本当!?」



「私を経由すればいいんです」


あれだけ悩んでも答えが出なかったことを、女の一言であっさり解決した。

最初は女の考えがわからなかったものの一緒に生活することで理解した。


「明日の土曜日だけど空いてる?」


「はい、彼は空いてますよ。私が当日にいきなり伝えておきますね」


「ありがとう。助かるよ」


友達からの誘いや予定はすべて彼女におまかせする。

当日になっていきなり彼女から俺に連絡すれば病気は発症しない。


「ありがとう!! 君のおかげで普通の日常が送れるようになった!!」


「いいえ、力になれてよかったです」


彼女なしではもう日常生活を送れない。

毎日彼女と一緒にいるうちに、ふと気が付いた。


「でも、正直俺の秘書みたいな生活大変でしょ? ごめんね、迷惑かけて」


「そんな、気にしないでください。それに――」


彼女は伏し目がちにぽつりぽつりと話し始めた。


「ずるい女かと思われるかもしれないですが、あなたの病気を知って

 この解決方法を思いついたとき、ラッキーって思ったんです」


「俺そんなにポケモンに似てる?」

「そっちじゃなくて」


「理由をつけて、あなたの隣に入れるじゃないですか」


ラノベ主人公もかくやというほど鈍い俺もやっとわかった。

彼女がどうして飲み会のときから、病院の退院後も来てくれていたのか。


その気持ちを知ったとき、俺も自分の気持ちに気が付いた。


「ありがとう、俺はもう君無しじゃ生きていけない。

 君が隣にいるときに俺は自然体でいられるんだ」


「それは病気のせいで……」


「この病気が治っても、俺の隣にいてくれますか?」


「はい、私でよければ」


お互いの気持ちを確かめたふたりはプリキュアになることを決めた。

結婚式用に最大限に美しいウェディングドレスも買った。


以前は人にお金を出すことを拒むケチな俺だったが、

彼女のためとなれば臓器でも売ってしまえるほどに彼女にくびったけ。


彼女のために準備した豪勢な結婚式場で、

たくさんの友人とクローン人間を集めて盛大な式があげられた。


もう彼女しかいない。

そして、これからも彼女と一緒に歩んでいく。


「未来の予定を立てられない俺にここまで一緒にいてくれてありがとう。

 愛しているよ。こんな気持ちになったのは君だけだ」


「ええ、私も愛しています」


彼女は美しいタキシードに身を包んで、俺は真っ白なウェディングドレスを着る。

一生に一度の晴れ舞台。ここで愛を誓う。


結婚式はたくさんの愛と祝福に包まれながら進んでいく。

参加者は感動に涙を流し、美しいステンドグラスから光が入る。


結婚式も終盤にさしかかり、

感動のクライマックスのシーンへとさしかかる。


それは、誓いの言葉。


神父の誓いの言葉が読まれていく。


「汝、元気な時も健やかなるときも、

 病める時も妻を一生愛し抜くと誓いますか?」





「とんでもない!!! 一生の約束なんて無理だ!!!!」

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