第十八章 幽玄の王子

 ソロモンが小さく笑いアンドレアスに問いかけた。


「では、王子。あなたは我が国の王子にどのような用がありましたのかな」


 アンドレアスは少し息を吐き出して答えた。


「かつてベスビアナイト国も行った身分制度の廃止をわたしはしたいのです。身分制度廃止を唱えた子孫である王子ならば、もしかするとわたしの考えに賛同してくれるのではないかと」


 ソロモンが頷き考えるように顎に手を当てた。それから、アンドレアスをマリアが今まで見たこと無いくらい真面目な目で見つめる。


「で、その見返りは?」


「もちろん、この国からコーラル国を追い出すことに荷担する。それから、こちらの国から戦争を仕掛けないことを約束する」


 ソロモンの問いかけにアンドレアスが答えた。けれど、ソロモンは納得していない様子でアンドレアスを見る。


「たしかに我が国は先々代、国王が身分制度の廃止を唱えた。だが、まだ実現したとはいえない」


 一言に驚いてアンドレアスが顔を上げる。


「先々代国王が身分制度の廃止を唱えたことにより、奴隷解放を行い、中流階級と労働者階級とともに同一化した。しかし、上流階級また王政廃止を実現できなかったのもまた事実」


 それでも、とアンドレアスは言葉を紡いで奴隷解放は実現できているではないかと言った。

 確かにそれは事実であった。先々代国王は、身分制度の廃止を唱え、王族すらも普通の子と同じように過ごせるようにしたいと願い、王政廃止すらも実現しようとした。しかし、主に上流階級である地主・貴族からの反感が多く、それは実現できなかったが実業家・専門職の中流階級と賃金で雇用される労働者階級、また所有の対象として他者に隷属する奴隷を同じ身分としたのだ。


「ですが、未だに身分というものは根強く残っています。かつての奴隷が未だに従属しているのがその証拠。昔に比べれば、いくらかマシになったそうですが」


 ソロモンがいえば、アンドレアスは首を横に振る。それから、形式上だけでも実現しているだけ良い方だと言った。


「未だに我が国は、奴隷制度がある。わたしは元々、平民の生まれなのだが昔から、このことに疑問を抱いていた」


「ほう、平民。つまりは、国王が余所で作った子供なのか」


 何も答えずアンドレアスは悲しげに頷いた。


「わたしは我が国の暴政を止めたい」


 それは何だ、とソロモンが問いかけるとアンドレアスが何かを言いかけて口を噤んだ。


「いや、あまりお主達を巻き込むわけには行かぬ」


「何を今更。あなたはすでに国のことをぺらぺらとしゃべっているではないか」


 言われてハッとする。それから、一気にいろんなことをしゃべりすぎたと後悔した。そんなアンドレアスにマリアがほほえみかける。


「だけど、かっこいいね。少なくとも、わたしは国のためにがんばろうとする王子様はかっこいいと想うよ」


 マリアの言葉にアンドレアスが頬を染めて照れてしまう。年相応な純粋な反応にレイヴァンが何も言えなくなってしまう。


「ところで、あなた方は旅をなさっているんですか」


「え、うん」


 マリアが答えればアンドレアスが「そうですか」と呟いて何か目的でもあるのですかと尋ねる。その言葉にマリアがどきりとしてしまう。けれど、アンドレアスは気づいていないのか純粋な瞳でマリアを見つめる。いいよどむマリアに変わってソロモンが答えた。


「見聞録を書くための旅ですよ」


 ソロモンなら本当に書きそうだ、とレイヴァンが隣で思う。アンドレアスは少し考えているようにうつむく。


「わたしはこの国の王子を探す旅をしていたが、王子はすでに亡くなったと聞く。これではわざわざ、ここまで来た意味がない」


「あなたは王都から来たの?」


 マリアの問いかけにアンドレアスが「はい」と答えた。これは王都がどうなっているか聞き出しチャンスだ、と思い問いかける。


「城が落とされたと聞いたのですが、今王都はどうなっているのですか」


 アンドレアスが悲しげに目を伏せつつ答えた。


「我が軍が略奪行為を繰り返しております。それから、ベスビアナイト国の国王と正騎士長は捕らえられ牢獄にいます」


 一言にマリア達が固まってしまう。マリアは肩を落としながらアンドレアスにお礼を言った。すると、アンドレアスはマリアを見つめた。


「いいえ、お役に立てず申し訳ございません。わたしには父の暴政を止めることも出来ない」


 そういうとアンドレアスはマリア達に頭を下げてから王都のある方角へと馬を走らせる。姿が見えなくなってからマリアが、手をぎゅと握り締めて強い意志をその瞳に宿す。


「助けなきゃ、父上をクリフォードを」


「お言葉ですが、マリア。それをするのでしたら、コーラル国を追いだしてからにしてください。でなければ無謀なことをしているだけです」


 ソロモンの言葉にマリアが小さく頷く。それから、ぐっと拳を握りしめた。


「わかってる、わかってるからこそ。急がなくてはならないな」


 マリアが決意を新たに空を見上げれば、きれいなどこまでも青い空がそこにはあった。青い空に心が洗われる気がして見上げていた。

 小さくマリアの後ろでレイヴァンが名を呼んだ。すると、マリアがレイヴァンを振り返り、「すまない」と言ってからソロモンに向き直る。


「ソロモン、もう女の格好をしなくても良いだろうか」


「ええ、大丈夫だとは思いますが」


 返ってきた答えにマリアが決意を胸にうなづくと、皆に「いこう」と言った。それから、シプリン支城近くの街へ着いて一人になるとマリアは、近くにある人目のつかない森でカバンからを取り出すと、無造作に伸びていた薄い金の髪に刃先を入れて……じょきん、という音とともに伸びていた薄い金の髪が無惨にも切り取った。それから、ずっとカバンに詰めていた男物の服を手に取り、着替えると皆の前に姿を現した。皆がマリアを見て、氷のように固まった。

 おどろきが混じる声色で名を呼んだレイヴァンに、マリアが悲しげに微笑んでみせる。


「ごめん、レイヴァン。やはりわたしは、お姫様になんかなれないよ」


「それは、“マリア”という名を捨てると言う意味ですか?」


 ソロモンが問いかければマリアが小さく頷いた。それから、皆に明るく微笑んで見せて


「わたしはやっぱり“お姫様”じゃなくて“王子様”なんだよ」


 暗にマリアは王子として扱えと言っていた。もちろん、これはお願いであって命令ではないから強制したりはしない。


「わがままだとはわかってるつもりだ」


 マリアがそう言えば、ソロモンが小さく微笑んでみせた。


「決意が決まりましたか」


「ああ」


 凛とした瞳でマリアが頷けばレイヴァンもまた決意を固めた。


「もう“女のふり”をする必要がないのなら、わたしは“この姿”でいたい」


 強い意志と共に発せられた言葉はレイヴァン達の心を打っていた。その意志を曲げないためにとも、レイヴァンが恭しく跪きマリアを見上げる。


「わかりました、クリス様」


 久しぶりにその名で呼ばれれば、マリアが柔らかく微笑んだ。すると、レイヴァンもまた微笑む。それは主にしか見せない確かな信頼の元で浮かべる笑顔だった。その間にはソロモンすら入れずじっと様子を伺っていた。

 少しだけ時間が流れてソロモンが、空間に切れ目を入れるように言葉を発した。


「それで、“王子”。これから、いかがなさいますか」


「もちろん、支城へ向かう。それから、戦力があつまり次第、王都へ仕掛ける」


 ソロモンが小さく頷いて言葉を発した。


「ええ、そうですね。できるだけ、早いほうがよろしいでしょう」


 マリアも頷き返してシプリン支城へ向かう。半日ほど歩いてつけば、確かにベスビアナイト国の兵達が辺りを警戒するようにといた。どうやら、ここはまだ機能しているようだった。それから、一行が城へ向かうと衛兵に警戒されてしまう。


「このお方はクリス王子だ」


 レイヴァンが言ったが、衛兵達は困った顔で見つめ合うばかりで城へ通そうとはしない。そのことにやはり皆が疑問を覚えてソロモンが衛兵に詰め寄れば、衛兵はやっと口を開いた。

 衛兵の話によれば、この支城の主が何日も戻ってきていないという。しかも、自分が留守の間は誰も通すなと言われているらしい。


「これは、困りましたね」


 ソロモンが呟けば、エリスもどこか険しい表情を浮かべていた。栗毛色の瞳がふいにソロモンをうつし、なにかをうったえる。


「エリス、支城の主について聞いてきてくれ」


 ソロモンの言葉にエリスが頷いて、人のいる所へと向かってゆく。皆で行かなくてもいいのか、とマリアが問いかければソロモンがあまり大勢で行わなくてもすぐに見つかるでしょうと答えた。それから、我々はあそこへ向かいましょう、と言ってソロモンが城から離れて人通りが少ない寂れた場所へと足を向けた。

 すると、そこには古びた建物が並んでおり、ボロボロの服を着てやせ細っている人が多かった。この街は、まだ豊かであるはずなのにこんな場所があるのかとマリアが心を痛めていると、ソロモンがある店の前で足を止めるとその扉を遠慮無く開いた。扉の隙間からは、酒の匂いが零れ出てマリアの鼻をつんと突く。ここが何の店なのかマリアには、何となくでしかわからなかった。その店のカウンター席。大柄な男の背中が見えた。その背にソロモンが遠慮もせずに声をかけた。


「久しぶりですね、エイドリアン様」


「うん? おう、ソロモンじゃないか元気にしてたか」


 男もといエイドリアンは、どうやら支城の主がおらず力を借りることも出来ないようなので、とりあえず主が戻ってくるまでこの街にいたようであった。

 ソロモンがエイドリアンの右隣に座り、レイヴァンが左隣にすわる。ギルはそうそうにどこかの席へ座り、レジーは何かあってはいけないからと店の周りを警戒するように扉のところで立っている。クレアも酒臭いのは嫌だと外へ出てしまう。ヘルメスは店を出て、どこか怪しい薬屋に向かっていた。クライドは、マリアの様子を伺っているらしい。

 なのでマリアとクライドは、取り残される形になってしまった。そこでマリアは、この街のことを知ろうとレイヴァンに街を見てくると言った。レイヴァンが反対したものの、ソロモンが街を見てくるのは良い勉強だと言ってレイヴァンをなだめるように言えば、マリアに「危ないことはしない」という条件を付けて承諾した。それから、エイドリアンへの挨拶もそこそこにクライドと共に街へ向かった。

 大通りはやはり大いに賑わいを見せていた。無邪気にはしゃぐマリアを見つつ、クライドは辺りを警戒していた。

 そこで、ふとクライドに問いかける。


「ねえ、さっきの所とでは随分と違うね」


「ええ、そうですね。この街はまだ身分というものがはっきりと別れているようです」


 そうか、とマリアが悲しげに目を伏せるとクライドがマリアに微笑んでみせる。


「クリス様が変えればいいのです、この国を」


「うん、そうだよね」


 マリアがそう答えれば、クライドの心にふと感情が芽生える。心が暖まるような感情の正体をクライドは、まだわからなった。けれど、それは確かに尊敬に似ていた。

 マリアがクライドの手を引けば、クライドも悪い気はしないのか促されるままに一緒に店を見て回っていた。その途中、街の人に話を聞いていたエリスとばったりあったので、マリアがどうだったかと問いかける。エリスが何か言葉を紡ごうとした刹那。どこかでガラスの割れる音が響いてきた。驚いてそちらへ向かえばコーラル国の兵たちが、街の店を襲っていた。思わず飛び出そうとするマリアの手を取り、クライドとエリスが駆けだした。


「ふ、二人とも……はやく、助けないと」


「駄目です。今はあなた様の身の安全が優先です」


 エリスがあくまで穏やかな口調で答えた。

 こういうときまで守られるなんて果たして自分が主で本当に良いのだろうか、とマリアの中で疑問が生まれてしまう。

 疑問は消えぬままマリアは、クライドとエリスによって建物の影へと入っていった。そこでやっと手を解放されてマリアがほっとして息を吐き出す。


「この街はまだ大丈夫かと思いましたが、コーラル国の兵達がいるみたいですね」


 マリアは答えることが出来ず、と手を握り締めた。そんなマリアを気遣ってエリスが「大丈夫ですか」と問いかけた。心配かけまいとエリスに笑って見せて「大丈夫」と答えれば、どこか複雑そうな顔をする。マリアの表情が無理をして言っているのが、わかってしまうほど悲しげに笑っていたからだった。言葉が浮かばずエリスが口を噤む。それから、また辺りをせわしなく見回した。

 コーラル国の兵がいないのを確認しながらレイヴァン達のいる店――酒場へと急ぐ。あと少し、というところでコーラル国の兵二人がマリア達の前に立ちふさがる。刹那、クライドが刃のついた円状の武器である戦輪チャクラムを投げれば、兵二人の脇腹に命中する。

 一瞬の間を見逃さないようエリスが、マリアを連れて兵の隙間を縫い、間をくぐり抜ける。その後ろからクライドも続いた。

 しばらく駆けていると、コーラル国の兵が衛兵を刺していた。衛兵は声を上げて倒れる。思わず声を上げたくなるのをぐっとこらえ、兵がこちらに気づく前にとエリスがマリアの手を引く。それから、息を殺し身を潜めた。

 すると、どこからか警笛が響き渡る。かと思えば四方から衛兵が現れて暴れるコーラル国の兵を取り押さえた。

 ここはひとまず大丈夫かとエリスが腰を上げた瞬間。どこかに潜んでいたコーラル国の何千もの歩兵が現れ、なすすべもなく衛兵達が蹂躙された。ひとけの少ない道に赤い血が、大量にしみこむ。同時に大通りのほうも、コーラル国の兵達の下品な笑い声と共に切り裂く音と何か液体の何かが飛び散る音が聞こえてきた。

 エリスが慌てて、兵のいない人通りの少ない道へマリアと共に出て酒場を急ぐ。あちこちで喧騒と笑い声と嫌な剣の切り裂く音が響いていた。

 恐怖と戦慄でマリアが絶望に駆られそうになったとき、やっと酒場に着いてエリスとクライドと共に酒場へ駆け込んだ。

 焦燥ぶりにレイヴァン達のみならず酒場にいた全員がマリア達を眺めた。よく見れば、エリス達に僅かながら返り血も着いている。

 レイヴァンが慌ててマリアに駆け寄り問いかけた。その後ろにはソロモンも一緒だ。


「一体、何があったのですか」


 答えられず固まっているマリアに変わってエリスが答える。


「コーラル国の兵が、ここの支城を乗っ取りに来たようです」


「なんだと」


 ソロモンは「とにかく」と言って、エリスにマリアを店の奥へ連れて行くように言い、クライドに状況を詳しく聞いた。クライドは、見たままに事実だけを述べればレイヴァンが思わず、ソロモンを何とも言えない表情で見つめていた。ソロモンは視線に気づきつつ、カウンターに戻ると水を一杯飲んだ。


「これは思っていた以上に手を回すのが早そうだ。レイヴァンは王子の側に控えていた方が良い」


 つまり側にいろということだろう。

 頷いて店の奥へ向かう。すると、マリアの嗚咽が聞こえてきた。レイヴァンが慌ててマリアの元へ向かえば、エリスが頷くだけにとどめてそっと側を離れる。感謝しつつ、マリアの肩を抱いた。

 思わずレイヴァンが「マリア様」と呼んだが、マリアは気づかず騎士の胸に飛び込んだ。やはり、つらかったのだろう。実際にマリアは戦場も知らず、武器の使い方すら知らずに過ごしてきたのだ。こうなっても、おかしくはない。

 今まで略奪された村や町は見てきたものの実際に略奪され侵略される場面は見たことがなかったのだ。

 どんなに強がっていてもやはり、仮面をかぶるにも無理がある。だから、この時ばかりはレイヴァンもマリアをうんと幼く甘えさせたかった。といっても胸を貸すぐらいしかできないが。

 けれど、マリアは静かに泣いていた。子どもが泣きわめくようには泣かなかった。マリアの中での決意が揺らいでしまうとでも思っているのだろうか。マリアならそれは確かにあり得る。レイヴァンとしてはうんと甘やかせたいし、頼って欲しい。けれど、そう口にすることも出来なかった。

 マリアが涙を拭いて顔を上げた頃。辺りはすっかり夜になっていた。店の奥にソロモン達も来ていた。

 酒場の店主が言うには、好きに使って良いとのことだった。


「王子、大丈夫ですか」


 ソロモンが出来るだけ優しく問いかけた。マリアがこくりと頷けば、ソロモンが目を伏せて言葉を紡いだ。


「早くここから退散することにしましょう」


「そんなことしたら、ここの人たちは……!」


 泣き出しそうに叫んだマリアに、けれどソロモンは無表情で答える。


「勝算がなければ戦わない、あなたに渡した本にも書いてある戦略の基本です」


 マリアがぎゅうと手を握り締める。


「今はおつらいでしょうが我慢してください。逃げることも勝つためには必要なことなのです」


「うん、わかってる。わかってるよ」


 悲しげに答えたマリアの言葉がか細くて、皆の心に不安の種をまいた。

 その時、強く扉が開け放たれる音が聞こえてきた。かと思えばつたないベスビアナイト国の言葉が聞こえてくる。どうやら、コーラル国の兵達が来たらしかった。彼らは酒場で店主に何かを言って困らせている。マリアはそっと扉を開けた。すると、コーラル国の兵達が好き勝手に暴れたり、客に手を出していた。

 思わずマリアが出て行こうとすれば、騎士の無骨な手がマリアの口を右手で塞ぎ左手で体を抱えて動きを封じ込めた。その後、扉をそっと閉じる。

 やがてレイヴァンが、マリアを解放すれば涙をこぼした。


「わたしはどうしたら、あの人達を助けることが出来る?」


 レイヴァンが悲しげにマリアを見つめて、何も返せずにいるとソロモンが答えた。


「我々が出来ることはあまりに少ない。ですので、今はどうか抑えてください」


 ソロモンは、あくまで感情を押し殺した口調で言った。マリアがぎゅと握り締めれば仕立ての良い、けれどずいぶんとすす汚れた服に皺が寄る。その汚れが今までの旅の過酷さを物語っていた。

 涙を指で拭って、「ごめん」と呟けばソロモンがどこかホッとしたような表情を浮かべた。


「では、王子。ここから脱出する方法を考えましょう」


 マリアが小さく頷いてみせればソロモンが言葉を紡ぐ。


「とにもかくにも、彼らがここを去ってくれなければ出ることは出来ない。それまでは、ここにいましょう。彼らがここへ来ることも十分考えられますが、出入り口の大きさからして兵一人が通れるぐらいです。なので、大勢では来れません」


 だから、一人に対してこちらは数人でかかれるのだと暗にソロモンが言っていた。マリアが頷くと扉が激しく叩かれた。――かと思えばがたん、と激しい音を立てて扉が開け放たれる。刹那にクライドが指先でもてあそぶようにと回していた戦輪を放つ。戦輪は回りながら空を裂き、兵士の体を切り裂いた。

 兵士が倒れたのを確認すれば、レジーにエリス、クライドが部屋から飛び出した。ギルも行こうとしたが、クレアに「まだ傷が癒えてないんだから」と止められてしまった。

 レジーは不慣れな剣術で兵達を倒していく。エリスは、小刀ナイフを使いながら応戦し、クライドは戦輪を使って兵達を五人ほど一気に倒す。


「行きましょう」


 道が開けたと思えば、レイヴァンがつげてマリアの手を引いた。マリアもまた頷いてレイヴァンと共に部屋を出て酒場の出口を目指したとき、倒れている兵の一人がマリアの足を掴んだ。

 息を飲んだマリアを兵が見上げる。兵を見下ろすと兵の頭から血が流れ出している。その血は床を赤く染めていく。欠けた歯が不気味に動いて言葉を発せられた。


「おのれ、逃がさぬぞ。この国はもうすでに我らが滅ぼしたのだ! いくら抗おうとも逃げられぬ、お主達はいずれ我らが同胞が討ち滅ぼすであろう」


 叫んで不気味な笑い声が酒場に響き渡れば、マリアの後ろから来たソロモンが兵の首をはねた。すると、マリアの足を掴んでいた手もだらりと落ちる。固まっているマリアの手をレイヴァンが力任せに引っ張り、自分の腕に抱え込んで持ち上げた。そのまま酒場を出るとそこには何十人もの騎馬兵と歩兵達が道を埋め尽くしてた。

 レイヴァンが剣を抜いて兵を斬撃するたびに悲鳴が響き渡り、何十もの兵が一瞬にして心臓から血を吐いて地面の上へ力なく倒れ込んだ。

 レイヴァンは、うずたかく折り重なった屍を超えて街の外へ出るべく闇に包まれた街の中へ足を突っ込んだ。

 あまり目立つことをするわけにもいかないのは、明白であるから物陰に身を潜めるとマリアがレイヴァンに降ろしてくれるよう頼んだ。しぶっていたレイヴァンであったが、マリアが真剣に頼むものだからしぶしぶと地面へ降ろす。そのとき、後ろからソロモン、エリスにレジー。クライド、その後ろにギルとクレア。さらに後ろからヘルメスとエイドリアンが来た。

 皆がいることを確認すると、レイヴァンが小さく頷いて見せた。ふとエリスが口を開く。


「支城の主のことなのですが、森へ狩りに行ったときにコーラル国の兵達に捕らわれたそうです」


「それは真か」


 ソロモンが問いかければエリスがうなづく。


「はい、領主の護衛をしていたという衛兵の一人がそう申してました」


 自分だけは何とか逃げ切ることが出来たそうです、とエリスが言葉を紡げばソロモンが考えるように顎に手を当てる。それから支城の方へ目を向けると、この隊を率いているであろう人物が部下の兵達に命じて門番を殺そうとしているようである。しかし、衛兵達に阻まれてまだ城へ侵入も出来ていないようだ。この様子ではどうやら、まだ攻め落としてはいないようである。

 ソロモンが不敵に嗤った。そんなソロモンをレイヴァンが不思議そうに見つめて問いかけた。


「どうした」


「いいや、我が国の兵達が優秀で助かっているだけだ。王子、これはあなたの願いが叶えられるかもしれませんぞ」


 はじかれたように顔を上げるマリアに、ソロモンがやはり不敵に笑った。

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