第37話「噂」

「なあ優介」

 教室に着くと、嘉樹が声を掛けてきた。

 それはいつものことなんだけど……今日はやけに、神妙な顔をしている。普段の気さくな雰囲気はどこへやら、声のトーンも少し低い。

「どうかした?」

 そんな嘉樹につられ、思わずこっちも真剣になってしまう。

「いや、お前には話しておこうと思ったんだけど……」

 やけに歯切れの悪い様子。

 何だろう、なにか言いにくいことでもあったのだろうか。


「実は、朱莉ちゃんに関して、ちょっと良くない噂を聞いてな」

「……朱莉の噂?」

「その様子だとまだ知らないみたいだな。といっても、俺も聞いたのはつい昨日のことだし、噂自体ここ最近流れ始めたっぽいからな。本人の耳にすら入ってるのか分からないし」

 そう言われ、昨日の朱莉を思い返す。

 料理を作ってくれたこと以外、普段と変わった様子は無かったはず。


「で、噂ってのは?」

「……えっとな、山本先輩っていただろ?」

「山本太市先輩だよね。ついこの間も学食ですれ違ったし、流石に忘れないよ」

「……実はな、その噂ってのは、山本先輩絡みなんだ」


 そういうと、嘉樹はこう続けた。


「俺も昨日、たまたま知り合いの女の子から聞いた話なんだけど、朱莉ちゃんが山本先輩のことを、その……振ったとかなんとか」

「振った? 振ったってのは、つまり……」

「そう。朱莉ちゃんと山本先輩は恋人同士だったんだけど、朱莉ちゃんが酷いことをしたとか何とかで、山本先輩が振られた……ってことになってるらしい」


 何だ、その話は。


「もちろん俺は、この間の駅での出来事を知ってるから信じてはいないんだけど、どうやら結構噂になってるらしいんだよ。ほら、朱莉ちゃんもだけど、山本先輩もかなり女子からの人気が高いから……、いま女の子達の間じゃその噂で持ちきりらしい」


 そう言葉を発する嘉樹を見て、ついこの間山本先輩とすれ違った時を思い出す。あの時、先輩が僕を見て笑っていたような気がしたんだけど……もしかすると、あれは僕の思い違いでも何でもなくて。


「酷いことって……具体的に、どんな内容なのか分かる?」

「それが、結構色々言われててな。朱莉ちゃんが浮気しただの、山本先輩に貢がせただの、かなり酷い言われようだった。俺は、朱莉ちゃんがそんなことする子じゃないって分かってるけど、大半の女子は信じてるっぽいらしい。……ほら、朱莉ちゃんって、結構目立つからさ」


 そういえば、朱莉は男子からの人気が物凄いって前に聞いた気がする。

 そういう嫉妬も込み、ということなのだろうか。


「とりあえず兄のお前には伝えておこうと思ってな。余計なお世話かも知れないけど」

「いや、教えてくれてありがとう。僕の方でも、色々と考えてみるよ」


 ……とは言ったものの、ひとまずは朱莉の様子を見るところからだよね。



「ただいま」

 帰宅途中、嘉樹から聞いた話を改めて思い返していた。

 恐らくこれは、山本先輩が意図的に流した噂だと見て間違いない。学食での態度が、まさにその答えだろう。

 駅での出来事に恨みを持っていて……って考えるのが一番か。


「あ、おかえり。お兄ちゃん」

 リビングへ入ると、先に帰っていた朱莉が僕に声を掛けてくる。

 見た感じ、噂を気にしている感じはしない。まさか本人の耳に入っていないなんて事は無いと思うが……。

「ねえ、朱莉」

 もしその事を知っていて、心配かけまいと隠しているのであれば、兄としては手助けをしてやりたい。

 それに、山本先輩絡みなら僕だって無関係とは言い難いしね。

 そう思って、朱莉に直接尋ねることにした。

「朱莉はさ、その……噂のこと、聞いた?」

「噂?」

「ほら、山本先輩と朱莉が……ってやつだよ」

 少し歯切れの悪い感じで伝えると、朱莉は「ああ、そのことか」といった顔を浮かべながら。

「聞いたけど、別に興味無いかな。明らかな嘘だし」

 と、淡々と告げた。

 実は気にしていて、影で悩んでいる……という雰囲気は一切感じられない。

「それに、今はそれどころじゃ……」

「ん?」

 朱莉が小さく何かを口にしていたが、よく聞き取れなかった。

「とにかく、私は別に気にしてないから大丈夫だよ」

「……そっか。それならいいんだけど。何かあったら相談してくれていいからね」

 ひとまず朱莉が気にしていないなら良かった。

 そう安心していると。


 "ピリリッ"

 ポケットに入れていたスマートフォンから着信音が聞こえてきた。


『着信:梔子楓』


 おっと、梔子さんから電話か。

 ここ最近、連絡を一番取り合う相手の梔子さんから電話が掛かってきた。

「ゴメン朱莉、ちょっと外すね」

 そう言い、リビングを後にする。


「もしもし、どうしました?」

「あ、優介君! 実はね……」

 いつの間に下の名前で呼ばれるようになったんだ、とか突っ込む暇も無く、梔子さんが言葉を続けていく。

「……って事なんだけど、どう?」

「あー、いいですよ。次の休みですね?」

 聞けば、次の休み一緒に出かけようという誘い。

 先週の休みも一緒だったし、こうも毎週だと飽きないのかな……と思わなくも無いが、向こうから誘ってくれてるんだし、まあ良いか。

「じゃ、土曜日にまたー!」

 相変わらず元気の良い様子を見せながら、電話を切った。

 ふう……ここまで積極的に誘われると、ちょっとだけ勘違いしてしまいそうになるな。


「ねえ、お兄ちゃん」

 そんなことを考えていると、リビングから朱莉の声が聞こえてきた。

「今の電話、誰?」

「電話? あー、えっと……嘉樹。そう、嘉樹だよ」

「……ふーん」

 納得してくれたのか、またリビングへと戻る朱莉。


 ゴメン嘉樹、事あるごとに名前出しちゃって……。



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更新が遅くなってしまいすみません!

ようやく書籍版の改稿作業が終わりましたので、今日からまた投稿を再開します。


また、新作小説も書き始めました。


タイトル:お兄さん、私たちを誘拐してください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888159843


合わせてよろしくお願いします~!

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