人生オワタ…?
人生オワタ
第1話 童貞であるということ
正直、女性なら誰でもいいとさえ思ってしまうことがある。
「童貞」
この言葉は、悪い漢字の組合せではないにも関わらず、僕の心に痛恨の一撃を与える邪悪な単語。
20歳を過ぎて童貞の男をヤラハタと呼ぶ。他人からすれば軽く言っているのかもしれない。しかし、僕には「男として欠陥品」と言う意味に聞こえる。もはや、人ではない、どこか妖怪のようなイメージさえ醸し出されている。
他にもDTと言ったり、抜かれたことのない剣と言ったり。それらを聞くたびに心が痛んだ。
当事者でない人には、この言葉から受けるダメージや劣等感はわからないとだろう。童貞という言葉は酷なもので、本人がいくら気にしないようにしていようとも、過敏とも思えるほどに反応してしまうのだ。
自分は20歳を過ぎても女性に縁がなかった。ヤラハタ。DT。
見た目も悪く、努力もしない。女性に臆病なまま何も解決しようとせず、妖怪になるべくしてなった。
それでもどこかでドラマのような出会いがないかと期待し、常に妄想していた。特に寝る前は哀れなほど希望を夢想していた。しかし、そんなことは起こらない。結局は待っていてもダメで、自分から探すしかないのだ。
20歳を過ぎ、それを悟る。
僕は自ら行動した。
ナンパをする度胸も自信もない。自分が選択した戦いの場は、インターネットだった。
とにかく童貞を捨てたい。女性とそういうことをしてみたいという一心だ。それさえ済めば、人になれる、人並みになれる気がしていた。
意を決し、友達作りが目的のサイトに登録をした。
恋人探しが目的の出会い系サイトではなかったのは、そこまで踏み込む勇気がなかったことと、自分から出会い系サイトに登録している女性を、どこか汚い女だと見下していたからだった。
登録してからはとにかく根気勝負だった。女性会員には男からのメールがたくさん届いているようで、無視されたり、短文ばかりで会話にならずに断念したりと、気持ちが折れそうになるのを必死に耐えながらメールを送り続けた。
全てはDTを捨てるため。
ついにその時は訪れた。
3日後に20代の女性とカフェで会う約束まで漕ぎ着けたのだ。
僕の心は沸きたった。こんなに楽しくドキドキするのはいつぶりだろう。わずかな可能性に賭けた甲斐があった、努力が報われた気がした。
ただ、これで目標達成したわけではない。
楽しく話し、仲良くなるためには身だしなみも整える必要がある。
会うまでの二日間で、中心街で、恥ずかしい思いをしながら新しい服を揃えた。
いつもユニクロやイオンや、おばさんだらけの商店街の古着屋で買う500円とかの服だった自分が、いわゆる「ショップ」なるお店で、高い服を買うのは初めてだった。
なぜ皆が洋服店のことを「ショップ」と言うのかもわからなかった。直訳すると、お店。
何の店かわからない。
こんなことを考えているから、周りのテンションについていけないし、僕の会話は面白くないんだろう。
しかし、そんなのも今はどうでも良かった。
全てはDTを捨てるため。
ついにデートの日が来た。
僕は待ち合わせのカフェに1時間以上も早く着き、周囲の迷惑をよそにトイレにこもり、鏡の前で入念に身だしなみのチェックをした。客の何人かは僕の立てこもりが原因で膀胱炎になっただろう。そんなことより僕のことが大切だ。中心街のカフェなどに来ているような奴らは、どうせ童貞ではないのだ。勝手に膀胱膨らませていろ、と思う。
しかし、ふと不安がよぎる。
「女の子はサクラではないのか…?」
それまで何人にもメールを送り、会おうとしても、顔写真を見せてと言われたり(送った瞬間返事が来なくなる)、身長体重を聞かれたり(送った瞬間返事が来なくなる)、職業を聞かれたり(送った瞬間返事が来なくなる)したのに、今回はすんなりと会う約束ができた。
こんな上手い話はあるのか?
すっぽかされるならまだいい。しかし、これがイタズラで、待ち合わせてる所を盗撮されて晒されでもしたら…。
不安が膨らんでいく。
ピロリン ピロリン
「今着きました。どこにいますか?私は入り口に立っています。」
女性からのメールだった。
しかも、入り口にいるその女性は(僕からすれば)かなりの美人だったのだ。
全身の毛穴が収縮し、体温が上昇するのを感じた。
彼女の名前は、カオリと言った。
身長は155センチくらいだろうか。色白で少し丸顔。セミロングで少し巻かれた暗めの茶髪、襟元にフリルのついた白いシャツに紺色のスカート。お嬢様という言葉がぴったりな清楚なタイプだ。何より笑顔が可愛かった。
僕は緊張で内心おかしくなりそうだったが、表面上だけでも平静を保とうとしていた。お互いの趣味や将来の夢、やりたいことなど話してはいたが、正直、何を喋っているのかよくわからないほどだった。
こんなに可愛くて、
性格も良さそうな女の子と、
オシャレ中心街の天神の、
カフェで、
デートを、
している。
この僕が!
もし、この子で童貞を捨てられたら…
もう死んでもいいかもしれない。そう思えるほどだった。
彼女が次の一言を発するまでは。
「アムウェイって知ってる?」
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