郵便屋の少女と水兵の少女

海底朧月

第1話 戦士達の手紙

「旗を掲げよ!」

「敵国を倒せ!」

「愚かなイングランドに制裁を!」


怒号を含んだ文字たちが新聞に並ぶ。この青空が赤色に染まる、少し前のことである。

「…」

不安の色が混ざった瞳が揺れる。母も父もいない、この静かでこじんまりとした郵便局で、私はただ判を押し、今は亡き者の知らせを送るのだ。

ぼんやりしていると、玄関のベルがなり、目が覚める。

「S'il vous plaît, y a-t-il quelqu'un?」

金髪の少年が古ぼけた革製のカバンをさげ、店に入ってきた。外は暑いらしく、汗を拭い重そうな荷物を机の上に置いた。


「今日の回収分だ。身元不明者や死亡日時不明、あるいはところどころ破けたり滲んだりして見えなくなってるものまで含め100通。」


「お疲れ様、アルくん。これを全部って大変だねぇ…」

「ねーさん、手伝おうか?」

「いいの?」

「…もちろん、仕事これで終わりだからね。」


ここはフランスの北西部にある都市ロリアン。漁業が盛んで、大きな海の近くには海軍の基地があり、その周辺は経済的に栄えている。その少し離れた街角に、私の経営する郵便局がある。綺麗な金髪の少年の名前はアルと言って、小さい頃から私の店を手伝ってくれている補助兵だ。私の母親は病気で亡くし、父親は戦死。なんとも悲しい運命だが、私だけが特別という訳では無い。

机に広げた大量の手紙を見つめる。

これは、戦争に出向いた若い偉大な戦士達が、自分の死を悟り最後の言葉を綴ったものだ。


「焼け焦げたり、破けたりしてるね。直すの大変かもなぁ。」

ユリの花のエキスと、地元の海水を濾過したボトルを調合する。それを机に置いてから手をかざす。深く深呼吸をしてから力を込めると、ボトルは透明から青色へと変化した。

スポイトで液体を取り、汚れがひどいところへ一滴落とすと、ゆっくりと綺麗な状態へ再生した。

「何度見ても不思議な力だな。ねーさんの魔法。」

「えへへ、さ、アルくんはこれを乾燥させてきてね。」


これが私の仕事。

なき者の言葉を私が蘇らせるのだ。


『母さん、今私はイギリスの海岸近くに到着しましたが、不運なことに敵に見つかってしまいました。休憩で皆の士気が緩んでいた頃を狙われ、壊滅状態になっています。私も腕と足をやられ、出血が止まりません。私はきっと、この足では家に帰れないでしょう。最期に、私は母さんや、妹たちを愛しています。ありがとう。』


震える手で書かれたのであろう。

死への恐怖と戦ったのであろう。

のたうち回る周りの兵士もいただろう。

縋る気持ちでこの手紙を書いたのだろう。

いかなる手を尽くしても彼は帰れなかった。

兵士とは、道具なのだ。


「ねーさん、俺もいつか、補助兵から駆り出されることになる。」

「そん時は、俺の手紙も届けてくれよ。」


アルくんは私に背を向けながら言う。

夏の揺れる空気の中、覚悟の色が見えた。


「やめて、そんなの。」

「どうなるかなんて、わかんないよ。危険なのは男だけじゃない。」

「もうすぐ、イギリスとの戦争が始まるよ。街のみんなは知らないが、何年かあとに、必ずや。」


戦士は、覚悟を背負って戦地へ出向く。

そして戦士は、使命を全うし戦地で絶える。







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