第38話「妹は何を思う」

 何かおかしい。

 私──並木朱莉が学校に着いて、最初に感じたのは小さな違和感だった。

「……」

 普段であれば、私が教室に着くや否や、クラスメイトがこぞって挨拶に来ていた。男子も女子も関係無く、毎朝飽きずに「おはようございます」と一言交わすのがもはや日課となっている。

 だが、今日はそれが一切無い。

 それどころか、クラスメイトはどこかバツの悪い表情を浮かべ、やけに私から距離を取っている……気がする。

 もしかすると、単なる気のせいかも知れない。

 元々クラスメイトなんて興味も無いし、前からこんな感じだったと言われたら、そうだったのかと納得できる程度にはどうでも良い。

 ──そう思っていると。

「……ねえ、並木さん」

 不意にクラスメイトから声を掛けられた。

 名前は……えっと、何だったっけ。

「噂のこと聞いたんだけど、あれ本当なの?」

 噂……? 何のことだろう。

「とぼけないで! 並木さんが……その、山本先輩と付き合ってるのに別の男と浮気したって……!」

 ……は?

「それから、付き合ってる間も山本先輩に随分と酷いことしてたって……! それ、本当なの!?」

 あまりにも心当たりの無さ過ぎる話に、思わず溜息がこぼれそうになった。

 浮気も何も、私が付き合う相手なんてお兄ちゃんしかあり得ないし、そもそも山本先輩って……誰。

「学校中で噂になってるんだよ! 並木さんが酷い女だって、みんな言ってる──」

 私がろくに反論もしないからか、どんどんヒートアップしている様子。

 その後も、男に貢がせているだの、暴力を振るっているだの、全く身に覚えの無い話題が次々と出てくるので、流石に私もあまりのバカらしさに若干飽きを感じてきた。

「ちょっと男子から人気があるからって、調子に乗るのもいい加減に……」

「そうそう、前から思ってたけど……」

 そんなことを考えていると、気がつけば私を囲むようにしてクラスメイトが数人やってきて、各々好き放題言い始めていた。

 良くもまあ次から次へと話題が尽きないなと感心してしまう。

 と、そうこうしている内に予鈴が鳴り響いた。

 それを聞き、私のもとへ集っていたクラスメイトが、散り散りに自分の席へと戻っていく。

 

 ふーん、なるほどね。

 

 朝から感じていた違和感の正体がようやく分かった。

 どうやら今、この学校で私に関する噂が流れているらしい。それも、良くないほうの噂。

 話を聞くに、私が山本だとかいう男と付き合っていて、その相手に酷いことをした……って感じらしいけど、そもそも私はその山本が誰かも分からないからどうしようもない。

 それに、元々考えていた計画を実行することが出来なくなった今、学校で私がどんな評価を受けていようと、もうどうでも良くなってて。

 むしろこの噂が流れることで、やたら続いていた男子生徒からの告白が減るのであれば、逆にラッキーなんじゃないかとも思う。

 

 お兄ちゃん以外の人にどう思われようと、別にどうでもいいし。


 ……ただ、私は別にいいんだけど、もしお兄ちゃんに何かあったら。

 私が部活動に入ったお陰で、お兄ちゃんと私が兄妹だってことが知られてしまっている。

 もしこの噂を聞いて、お兄ちゃんに何かしらの危害を加えようとする人が現れたとしたら……。


 それはちょっと、我慢出来ないよね?


 ◇


 やっぱりお兄ちゃんは、あの噂を聞いていたらしい。

 帰ってすぐ、心配そうな顔で私のもとへ来てくれたお兄ちゃん。噂のことを聞いて、いてもたってもいられなかったのだろうか。

 ……凄く嬉しい。

 お兄ちゃんが私のことを心配してくれる。それだけで、この面倒くさい噂も、案外捨てたものじゃないなと逆に感謝してしまいそうなほどに。

 ──けど、今はそれどころじゃないんだよね。


『もしもし、どうしました?』


 通話している声が聞こえてくる。

 電話の相手は──梔子楓。ここ最近お兄ちゃんにまとわり付いている、私の知らない女。

 

 数週間前に出会って以来、やたらとお兄ちゃんに近づいている、今まで私たちの周りにはいなかった年上の女だ。

 それに、彼女からの誘いにお兄ちゃんも満更じゃなさそうな素振りを見せているし……このままじゃ、お兄ちゃんが知らない女に取られてしまうかもしれない。

 

 何か、手を打たないと。

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