合鍵

言無人夢

第1話

 監視カメラ越しに感じる視線は結局のところ僕の自意識過剰なのではないかという気がしてきました。しかし僕は音を立てて階段を上りながら、やはり想像するのです。それらのカメラは各階の廊下の端から、階段やエレベーターの据えられた方に向けてあって、つまり階段を登り続ける僕は僕の住んでいる四階に至るまで。各階を跨ぐたびにカメラ越しの誰かに対して消えては現れるを繰り返していることになります。


 それは毎朝このアパートの植木に水をやる無愛想な管理人であるのかもしれないし、あるいは現在でなく明日か明後日、最悪の場合ひょっとしたら数日後。警察署の誰かしらが何かしらの証拠としてその映像記録を再生するのかもしれません。道化のように画面に入り、同じ端へと消えていく僕の背中を。


 僕はさて、四階にたどり着いて。その目に映った映像を今現在のものだとは到底信じられませんでした。


 僕の部屋の前で腕を組み、こちらを睨みつけるように一人立っていたのは先月の終わりに僕にハイヒールを投げつけた彼女だったのですから。


「遅い」


 ちょっとちょっと、そういう傍から聞けばまるで僕が悪いみたいな言い方をするから僕だって立てたくもないイラッを立てざるを得なくなるのです。ねぇ、ガラスの靴を投げ捨てたくせに、未だ王子様を求めるのはもうやめてくださいよ。


 なんて揶揄混じりの言葉は口にも顔にも出さず、僕は微笑んで見せました。


「入って待ってれば良かったのに」


 少し話は変わりますが僕について誰かに述べさせた時、その良い所と悪い所は一致します。つまりこれなのです。内面の不平不満を表に出さず、出来る限り周囲に波風を立たせない。だから初見の人は好ましく思い、旧知の人はつまらなく思うらしいのです。勝手だろうほっといてくれと、僕が口に出すことはやはりありません。


 しかしそんな僕の努力と呼べなくもない性質はこの時、約束もしていないくせにあたかもそんなことは察して当然とばかりの彼女にとっては最悪の回答を用意したらしいのです。


 彼女は藪睨みに僕を睨みつけました。


「えっと、何?」


 彼女は瞬間、迷ったみたいでした。恐らくこのまま帰ってしまおうかと。しかし思い直したらしく顎でドアの方を指しました。決して家主への礼儀として自分から開けることをしなかったというわけではないようです。


 ため息を隠して、これくらいの当てこすりは良いだろうと。自室を開けつつ尋ねました。


「懐かしの我が家ですね?」


 後ろから蹴られました。

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