第22話「カミングアウト」

「優介、この後ちょっと付き合ってくれる?」


 部活動終わり。

 帰り支度を済ませている最中、少し離れた位置にいる朱莉に聞こえないようになのか、僕にだけ聞こえる小さな声で、七海が声を掛けてきた。


「この間の件ね、朱莉ちゃんに事情を聞いてみるっていうあれ、分かったから!」


 ああ、そういえば七海にそんなお願いをしていたっけ。

 いや、頼んだというよりは、頼まされたって表現が正しいような気もするけど……何にせよ、朱莉の様子がおかしいことは今でも気にはなっていたし、その原因を突き止めてくれたのであれば、感謝しかない。


「分かった、ラズベリーで大丈夫?」

「うん、私はちょっとやることがあるから先に行ってて。後から私も向かうから」


 と、カバンを手に取った七海が、先に教室を出てどこかへ行ってしまった。

 てっきり一緒に向かうものと思っていたので少し拍子抜けしてしまったが、とりあえず先に向かっておけとのことだったので、喫茶ラズベリーに一人で向かうとするか。


「お待たせ」


 入店して30分が経っただろうか。

 注文したコーヒーに手を伸ばしつつ、店内に流れるオシャレなBGMに耳を傾けていると、少し息を切らせた声をしながら、七海が向かいの席に座った。


「いや、僕は全然大丈夫だけど……七海こそ息を切らせて大丈夫?」


 急いで走って来たのだろうか。そんなに急ぐことも無かったのだが、逆に何だか申し訳無い気持ちになる。


「うん、ちょっとね。けど少し息を整えたら大丈夫だから」


 そう言いながら、メニューを尋ねに来たマスターに注文を告げ、軽く息を整える七海。


「……それで、この間の件なんだけど」

「ああ、朱莉に事情を尋ねてくれるってやつだよね?」

「そうそう、その件ね」


 数日前、朱莉の様子がおかしいことに気づいた僕は、七海に原因を突き止めてもらうべく頼んでいた。

 その結果が出たのだろうか、こうして七海に呼び出され訳だ。


「実はね、あれから朱莉ちゃんと二人で何度か話しをしたの。最近優介と距離を置いているみたいだけどどうしたのか。そもそも、今までずっと不仲だった兄に対して、夏休み頃から急に仲を縮めたのは何故かって。優介も気になっていたんじゃない? ほら、今まであんなに仲が悪かった妹が、急に仲良くしようだなんて変な話でしょ?」

「それは……」


 それは、確かに僕にとっても一番の疑問点だった。


 朱莉が僕のことを好き、それは知っている。

 そして、そんな朱莉が僕と敢えて距離を置いていた。それは、将来的に彼女の言う『計画』とやらを実行するための布石である。

 だから僕は、そんな妹の『計画』を止めるべく、朱莉との不仲を解消するために動こうとした。

 けど、気がつけば朱莉と僕は仲良しになっていた。

 そこに大きな理由があった訳ではない。強いて挙げるとすれば、朱莉が山本先輩から絡まれているところを助けた事が要因の一つかもしれないが、それにしたってあの急な態度の変化はおかしい。


 そういえばもう一つ、七海と朱莉の3人で下校したあの日。

 その翌日から、朱莉の態度が更に急変したような気もする。

 今までより確実に近い距離で……そう、これまでとは打って変わり、急に引っ付くようになってきたのもあの日からだ。

 けど、それも結局理由は分からない。

 前日のことがキッカケであれば、僕と七海の仲を嫉妬したと考えられないことも無いけど、それにしたってあの態度は少し変だ。


「それは……確かに気になる。朱莉が急に仲良くしてきたのも、ここ最近のおかしな態度も……」

「……今から言うこと、多分優介はビックリすると思う。ううん、もしかしたら受け入れられないことかもしれない」

「受け入れられないこと?」

「うん、私も朱莉ちゃんから相談を受けて、今でもビックリしているくらいだから」


 嫌に真剣な顔つきでこちらを見る七海。一体何を言うつもりなのか。


「あのね……朱莉ちゃん、優介の事が好きなんだって。それも兄妹としてじゃなくて、異性として」


「……え?」

 それは、僕にとって"別の意味"で驚きを隠せないカミングアウトであった。


「優介が驚くのも無理ないよね……。まさか、実の妹から、異性として好意を寄せられているなんて……」


 そう言うと、七海は一旦席を立ちお手洗いへと向かっていった。

 僕を一人にさせようという彼女なりの気遣いなのだろうか、僕に一度冷静になる時間をくれた。


 しかし、そんなことをしてもらわなくとも、僕の頭は冷静を保っていたままだった。 

 いや、七海のカミングアウトの内容に対しては、特に慌てることも驚くことも無かった、といったほうが正しいか。

 七海は知らないが、朱莉が僕に対して異性の目を向けていることは、それこそ七海よりも前から知っていたことだ。

 朱莉が書いていた「お兄ちゃんノート」、それを見たときから。

 そう、今僕が驚いているのは、その事ではない。


「どうして、七海がその事を……」


 そう、彼女が朱莉の気持ちを知っている。その事が、僕にとって衝撃で、何より受け入れがたい事実なのであった。


「少しは落ち着いたかな?」

 5分ほど経っただろうか、朱莉が席へと戻ってきた。

 先ほどよりは少し落ち着いた様子を見せられるようになったが、それでも僕の頭の中はある一つの疑問と、今後のことに対する不安で埋め尽くされていた。


 どうやって七海は、朱莉の内に秘めた思いを知ることが出来たのだろうか。

 朱莉は、自分の想いを他人に悟られまいとし、僕と距離を置いてきた。

 ここ最近は少しその距離も縮まっていたが、それでも他人からその仲を疑われるほどのものではなかったはずだ。


 では、朱莉が七海に相談を持ちかけた?


 いや、それは無いはずだ。だって朱莉は、何より七海のことを敵視していたはずだから。

 1年前の告白、あの日の出来事がキッカケで、朱莉は誰よりも七海のことを嫌っていた。

 それは、ノートにもしっかり書かれていたから間違いないはず。

 じゃあどうやって、七海は一体どんな手を使って……?


「まだやっぱり混乱してるみたいだね」

「あ、ごめん」

「ううん、気にしないで。そりゃ確かに、突然血の繋がった妹から好意を持たれている、なんて聞いて動揺しない兄はいないよ」

「……そうだよね」


 一方の七海は、妹の好意にショックを受けていると勘違いをしたままだった。

 とはいえ、僕の方からその勘違いを解く訳にもいかない。騙しているようであれだけど、ここは彼女に話しを合わせなければ。


「それで、これからのことなんだけど」

 少しの沈黙の後、今までの笑顔とは少し違う、どこか冷たさを覚えるような表情を浮かべ、七海は僕に問いかけてきた。


「優介はさ、まさか朱莉ちゃんの気持ちに応える、なんて事考えてないよね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る